伝書鳩

「すみません、この生徒が課題のテキストを校内に忘れてたらしく付き添いで来ました。今後このようなことはないように指導いたしますので今日のところは」

「あんた生徒会の……それなら仕方がないな。早く戻ってきてくれ」

「ご迷惑をかけて申し訳ございません。すぐに戻ります」


 副会長ことカトレアに門番の対応をいていただくことにより、何事もなく学内に入ることが出来た。


 生徒会の信用のお陰か、こちらが学生証を見せなくても顔パスというのはありがたい。

 学生証を出せと言われていたら話はもっとややこしくなるところだった。


「あまり時間をかけると怪しく思われるぞ。速やかに対処しよう。付いて来い!」

「はいはい。今すぐ参りますよ」

「『はい』は一回!」

「へいへい」

「へいもダメ」

「ホイ」

「ああ言えばこういうやつだな」

 

 カトレアに案内されて、施設奥の方にある建物の前に案内された。


「ここが研究棟。教授の研究室はここのどこかに有るはずだ。ただ、どこが教授の部屋なのかまでは私も知らない」

「窓が開いている部屋と閉まっている部屋が有りますね。窓が開いている部屋は在籍中と考えて良いのでしょうか?」

「必ずしもそうではない。研究棟がある裏側は山が近いからか、窓を開けるとよく虫が入ってくるらしい。それを嫌がって換気をせずに窓を閉めたままの教授も多い」


 研究棟の壁に近づくと日本でもおなじみのカメムシが大量に張り付いていた。


 窓を開けたままにしておくと、こいつらが室内に入り込むのか。

 それは確かに嫌だ。

 窓を閉めたままにしたくなる気持ちも分かる。


「あれ? でも部屋は強力な魔術結界で守られているはずなんですよね。なんで虫が入ってくるんですか?」

「言われてみれば確かにおかしい。使い魔をスパイとして送り込まれる可能性があるから、魔術結界を張り巡らせているはずなんだが」


「ということは、カメムシには魔術結界を突破できる特殊能力が?」

「そんなわけがないだろう。そうなると、魔術結界なんて張られていないのか、それとも」

「魔力を持たない生物は対象外にしている?」


 思い付いた疑問をぶつけてみる。


「確かにこの世界の人間はみんな多少なりとも魔力を保有している。だから魔力の有無でチェックすれば、人間や使い魔、他の魔法や魔導具だけを遮断出来るのか?」


 なるほど「この世界」の人間はみんな魔力を持っているのか。これも貴重な情報だ。


「でもそうだと、何でわざわざそんな面倒なことをしているんでしょう? 魔力を持ったものも虫も全て防ぐ全遮断で良いのでは?」

「そ、それを私に聞かれても……」


 カトレアが困り顔で答えた。

 普段は毅然と振る舞っているが、こういうあまり頭を使うことは苦手なようだ。

 

「逆に考えましょう。魔力を持たない小動物などを通過させたいために、虫まで素通しになってしまったと」

「魔力を持たない小動物? だが使い魔などは魔力を帯びているから防がれるはずだ」

「ならば、伝書鳩のような、魔術とは関係ない、ただの訓練された動物ならば?」

「まさか。魔法でいくらでも遠距離通信を出来る人間が、あえて魔法を使わずに伝書鳩を使うなんて……」

「なら、この推論を確かめましょう。付いて来てください」


 研究棟の外壁に沿って歩くと、裏側に来た辺りで鶏糞が入った肥料のような臭いが漂ってきた。

 土の地面なので分かりにくいが、よく観察すると鳩の糞が大量に落ちている。

 自然に鳩が住み着いた場所でもこうなる可能性はあるが、伝書鳩の推論の補強としては、その鳥小屋が近くにあると信じたい。


「野良の鳩がたまたま住み着いて、誰かが定期的に餌をやっている説と、伝書鳩に使う鳩をここで飼っている説のどちらが好みですか?」


 見上げると、窓が全開に開けられて、そこから灯りが漏れている部屋があった。

 よく見ると、その角のところに鉄の棒が紐で縛り付けられ、そこから鳥かごが何個かぶら下げられている。


 鳥かごのそこはただの網なので、当然鳥の糞はそのまま真下の地面に落ちて、鳥かごのメンテは最小限で良いという寸法だ。


「しかし魔法の通信があるというのに伝書鳩とは」

「だからこその逆転の発想なんでしょうね。今時こんな方法で通信なんてするわけがないという裏をかいた」

 

 言った側から鳩の糞が真上から降ってきた。

 これは間違く真上にある鳥かごの中で鳩が飼われている。


「三階の角部屋。まだ誰の部屋なのか特定出来たわけでは有りませんが、位置は覚えておきたいと思います」


 これでダウマン教授の研究室に侵入する方法の目処はたった。


「エクセル……お前は本当に何者なんだ?」


 カトレアが訝しげな顔でこちらを見た。


「学籍が抹消されているのは学校側が何かした結果なのは間違いないだろうが、これほどの洞察力と行動力がある生徒が在籍していたのならば、生徒会にもその話題は入ってきているはずだ。なのに今日まで、お前の話など一度も聞いたことがない」

「貧乏学生で小遣い稼ぎばかりしていたので、他の生徒とはあまり付き合いが有りませんでした。なので、評判は広がっていないと思います。なにせ大変なんですよ貧乏ってのは」


 あまり追求されると今まで適当に話してきた会話の矛盾を突かれかねないので、適当に誤魔化すことにする。


「まさか、会長を持ち上げている隣国の工作員じゃないだろうな? もしそうならば、私はお前を切らねばならない」


 また新しい話がポンコツ副会長から出て来た。


 もうこのカトレアを締め上げて持っている情報を全部出させた方が早いんじゃないかという気がしてきた。

 そして、逆にその工作員とやらにカトレアが捕まったら学校内に大きな混乱が発生することも分かる。


 カトレアは個人的には嫌いではないし、守ってやりたいという思いも湧いて来ているので、その工作員とやらも早めに発見して始末する必要があるだろう。


「私はそんな大層なものでは有りませんよ。ただの通りすがりの魔女です」

「ただの魔法学校の生徒が魔女とは大きく出たな。魔女が何か分かっているのか?」


 そんなことを言われてもこの世界の魔女の定義など知るはずもない。


「自称ですよ。通りすがりは事実ですが」

「そうだな。魔女というのは我々のように技術ではなく、悪魔やら邪神やらと契約して魔法を手に入れた邪悪な存在だが、お前はそのような存在には見えない」

「邪神ねぇ」


 少し考えるが、うちの神さんは邪悪でもないし、故に邪神ではないのでセーフだろう。


「そんなに邪悪な存在に見えますか?」

「いや、魔法の実力がな。これほど近くにいるのに、お前から全く魔力を感じない」

「魔力の有無ってわかるものなんですか?」

「私はそこまでではないが、分かる人間が見ると数値化出来るそうだ。一般人は5で達人は100とか。で、魔女とやらは1000くらいあるらしい」


 そういうことならば、魔法のない異世界から来た自分が0なのは当然だろう。


「私は見ての通り、運動能力も体力もなく、魔法についてもさっぱりで、まともな魔法などを使えるはずもなく。どこにでもいるごくごく普通の一般市民です」

「何も出来ないのはお前の鍛錬不足だな。頑張れ。日々精進だ」


 どうやら工作員疑惑は晴れたらしい。


 何も出来ない人間に工作員なんて勤まるはずなどないと思ったのだろうか?

 あからさまに怪しい服装で破壊活動を行う工作員よりも、一般人に紛れ込んで淡々と情報を送信するだけの工作員の方が見つけるのが大変で厄介だと思うのだが大丈夫だろうか?

 

「それでは次の場所へ行きましょう」

「待て、今から侵入するのではないのか?」

「情報がないのにそんなことはしません。それに言ったでしょう。正面から堂々と入れてもらうと。それよりも清掃員がどこにいるか教えていただけないでしょうか?」


   ◆ ◆ ◆


 カトレアに案内された先は作業員の待機室だった。

 ノックをしてから室内に入るが中には誰も居ない。


光よライト


 室内は暗闇に包まれていたが、カトレアが呪文を唱えると魔法の明かりが出現した。


「施錠もしないで不用心だな」

「まあ明かりは消していっていますし、そもそも学校内は入ることが出来る人間は限られていますので、そこまで不用心ではないと思います」

「それはそうだが」


 壁に貼られたスケジュール表を見ると、本来は10人で学内施設の掃除や修復などを行うはずが、現在は3人だけで仕事を回しているようだ。

 確かにこれでは人員が足りないために、雑草の刈り取りまで手が回るはずもない。


「カトレアさん、これを見てどう思います?」

「これは作業員が勤勉とか怠慢とかそんな次元ではないな。半分以下の人員で仕事が片付くわけがない」

「仕事表を見ると、明日の午前中がダウマン教授の部屋の清掃に入ることになっていますね」

「明日の午前中ならば私も教授の講義を受けることになっている。つまり授業中の間に掃除を済ませておけということだ」

「では、その間に私が工作を仕掛ければ大丈夫ですね」


 計画としてはほぼ完璧なはずだ。後はそれを実行するだけである。


「1人で大丈夫なのか? 私は手伝わなくて良いか?」

「ええ。副会長は授業に専念なさっていてください。その間に私が全てを終わらせておきます」

「そうか。だが決して無理はするなよ。相手は国内でも名うての魔術の使い手だ。どんな罠が仕掛けられているかわからないぞ」

「大丈夫です。午前中に仕掛けるのは、午後の調査の仕込みだけですので」


 要件は済ませたので、作業員の待機室を出た。

 そのまま校門で門番に礼をして学校を後にする。


「それでは本日は解散と言うことで。ありがとうございました」

「ああ。それでは明日の午後にまた会おう」


 カトレアは上級貴族用の別の寮に住んでいるらしいのでそこで別れを告げて、自分はアイリスの待つ寮の部屋へと戻ることにする。


「今日の成果は殿下と第三王子との間で何かあることと、スパイの存在と予算使い込みか。まだ触りの部分だけだから、これを深堀してあと四日で全部解決出来るかとなると……まあ、やれるだけやるしかないか」

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