表計算ソフトロータス1-2-3はIBMから2003年まで販売されていました
「タイムリミットは明日の昼までです。それまでに地下への入り口を見つけてください」
「ああ、わかっている。私を誰だと思っている」
第二王子が食料倉庫から出て行ったことを確認した後に、鍋とカップなどを洗い、時間差で出ることにする。
念のため、搬入口周辺に人や使い魔がいないことを確認して外に出る。
外は既に日が傾いていた。
もうあらかたの生徒は下校しており、校内にはもうポツポツしか生徒は残っていないようだ。
校舎近くの茂みに木の棒を突っ込んで遊んでいる三人組は第二王子と側近か?
さすがにそんなただの茂みの中には絶対に地下への出入り口はないと思いながらも、何も言わない。
「何か地下についてのヒントくらいは見つけないとな」
カトレアや第二王子も探してくれるはずではあるが、頼りきりだともし空振りに終わってしまった時に困ることになる。
何しろどちらも肩書きは一級だし、見た目だけは優秀だ。
なのにどちらもポンコツなのが問題だが。
ただ、アホな子ほど可愛いという言葉もあるように、どちらも不幸にならないように助けてやりたいとは思う。
これだから縁が出来たからといって人に関わるのは嫌なのだ。
人数が増えるに比例して面倒もどんどん増える。
そのうち手が足りなくなって、どこかで切り捨てる選択を迫られる。
頭を抱えていると、食料倉庫から伸びている荷車の轍が不自然なことに気付いた。
通用門から伸びている轍は、購入した食材を業者が倉庫まで運んでくれている証拠だ。何もおかしなところはない。
ならば、食料倉庫から別の場所に伸びている荷車の轍は何なのか?
「食材泥棒? それとも食料倉庫が施錠されていないことを知っていて何かの置き場に利用している?」
◆ ◆ ◆
轍は途中で石畳が敷き詰められた建物と建物を繋ぐ廊下で消えていた。
石畳の上を乗せて運んだならば轍は残らないので、これ以上の追跡は不可能だ。
石畳の隙間には微妙に土が詰まっているが、これは荷車が運んだものなのか、それとも生徒の靴についてきたものかの判断がつかない。
ただし、荷車はそれなりの幅がある。
教室がある尖塔へ繋がる扉はかなり狭いので、荷車が通過できるとは思えない。
そう考えると移動先は教室に向かう通路ではない。別の建物だ。
怪しいのは先にある講堂らしき建物。
石畳にしゃがみ込んで土の様子を確認していると、何やら人影が近寄ってきた。
「こんなところで何をやっているんだ、エクセル?」
近寄ってきたのは両手に手には山のような資料を抱えている会長だった。
そう言えば今日は学校側との定例会だと言っていたはずだ。
「こんな時間までお疲れさまです」
「まあいつものことだし慣れてるよ。それよりも君はこの時間まで何を?」
本当のことは言えないし、怪しまれない内容で無難に返しておこう。
「アクセサリーを落としてしまいましてね。こうやって探し回っていたところです」
「大切なものなのか?」
「いえ、高価でも貴重でもない、旅先の土産で買ったものです。ただ、なくしたままというのはスッキリしないので」
「そうなのか。もう日も暮れる。暗くなってから女子が1人で出歩くのは危険だから早く帰るように」
「はい、お気遣いありがとうございます」
会長を見送ろうとして、最優先の確認事項が合ったことを思い出す。
「そう言えば食堂の予算はどうなりました?」
「確認してみたのだが、学校側としては予算を減らした事実はないそうだ。業者からの納品書も揃っていて金額も合っているので、食材の使い方を失敗したせいで、食材のストックが切れたのではというのが学校側の見解だ」
「書類の数字は合っている?」
「ああ数字に不正はなかった」
「なるほど『数字に』不正はなかったんですね」
数字に不正はない。業者もきちんと納品はしている。
だけど、実際に食料倉庫は空。
ということは、何者かが食材を勝手に注文して、勝手にその食材を持ち出している?
何のために?
「もう一つ確認したいんですけど、この先にあるあの建物は講堂ですよね」
「ああ。それがどうしたんだね?」
「私は見たことがないのですが、あそこで演劇を行うことは」
「まさか君は見ていないのか!」
「えっ?」
突然に会長が大きな声を出した。
そのまま何やら物凄い剣幕てこちらへ詰め寄ってくる。
何か間違えた回答をしてしまっただろうか?
「毎年生徒会でやっている演劇を見ていないのか? 去年はあれほど頑張ったというのに」
いや違った。
大きなミスはなかったようだ……いや、ミスと言えばミスなのだが、そこまで致命的なものではない。
「すみません。私は別の用事がありまして」
「そ、そうか……確かにエクセルは家庭の事情があるのだったな。すまなかった」
「いえ、今年はちゃんと見たいと思います。次はいつなんですか?」
「再来月だ。楽しみにしていてくれ。実は毎日寮に帰ってから、自室で練習をしているんだ」
会長は急に無邪気な子供のような表情になり、フラフラと肩や腰を動かす変なダンスを始めると、手に持っていた書類がバラバラと落ち始めた。
「大変だ、これは全部大切な書類だというのに」
「拾うのは手伝いますよ」
「すまない」
なんだこのあざといキャラはと思いながら書類を拾っていく。
拾うついでに書類の記載内容を確認するが、特にこれという内容はなかった。残念だ。
「それで先程の踊りは何だったんですか? 酔拳?」
「有名な歌劇の題目なんだが……」
酔っ払いが登場する歌劇……まあ有りそうではある。
「あああれね」と、とりあえず知っているフリで適当に頷いておくと、会長は「分かってくれたかと嬉しそうだ」
「まあ書類を大量に抱えていては変なダンスになっても仕方ないですよ。公演で見られるのを楽しみにしています」
「ああ、楽しみにしていてくれ!」
そう言うとまたも書類がひらりと風に飛ばされたので、空中で掴み取って山の上へ乗せた。
「はい、今度は落とさないでくださいね」
「ああ。私もこの書類を生徒会室に置いたら帰ることにするよ。エクセルも早く帰るように」
「はい、私も、もう少し探したら帰ります」
校舎の中へ入っていく会長を見送り……入れ違いに出てきた人物に目をやる。
小柄な眼鏡の少女。生徒会書紀のロータスだった。
「えっと、ロータスさんでしたっけ?」
「あなたは何者なの?」
ロータスはこちらへ睨むような視線を向けてくる。
「ここ10年間の学生に関する情報を調べたけど、あなたの在籍情報はもちろん、賞罰の記録も一切なかった」
カトレアと同じパターンかと思い、例の退学通知書を取り出そうとしたが、嫌な予感がして止めた。
このロータスは「賞罰の記録」と言った。
ならば例の退学通知書を見せることは逆効果だ。
別の対応をする必要が有るだろう。
「何者だと思います?」
「魔力の完璧な隠蔽。そして隙だらけにしか見えないのに全く隙がない。先程書類を空中で受け止めた動きも只者とは思えない。相当卓越した潜入工作員。おそらく役割は私達への牽制」
魔力を持たないのをそう解釈してきたか。
だが「私達への牽制」とはどういう意味だ?
頭をフル回転して考えを巡らせる。
会長は第三王子あり、その背後には隣国の勢力が付いている。
その勢力ならば当然生徒会のメンバーの中にも自分達の手駒を紛れ込ませていてもおかしくはない。
まさか、その手駒がこのロータスか?
「さあ、お前の特技を見せてみろ! 魔法か? それとも卑しい暗殺術か?」
おいやめろ。お前もカトレア一族なのか?
生徒会メンバーは全員そうやって他人を笑わせて油断させた隙に攻撃をする作戦を取るのか?
それならば、こちらもそれなりの対応がある。
見せてやろう、こちらの最大の特技を。
何度か咳払いを行った後にポケットから手帳を取り出して、それをスマホのように手に持って耳へ当てる。
「俺だ。現在敵対組織……機関のエージェントからの示威行為を受けている。間違いない、奴らの一味だ」
「待て、誰と会話している?」
会話などしていない。
これは相手を動揺させるためのエア通話だ。
だが、こちらが凄腕の工作員と勘違いしたロータスはそうは思わなかったようだ。
「ああ、状況は良くない。相手はそう、ロータスを名乗り、生徒会の書紀として潜入しているようだ。これは間違いなくあの組織の……至急確保を願う」
「待て、その手に持っている物は何だ? 何かの魔道具なのか?」
「答える必要はない」
何故か異様に焦り始めたロータスを軽くいなして会話のフリを続ける。
「そうか、お前は教授とも繋がりがあるのだったな。それが通信技術の魔道具というわけか?」
教授がどうこう言っているので、例の猫の使い魔はロータスの仕業で間違いないようだ。
こちらも無視して会話のフリを続ける。
これで少しでも情報を吐いてくれるとありがたい。
「そうだ。黒髪で三つ編み。眼鏡をかけている。かなり小柄でメリハリのない体型だから幼い子供にしか見えないが注意しろ。ああ、そうだ。全体的にボリュームが乏しい」
「お前も大差ないだろう! 全てが薄っぺらいのに棒みたいな体型の癖に」
「何だとふざけるな! 自分はゴボウのくせに誰が白アスパラだ! こう見えても毎晩豆乳を飲んでシェイプアップ体操をしてるんだよ! 実際半年で0.5cmも胸囲は成長している」
一瞬、頭に血が上るが、一度深呼吸して落ち着く。
KOOLだ。KOOLになれ。
「いや、何でもない。少々雑音が入っただけだ」
「その会話をやめろ!」
「まずい、奴から直接の警告が来た。これ以上は危険なようなので一度通信を切断する。お互いに機会があればまた例の場所で落ち合おう。これも世界の選択なのだから。エル・プサイ・コングルゥ」
手帳をポケットに入れて再びロータスの方へ向き直る。
「それでどこまで話しましたっけ?」
「私が隣国からの工作員だといつ気付いた?」
「えっ? よく聞こえませんでした」
「私がこの国への潜入を命じられた魔術師だといつ気付いた?」
なるほど、語るに落ちたというわけだ。
「だそうですよ、如何致します、殿下?」
「まさか弟の周りにこんな連中がいたとはな」
「へっ?」
ロータスの小柄な身体がヒョイと浮き上がった。
背後に回り込んだ第二王子の側近が脇から手を回してそのままの持ち上げたのだ。
「殿下、この子供は如何致しましょう?」
「子供とはいえ他国からの工作員だ。丁重な対応を取る必要があるだろう」
それを聞いた側近2人はどこからか取り出した布でロータスの口に猿ぐつわを噛ませて、手足を拘束して、どこかへと運んでいった。
ゴツいお兄さん2人が小柄な少女を拘束してどこかへ連れていくという、誰がどう見ても限りなくアウトな絵面が目の前で展開されたが、見なかったことにした。
「食堂を出たのが、ほぼ同じ時間なので、まだ近くにはおられるとは思っていましたが」
「さっき弟と何か話していただろう。それで影に潜んで様子を見守っていたのだが、まさかその後にバカな工作員が自ら名乗り出るとは思わなかったぞ」
「こちらも驚きました。適当な小芝居をすれば全部喋ってくれるんじゃないかなと思ったら、本当に正体を自分から話し始めて」
本当にあれは何だったのだろうか?
新しい芸風の芸人か何かなのだろうか?
「ところで弟のあの変なダンスは何だったんだ? 酔っ払いの真似か?」
「有名な歌劇の題目らしいですよ」
「酔っぱらいが登場する歌劇?」
ジャン・バルジャンがやさぐれている時期とかそんなのだろうか?
この世界に「ああ無情」そのものはないだろうが、似たような題材の演劇があってもおかしくはない。
「それで、さっきから石畳にしゃがみ込んで何かを探しているようだったが、何か証拠を見つけたのか?」
「確実な証拠では有りませんが、怪しいところならば見つけました。あの講堂です」
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