真夜中の追跡劇
寮の部屋に戻るとアイリスがご機嫌斜めで待ちかまえていた。
「エクセルさん、今までどこに行ってたんですか?」
アイリスが小動物のように頬を膨らませて怒っているので、つい指で頬をつつきたくなるがなんとか堪えた。
「学校の話とか聞いて欲しかったのに」
「すみません。学校の食堂の手伝いをすることになり、それが片付くまで時間がかかってしまいました」
やることが多々あったとはいえ、待たせてしまって悪いことをしてしまった。
素直に頭を下げる。
だが、流石に副会長と組んで学校の調査を行っていましたと正直には言えないので、あくまでも学食の手伝いだけをしていたことにする。
「学食の手伝い?」
「はい。5日間ただ部屋でじっとしているのも何なので少し働いて小遣い稼ぎをすることにしました」
「じゃあ、明日学食に行けばエクセルさんに会えるんですね!」
「まあ、私は厨房に籠もりっぱななしなんですけど」
そこでふと気付いた。
アイリスに生徒会へ弁当を持って行かせる役目を任せれば良いのではないだろうか?
生徒会内には、そんなおかしな連中はいなさそうだし、アイリスの面倒も見てくれそうである。
何か学校で大きな事件が発生してアイリスが巻き込まれても、助けになってくれるだろう。
明日一度カトレアに話をしてみよう。
「なら、せめて夕食は一緒に食べましょう! 寮で朝晩は食事を出してくれるらしいので。そこで学校の話を聞いてください」
ここの寮は食事付きなのか。
それは色々と助かる。
アイリスの話も色々と聞いてみたい。
2人で一緒に寮の食堂に行くと、他の寮の住人がみんな死んだ魚のような目で淡々と食事を摂っていた。
(学食の予算は削られていたが、まさかここも?)
予想通りというか、予想を裏切らないというか、夕食はガチガチに固いパンと何か得体の知れない具が2、3切れ浮いているだけの透明なスープが出て来た。
念のために食事中の他の寮生に聞いてみる。
「あの……これだけですか?」
「今日は具が浮いてるからマシかな」
学食と同じくこちらの予算も酷いことになっているようだった。
「このスープを作ったのは誰だ!」
と皿を片手に厨房に駆け込みたい衝動に駆られたが「予算が足りないんです」という分かりきった回答が帰ってくるのは明白だったので自重しておく。
試しにスープを一口飲んでみたが、水に塩を溶いたものに微妙に何かの出汁が出てるかも、くらいの限りなく塩水に近いものだった。
堅いパンをふやかす以上の役目を与えられていない。
「やっぱり第二王子の浪費のせいか」
「今日も夜遊びに出かけているのを見たよ」
「あんなのが国王になったらどうなるの? 第一王子の病気は治らないのかな?」
「会長が王位を継いでくれたらいいのに」
耳を澄ますとあちこちから愚痴が聞こえてくる。
殿下こと第二王子の浪費は有名なようだ。
「アイリスさん大丈夫? それで食事は足りる?」
「大丈夫です。お腹がすいてるのには慣れてますから」
口ではそう言って笑顔に振る舞ってはいるものの、目は全く笑っていない。
「今はこれくらいしかありませんが、クッキーをどうぞ」
せめてもとポケットからクッキーを一枚取り出してアイリスに手渡す。
「エクセルさん、これをどこで?」
「そうですね……私は食堂の仕事を手伝っています」
「ありがとうございます。いただきます」
食堂の仕事を手伝っているから何だという話だが、納得してもらえたようだ。
アイリスがクッキーを幸せそうに頬張るのを頬杖をついて見守る。
「ところで学校初日はどうでした?」
「今日はまだ教科書と制服を受け取ってクラスのみんなに挨拶をしただけです。でも、皆さん良い人達ばかりでした」
「この寮には同じクラスの方はいましたか?」
「残念ながら。でも、この寮の人達とも仲良くなっていきたいと思います!」
前向きな子だ。
この娘を曇らせないためにも、もう少し頑張る必要があるだろう。
まずは食事問題。
殿下と第三王子問題については、まだ情報が圧倒的に不足しており、かなり時間がかかりそうなので後回しだ。
その後はなんでもない雑談をかわして、アイリスを部屋に帰した。
◆ ◆ ◆
調理場で皿洗いを手伝った後は、疑似肉料理の試作を開始する。
少量分けてもらった大豆油の絞り滓をああでもないこうでもないと加工していく。
成果としてはまあまあという状況だ。
うまくいかないのは、成分抽出方式ではなく機械の圧力で大豆から油をはじめとする絞っているので完全に油が抜けきっていないことが原因だろう。
そのままだと油分が多すぎて食材には適さず、だからと言って油を抜こうと煮炊きすると、油と一緒に旨味まで飛んでしまって完成したペーストは何の味もしない紙の固まりをかじっているような錯覚に陥る。
食べられなくはないが、これを食事として出されるのは流石に厳しい。
「これは明日おばちゃん達に相談してみるか」
ただ、可能性については見えた。
事件解決して予算が復活すれば、油の絞り滓に頼る必要はないのだから。
調理場を片付けて部屋に戻ると、既に消灯されてアイリスは既に二段ベッドの上の段で横になっていた。
「終わったんですか、エクセルさん」
「はい。明日も早いんですから、今日はお休みなさい」
「おやすみなさい」
自分もそろそろ寝るかと思い、開いたままの窓を閉めようとした時に、暗闇を複数の人間が走り回る音が聞こえてきた。
目を凝らすと、1人の男性を複数の人間が追い回しているようだ。
追っている方、追われている方、どちらもフードを深く被り、マントで身を隠しているので正体が分からない。
「これはどちらが悪人だ?」
追跡者が悪人の場合は逃走者を匿うなどで助ければ良い。単純な話だ。
だが、逃走者が悪人で、追跡者は警察的な組織ならどうかというと、助けに入ったこちらも共犯扱いになり追われることになる。
自分一人だけなら残り4日間適当に逃げ回れば良いが、それでアイリスや副会長に迷惑がかかるのは困る。
本来ならここは謎の怪人物などスルーするのが正解だろう。
だが、もし逃走者が本当に助けを求めている人物で、ここで無視したことでどこかに監禁されたり最悪死に至ると目覚めが悪い。
助けるための理由付けかもしれないが、重要人物の場合は、この事態を解決することで何か得られるものは有るかもしれない。
ならばどうするか?
「追跡者に気付かれないようには逃走者を確保。これしかないな」
◆ ◆ ◆
学校の周辺を歩いていた時に気付いたが、この町の地下にはかなり巨大な下水道が張り巡らされている。
元々川だった場所を塞いで暗渠にして、その上に町を作り、元々川だった水路を下水道として再利用しているようだ。
つまり、臭いと衛生面に我慢すれば、いくらでも逃走者を匿う場所は用意できるということだ。
「こっちだ!」
逃走者は顔も見えず正体も不明だが、若い男ということだけはわかる。
その逃走者に向けてあえて学校の制服を見せながら、手を振って呼びかける。
「追われているのでしょう。身を隠すならこちらに」
逃走者は一瞬動きを止めた。
こちらが信用できる人物なのか分からない以上は何かの罠ということを警戒しているのだろう。
「こちらは私一人だけ。もし罠だとしても非力な女子一人だけならば、強引にねじ伏せて逃げることが出来るのでは?」
「それもそうだ」
逃走者はそう言ってこちらの方に走ってきた。
足下にはおそらく下水道のメンテナンス用だと思われる金属製の蓋がある。
蓋を開くと中は階段になっており、町の地下に張り巡らされた下水道へと入っていけるという仕組みだ。
金属製の蓋は元々は施錠されていたが、その鍵は先程破壊した。
「よいしょっと!」
渾身の力を込めて全力で下水道の蓋を開ける。
金属製でかなり重かったが、なんとか開けることが出来た。
「この中に逃げれば良いのか?」
「いえ、ここは蓋を開けただけです」
逃走者を近くの路地へと連れ込んで、捨ててあった木箱の蓋を開ける。
「この中へ」
「えっ?」
「大丈夫です。この中に隠れてください」
逃走者がその中に飛び込んだのを確認して、自分も同じ箱の中へ飛び込んで作戦完了だ。
「狭いのだが」
「我慢してください。あと静かに。気付かれますよ」
少し待つと、先程開封した下水道の入り口の周辺から声が聞こえてくる。
追跡者がやって来たようだ。
「この中に逃げたのか?」
「下水道か……中は相当広いぞ。誰か地図を持っている者はいるか?」
「蟻の巣のようになっていて、作業員も地図がないと入った場所になかなか戻ってこられないらしい。少なくともこの出口からどう繋がっているのかわからん」
「無闇に追いかけてもダメだ。念のため例の場所で警戒だけはしよう」
追跡者達はその後何やらブツブツ言った後にどこかへ去って行った。
「行ったようです」
逃走者と一緒に木箱の中から出る。
例の場所だの気になる単語はあったが、流石に雲を掴むような話でこれだけでは動きようがない。
まずは目の前の問題から解決させよう。
「それで、なんで追われていたんですか?」
「待て、君は何故追われていたのかも知らずに助けてくれたのか?」
「人を助けるのに理由が必要ですか? それに、あなたがもし悪人ならこの場でぶちのめすつもりでした。今もそうです」
正直に話すと逃走者は豪快に笑い始めたのですぐに口元に人差し指を立てて「静かに」と制止した。
「大声を出すと、あいつらがまた戻ってきますよ」
「そうだった、すまない……追われている理由はこれだ」
逃走者がフードを取って顔を見せた。
短くカットした茶色い髪に青い目。
爽やか系スポーツ青年という雰囲気だが、肌に出来物やシミなどはなく、日焼けもそれほどしていない。
肌のメンテには相当気をつけているように見える。
会長がアイドル系のイケメンなら、こちらは体育会の爽やか青年という感じだ。
年齢は高校生……にしては老け過ぎなので、おそらく大学生くらいだ。
成人しているのは間違いなさそうだが、少なくとも中年ではない。
20代中盤から後半くらいか?
もちろん、その顔に見覚えなどあるはずもない。
こちらは何しろこの世界に来てまだ半日なのだ。
「私だ」
「えっ、誰?」
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