食堂

 今度は学食前にやって来た。

 

 昼休みも終わってみんな授業に戻ったからか、学食の中はガランとしていたが、逆に厨房の中は喧騒に溢れていた。

 ガチャガチャと食器を洗う音に混じって、何やら怒鳴り声のようなものも聞こえてくる。


「明日の仕込みはどうするんだい? これじゃあ全然足りないよ!」

「そんなことを言っても学校から金が出ないことにはどうしようもない」

「そうは言っても明日もまた客は来るんだぞ……どうしろって言うんだ!」


 学校から金が出ない?


 修復されない壁の亀裂や雨樋、刈られない雑草に加えて今度は食堂の予算不足なのか。

 

 共通して言えるのは、何らかの理由で学校の施設の予算が削られているということだ。

「陛下の浪費」とやらと何か関係しているのだろうか?


 いや、結論を出すにはまだ早い。

 今は情報収集の時間だ。


「すみません、校門のところで張り紙をみたいですけど、生徒もパートに入って大丈夫でしょうか?」


 思い切って厨房の扉を開けると、2人のおばさんの視線がこちらを向いた。


「あんた、この時間は授業があるんじゃ?」

「引き継ぎの関係で3日ほど時間が余りまして、その間の時間にせめて生活費の足しになればと思いまして」

「なるほどね。この学校は上級貴族様の生活が基準だから、貧乏貴族の子は大変だものね。ただ今は諦めな。予算不足で給金は出ないよ」

「どういうことです? 学校から予算が出て募集もされてますよね。広告も見ました」

「あれは二ヶ月前の話だよ。あの広告を出した後くらいから、急に学食の予算を減らされたんだよ」

「えっ、何か理由は?」

「こっちが聞きたいくらいさ。まあ、そういうわけで給金は払えない。それでも手伝ってくれるって言うならば、やることはたくさんあるけどね」


 そう言うとおばさんは炊事場に山のように積み上げられた皿を指差した。


「5人で回していたこの学食も残っているのはあたしら2人だけさ。そのせいで全く回らない」

「なるほど。そういうことならばお手伝いしますね」


 ケープと帽子を脱いで室内に入っていく。


「おい、今言っただろう。給金は出ないと」

「それでも困っている人を見捨ててはいけませんよ。これくらいは協力させていただきます」

「そうか。なら、辞めた奴のエプロンと三角巾がそこにそのまま残ってるはずだ。それを使えばいい」

「ありがとうございます」


 案内された先には、エプロンと三角巾が丸められて置かれていた。

 そしてそこには、正門の入校許可証も置かれていた。

 職員用とあるので、これさえあれば裏門からややこしい入退室をする必要はなくなる。


 近くにあったエプロンと三角巾を付けるついでに入校許可証を拝借する。


「こちらの皿から洗っていけば良いんですね?」

「あ、ああ……頼むよ」


 バイトで食器を洗った経験があるので、これくらいの食器磨きはどうということはない。

 それほど量はなかったので、2人のおばちゃんと共に作業を始めて30分ほどで全て洗い終えることが出来た。


「助かったよ。あんた名前は?」

「エクセル・ワード・パワーポイントです」

「なるほどエクセルちゃんね。これから明日の仕込みをするんだけど、手伝ってくれるかい?」

「はい、料理は好きなので」


 おばちゃんはそういうとパスタが入った箱とトマト缶を運んできた。


「問題は明日の食材はこれしかないってことだ」

「トマトソースのパスタですね。それで具材は?」

「ないよ」


 おばちゃんは言い切った。


「食材が足りないんだよ。学校が予算を出してくれないので食材もまともに買えやしない」

「でもこれじゃあ具なしパスタしか作れないんじゃ」

「だから予算内で何か食材を追加しなきゃいけないけど、予算内で何を買うべきか決められないんだよ」


 おばちゃんはそう言うと注文表を見せてくれた。


「この一覧に載っているものならば一品だけ買える。夕方までに注文表を学校の事務に出せば、業者を手配して翌朝には食料倉庫に届けてくれる」


 リストを確認すると、予算でなんとか買えそうなのは芋、麦、豆。

 肉が欲しいところだが、予算的には厳しい。


 価格と量とカロリーのバランスが良いのは芋か麦だが、どちらもパスタの具として使うにはどちらも不向きだ。


「あたしゃ豆が良いと思うがね。スープにしても炊いてもどちらでも食べられる」

「それなら芋で良いだろうって言ってんだろ。腹が膨れて安いのはこっち」

「豆だ!」

「芋だ!」

 

 2人のおばちゃんが言い争いを始める。

 先程外にまで聞こえていた言い争う声はこれのことだったのか。


「それでこの豆の種類は何ですか?」

「レンズ豆だよ」

「大豆は?」

「それはリストの下の方。量の割にちょっと割高だね。それに大豆は食べるよりも油を取るための豆だから」


 価格と量からコストを計算する。

 単位がメートル法でないのは分かりにくいが、重さあたりの単価を比較するのは簡単だ。

 なんか分からん単位比で1.05。確かに単価が高いだけあってコスパはレンズ豆と比較すると少し悪い。


「豆乳やおからを取り扱っている店って有りますか?」

「豆乳?」


 なるほど、この世界には豆乳はなしと。

 おからが安く手に入るのは大量に豆腐の原料である豆乳を生産する過程で大量におからが発生するからであって、そういう理由ではおからを使う件はなしだ。


「油を取るためということは、大豆油を絞っている加工所もあるんですよね」

「それなら下町の方に有るよ。いつも煙がモクモクしているからすぐにわかるはずだ」


 良かった。これならばまだ逆転の目はある。


「ありがとうございます。後で見に行ってみます」

「でもそんなところに行って何をしようと言うんだい?」

「食材ですよ。しかも安く大量に手に入る」


 こちらは別件で調べておくとしよう。

 当面の問題は食材問題だ。


「食材は豆にしましょう。レンズ豆ならば、それで疑似肉を作ることが出来ます」


   ◆ ◆ ◆


 食料倉庫は意外と広かった。

 何かの魔法がかかっているのか、冷蔵室のようにひんやりしている。

 相当な量の食材を保管しておけそうだが、今は隅の方に半端な量の食材が微妙に残っているだけだ。


「前までは色々あったんだけどね。豆や芋みたいに保存が効くものは事前に買いだめしてここに置いといたんだがね」


 おばちゃんと一緒に食料倉庫に少量あった乾燥したレンズ豆とを厨房へ運んだ。

 その豆をまず細かく粉砕するところから始めた。

 

「レンズ豆を細かく粉にします。ただ、このままだと豆の臭いが強烈すぎるので、臭い消しに刻んだセロリとニンニクを投入。油分が少ないので補うために大豆油を少量。つなぎは片栗粉。よく捏ねて小さく団子状にして一度茹でて固める。これに薄く小麦粉を付けて油で揚げ焼くようにすれば肉団子の完成」


 まずは、おばちゃん2人に試食してもらう。

 おばちゃんは最初こそ懐疑的な目で見ていたが、一口かじった後に、そのままガツガツと一気に平らげた。


「なるほど、こうすると元が豆とは思えないほどだね。ただ、鶏肉に似た味だから、もう少し濃い目の味を付けた方が合いそうだ」


 豆派のおばちゃん、豆おばちゃんも納得のようだ。

 

「貸してごらん。下味はもっとしっかり付けた方が良くなるし、かさ増しにパンの欠片も混ぜてみよう」


 芋派の芋おばちゃんも豆を使った料理に前向きのようだ。

 豆と芋おばちゃんの共同作品を試食してみると、先程のものよりも更に肉っぽくなっていた。


「すごいですね。流石です」

「いやまだまだだ。肉と呼ぶにはイマイチ歯ごたえが足りないな」

「豆を完全に粉にするんじゃなくて、一部はあえて荒い塊のままで使ってみよう。それである程度の歯ごたえが出るからより肉に近くなる」

「それだ」

 

 おばちゃん2人の力で更に疑似肉のレベルが上がっていく。

 これは実に頼りになる。

 二時間ほど格闘すると、十分に食堂のメニューとして出しても良いレベルになった。


 後は素人の生兵法で首を突っ込むよりも、プロ2人に任せた方が良いだろう。

 これで明日の食材問題はなんとか解決しそうだ。

 明日の学食にはトマトソース味のミートボールスパゲティがメニューとして並ぶだろう。


「豆の粉と格闘して分かったよ。これがエクセルちゃんが言っていた大豆油の店で手に入る食材に繋がるのか」

「はい。大豆油は粉末した豆を絞って取り出すものなので、この砕いて粉にする工程がまるまる省けます」

「臭いも大豆の方がレンズ豆よりは少ない。なるほどね」

「明日の食材は豆を購入するってことで良いですよね」

「ああ。明日はこれで乗り切ろう。でも、明後日からはどうするかねぇ。その大豆油の絞り滓が役立ってくれると良いんだが」

「お金がないことにはジリ貧だし、偉い人になんとか言って金を出してもらわないことにゃ解決しないからねぇ」

「エクセルちゃんは貴族だろう。誰か偉い人につてはないのかね?」


 突然に話題を振られた。


 別に自分は貴族でも何でもないのでコネなどないのだが、偉い人に訴えて金を出してもらわないと根本的な解決にならないのは事実だ。


「頼れそうなのは生徒会ですね。明日、学校関係者との定例会が有るらしいので、その時、話題にあげて貰いましょう」


 あまり学校関係者に接触すると偽学生なのがバレるので問題しかないのだが、今の状況では仕方がない。


「すまん、まだこの食堂はやっているか?」


 その時、食堂の方で誰かの声がした。


「もう終わってしまって明日の仕込み中だ。出せるものは何もないよ」


 芋おばちゃんが厨房を出て行って、その声の主へ応対を始めた。


「いるんだよね、食べ盛りでいくらでも腹が減るのか変な時間にやってきて飯を要求する生徒が」


 豆おばちゃんが辛辣な評価を下す。

 自分もどんな食いしん坊がやってきてたんだと食堂の方を覗いて、その声の主を確認する。

 そこにいたのは先程会長と呼ばれていた金髪碧眼の生徒会の少年だった。


「あの金髪少年が生徒会長ですよ。一緒に来ているのが副会長と庶務」

「えっ?」

「ここは私が応対します。今の食堂の状況を訴えて予算を引き出すには絶好のチャンスです」


 芋おばちゃんが生徒会長を追い出そうとしていたので、慌てて厨房から飛び出した。


「生徒会長ですよね」

「君は確かエクセル……何故こんなところに?」

「貧乏学生の小遣い稼ぎです! 流石に昼のメニューはもう終わって片付けも済ませてしまいました。賄いなら出せますが、お食事のご希望は何人様でしょうか?」

「3人だ……用意できるか?」

「承知しました。少々お待ちください」


 情報収集かつ話を動かすのに大きなチャンスが巡ってきた。

 ここでどうもてなせるかで今後のルートが変わってくる。


 生徒会長に塩対応をしようとしていた芋おばちゃんを捕まえて厨房に戻る。

 

「この状況をうまく乗り切れば予算を手に入れられる良い機会です」

「でも、今の食材はパスタとトマト缶しかないんだよ」

「有るじゃないですか。ここにたった今まで作っていた疑似肉料理が。これで勝ちに行きます」

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