中華甘酢餡かけ
「今来ているのは学校の予算についてある程度の裁量権がある生徒会長です。なので、ここで出す賄いが勝負を決める要であり、予算不足を訴える無二のチャンスです」
「でも残っている食材の量なんてたかがしれてるよ」
「それでも3人です。3人分だけ出せば勝てます! 残っている食材を全て出してください!」
玉ねぎが半かけ、チコリが一つ、人参半分、エシャロット少量。
これに先程試作した疑似肉が一塊。
いつ作ったか不明な乾燥したパイ生地。
カリッカリに乾燥しきったバゲット。
香草が少量。
小麦粉と調味料が揃っているのは幸いか。
「おばちゃんはこれで賄いを作れと言われたら何を作ります?」
「ガーリックトーストかね。中途半端なものより安定したものを作りたいよ」
「あたしも同じだよ。この食材だと出来るものは限られてるね」
「なら、そちらの調理をお願いします。私は残り食材でラビオリを作ります」
チコリとエシャロットと香草を刻んで疑似肉と混ぜ合わせてパイ生地で一口大にくるめば限りなく餃子に近いラビオリの完成。
ヨーロッパ風ならトマトソースかバジルソースにしたいところだが、ここはあえて中華の揚げ餃子風へ調理することにする。
玉ねぎと人参を炒めてオイスターソース、砂糖、酢とコンソメ少量に片栗粉でとろみをつけて中華風甘酢餡を作成。
少量の油で揚げ焼くようにラビオリを調理して、その上に別の鍋で作成した甘酢餡をかける。
「お待たせしました」
食堂のテーブルには3人が座っていた。
先程見かけた金髪碧眼のイケメンの会長。
黒髪の少しちょいワルに憧れていそうだが、それでも育ちの良さを隠せていないわんぱく少年の庶務。
それに、やはり金髪碧眼の生真面目そうな少女、副会長の3人。
「時間的に食材の残りも少なく、このような賄いしかご用意出来なかったことをお許しください」
「いや、こんな変な時間に押し掛けてきた此方に非があるのだから気にしないでくれ」
「ありがとうございます。私から提供させていただきますのはラビオリの甘酢餡かけで御座います」
料理を並べると会長から「ほう」という声が出た。
そこにおばちゃん達が作ったガーリックトーストも並べていく。
ガーリックトーストはにんにくを塗りつけた後にオリーブオイルで少しだけふやかして、軽く火を入れることで乾燥しきったパンを少しふっくらさせている。
庶務が早くも指を伸ばして甘酢ソースをペロリと舐めると、隣に座っていた副会長が叱責した。
「それは流石にマナーがなっていませんよ」
「いいだろ。ここはレストランじゃなくて学校の食堂なんだから。早く食おうぜ!」
「では頂こう。神に感謝」「感謝」「感謝」
先程、指で甘酢餡を味わっていた庶務もきちんと指を組んで祈りを捧げていた。
この世界では食事前に祈りを捧げるのが礼儀なのだろうか?
こういうところを雑にすると素性がバレかねしないので注意せねばと様子を見守る。
3人とも甘酢餡かけを食して……固まった。
果たしてこれはハズレか当たりか?
3人は会話することなく淡々と食事を済ませて、綺麗に完食した後にまた神へ祈る。
食後の紅茶を注いていると会長がこちらの方を見て尋ねてきた。
きちんとしたティーセットではなくコップに煮出した紅茶をポットからの直注ぎだが、ここは喫茶店でも社交場でもなく食べ盛りの子供達がたっぷり食べるための学校の食堂なので勘弁して欲しい。
「これはどこの地方の料理かね? 初めて食べる味だが実に美味だった」
料理の味についてお褒めの言葉を頂けた。
どうやら賄い料理は成功だったようだ。
「ありがとうございます。こちらは中国という地域の料理です」
「なるほど郷土料理か。大陸の中なのか、国と国との境の地域なのかは分からないが」
特に何も思いつかなかったので正直に答えたが、勝手に勘違いしてもらえたようだ。
ただ、具体的に「中国とか具体的にどこなのか?」と突っ込まれるとボロが出るので、これ以上は黙っていることにする。
「最近の学食はまずいと聞いていたが美味いじゃないか。これは君が?」
「いえ、調理は此方に以前から勤められておられるご婦人方によるものです。私はただの小遣い稼ぎの小間使いですから」
奥の調理場の方に手を向けると豆と芋おばちゃんがこちらに手を振っていた。
「ただ、学食の味が落ちたということには理由が有ります。この2ヶ月ほど、学食の予算が大幅に削られて、ろくに食材が買えないどころかここに勤務されている方にもろくに給金が支払われていないという話でして」
「なにっ」
「こちらの料理に使われている食材も実は肉ではございません。肉が買えないので代用肉を使用しております」
空気を読んだのか豆おばちゃんがボウルに入ったままの作りかけの代用肉を持ってきてくれた。
「こうやって豆を一度粉にして味を調整したものを肉の代用品として使用しております」
「嘘だ。完全に肉の味がしたぞ」
庶務が立ち上がって何かの間違いだと言わんばかりに答えたが、ボウルの中にある代用肉をもう一度確認した後、席に着いた。納得頂けたようだ。
「今はこうした工夫で乗り切ってはおりますが、限界は近付いております。出来ればこの件につきましても学校側に伝えていただきたく」
「承知した。この件は放置すると多くの学生に影響を与えそうだ。最優先で対応しよう」
「ありがとうございます!」
これで食堂の件はどうにか解決しそうだ。
「それと別件だが、良いだろうか」
「はい。如何なさいましたでしょうか?」
「実は我々が今日ここに来たことと関係しているのだが……最近忙しくては昼休み中にゆっくり昼食をとる時間を確保できなくてな。昼食抜きになってしまうことが多々ある。今日に至っては朝からイベントの準備や生徒への指導が相次いだために朝食すらとっておらず……」
会長は途中から恥ずかしそうな顔になり、段々と声のトーンを落としてついに黙ってしまった。
なんだこのあざといイケメン。
こういうタイプが好きな女性も大勢いるのだろう。
それをチラチラと見ている副会長も会長を好きな1人に見える。爆発すれば良いのに。
「つまり、ここで賄いを定期的に提供出来ないかということでしょうか?」
「端的に言えばそうなる」
「それは流石に無理だね。今日はたまたま居ただけで、食器を洗って明日の仕込みが済んだらここは閉めちまうから、いつも居るとは限らないよ」
豆おばちゃんが代わりに答えた。
「そうなのか……まあこの食堂の事情もあるだろうから、それは仕方がないか」
会長は明らかに落胆していた。
「せめて弁当とか作れないですかね? 毎日昼頃に届けてくれたら、それを生徒会室で開いた時間に食えるので」
「頼まれたら作らないこともないが、誰か取りに来てくれるのかい? うちは人手不足だし、そもそも従業員用の許可証じゃ校舎の中には入れないし配達までは出来ないよ」
庶務の提案について芋おばちゃんは弁当を作ることに関してはOKを出したが、配達まではやらないと回答した。
まあ当然の対応だろう。
ただでさえ人不足なのに配達に回せる人員を確保出来るわけがない。
「じゃあ……エクセルって言ったっけ? あんたが届けてくれないか? 生徒だし大丈夫だろう?」
庶務が何故か肩に手を置いて気さくに話しかけてきた。
「なるほど、エクセルが毎日届けてくれるなら助かるな」
「大丈夫なのですか? 生徒会室は基本的に選ばれた生徒以外は入室させないのがルールのはずです」
ここでずっと黙っていた副会長が初めて口を開いた。
会長の方を見て話した後に、何故かこちらを強く睨みつける。
「何も常駐させようという話ではない。ただ、弁当を届けてもらうついでに校内で起きている話を少し聞きたいだけだ」
「ですが」
副会長はまだこちらを睨んでいる。
素性がわからない謎の人物が生徒会に近付くのを警戒しているのか?
それともこの副会長は会長か庶務に気があって、他の女が近付くのを警戒しているという、縄張りを守るわんちゃんムーブをしているのだろうか?
「彼女の洞察力はなかなかのものだ。私達相手でも物怖じしない度胸もある。それに一般生徒の声をどうやって聞いて回るかについては前から検討していたじゃないか。これは良い機会だと思わないかね、副会長」
副会長は会長に諭すように説明されると、もう理屈だった反論が出来なくなったのか大人しくなった。
「というわけで頼まれてくれるか?」
「なるほど、それなら一見暇そうな私が生徒会に行くことで、弁当も入手出来るし、生徒の中で広まっている噂話などもそこでキャッチできる。その上で私の方も生徒会に近付けることにより得られるものがあるだろう……そうおっしゃいたいのですね」
「そういうことだ。この話には双方にメリットが有ると思うが」
会長と庶務は笑顔でこちらの反応を待っている。
副会長は相変わらず納得出来なさそうな目でこちらを見ているが、異論を挟む気はもうないようだ。
なので、こちらもその声へ答えることにする。
「だが断る」
「えっ」
3人どころか、何故か豆おばちゃんまで口をポカンと開けて固まった。
おそらくこれは重要人物との好感度を稼いで次のイベントに繋ぐための展開なのだろう。
だが、こういう謎とは一切関係なさそうなキャラの好感度を稼ぐ類のイベントは完全に無視したい。そんな時間などない。
「昼休み中は一番食堂が混んでいて人手が足りない状況なので配達はどの道無理ですね。それに私は小遣い稼ぎにここへ来ているだけなので、小遣いを稼げないなら他の仕事をします。生徒会に構っている余裕はないですね」
「い、いや……生徒会に入れば将来的には得られるメリットが」
「将来よりも今を生きているのが大変なのでお断りします。弁当を取りに来るくらいなら、誰か手の空いている人に頼んでいただけませんか?」
「あ、いや……別にそこまでこだわっているわけではないので……」
3人はそれで気まずくなったのか、食後の紅茶を飲んでそそくさと立ち去っていった。
「なんか逃げるみたいに出て行っちまったが、予算の方は大丈夫かね?」
「流石に弁当が手に入らないから、食堂は冷遇していいとかいう公私混同はしないと思います。多分。知らんけど」
「だったら良いんだけどねぇ」
この後は明日の仕込みを済ませて解散ということになった。
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