生徒会

「さてと、まずはどこから調査を始めるか」


 校舎間を繋ぐ渡り廊下を歩いていくと、何やら中庭の方から喧噪のような叫び声とヤジが聞こえてくる。


 何があったのかと覗いてみると、何やら学生同士が対峙して、お互いに魔法を放つという決闘紛いの勝負を行っていた。

 おそらくこれも学校生活で起こるイベントの一つなのだろう。


 だが、5日という時間制限があるというのに、こんな生徒同士のお祭りイベントなどに構っている余裕などない。

 人間関係のイベントは全て無視だ。


「生徒はあくまで生徒間の情報のみで、学校の運営情報は持っていないから無視でよいだろう」


 このまま無視して通り過ぎようとも思ったのだが、中庭が雑草だらけなことと、廊下から見える校舎の壁に亀裂が入って、たまにポロポロと崩れてきているのに放置されたままなことが気になった。


 決闘している連中へヤジを飛ばしている生徒の1人の肩を叩いて聞いてみることにする。

 

「ちょっと聞いて良いです? この壁っていつから壊れてるんですか?」

「何だよ! 今良いところなんだぞ」


 にべもなく断られてしまった。


 やはりこの小競り合いが落ち着くまで待つしかないかと、決闘の方を眺めて待つことにする。

 2人の少年が、何やら長い魔術詠唱を行うと、ショボい火の玉が飛びだし、それを相手が空中に浮かぶ魔法陣で防ぐ。

 それを交互に繰り返すだけという見所も迫力も皆無の地味な戦いだった。


「これはどっちが優勢なんですか?」

「互角だな……お互い強力な対魔術の盾を展開しているので、並の攻撃では貫通出来ない。だが、高度な攻撃を行うには詠唱に時間がかかる。それを理解した上で相手がミスをするのを待っている。高度な戦いだ」

「なるほど」


 先程はまともに答えてくれなかった相手だが、今度はこちらの聞いていないことまで勝手に語りだしてくれた。

 自分の興味の有る話はいくらでも他人に聞いてもらいたいが、それ以外はどうでも良いという、日本でもよくある話だ。


 もしかして、これは高度すぎて一般人目線で見ると地味にしか見えないというものなのだろうか?


 お互い至近距離で殴り合いでもしてくれる方が分かりやすく派手でエンターテイメントとしては盛り上がると思うのだが、何故か観客ギャラリーはこの玄人向けすぎる勝負に対して大盛り上がりだ。


 ……わからない。文化が違う。


 中庭を調べたいので早く決着して欲しいなと思いながら冷めた目で眺めていると、突然にその決闘している2人の間に割り込む集団が有った。


 金髪碧眼の少年を先頭に、3人の少年少女が何やら書類を掲げながら歩いてくる。


「生徒会だ! 学内でも許可のない戦闘行為は禁止されている。すぐにこの決闘を中止しろ!」


 生徒会を名乗りながらやってたメンバーのうち、制服の袖をまくった黒髪の少年が前に出て、腕を振り回しながら半ば喧嘩腰の雰囲気で決闘している2人に近寄っていく。


「うるさい、部外者が割り込むな!」

「何を! 俺は生徒会庶務だぞ!」

「庶務が偉そうにすんな雑用係!」

「誰が雑用係だ! 庶務だ庶務」

「やっぱり雑用係じゃねぇか!」


 庶務の態度は逆効果だったようだ。


 あれでは喧嘩の仲裁に来たのか、自分も喧嘩へ参加しに来たのか分からない。

 あんな粗暴な男が生徒会メンバーで大丈夫なのだろうか?

 

「まあ3人とも少し落ち着こう。まずは私に何が有ったのか聞かせてもらえないか?」


 庶務とは違い、後から来た金髪少年は、優しい、それでいて凛とした声で決闘をしていた2人と庶務に呼びかけた。


「それは、こいつが……」

「それについてはまずは2人の言い分をじっくりと聞かせて欲しい。その上で私と一緒に、何をどうしたら平和理に解決できるかを一緒に考えよう」


 金髪少年の呼びかけに、今までいがみ合っていた2人が急に大人しくなった。

 一体何が起こったのか?


「みんな、この2人については私に任せてくれ。決して悪いようにはしない。それよりも午後の授業が始まる。教室に戻るんだ」


 それを聞いた観客たちは「会長が言うなら」「確かに午後の授業も始まる」「遅刻したら怒られるぞ」

 と次々とその場から去っていく。


 決して大きな声ではなかったが、それは観客席となっていた渡り廊下まで届き、観客達を大人しくさせていく。


「魔術……とかじゃないな、人を惹きつけるカリスマみたいなものがあるのか?」


 自分は全く何も感じないので、声や話術というよりも、何かの成果や過去の実績などの上に積み重ねられたら信頼によるものなのだろう。

 

 観客の中にはまだ残るものもいたが、


「ほら、観客席も解散だ。早く教室に戻れ。午後の授業が始まるぞ!」


 と、庶務や金髪の少女が追い出すようにして廊下から退去させていく。


 そして最後に金髪少年の言葉はもちろん、庶務や金髪の少女の誘導を異にも介さない俺だけが残った。

 

「おい、あんたも早く教室に戻れ」

「すみません、その前に少し話を聞かせていただいてよろしいでしょうか?」


 庶務が近付いてきたのを機に、先制を取ってこちらから質問を投げかける。


「そこの壁のところですが、ずっと壊れたままなのがずっと気になっているんですけど、あれっていつ頃に修復されるのか、生徒会の皆さんは御存知ですか?」


 壁の亀裂を指差すと、庶務は嫌そうな顔を見せながら、こちらではなく金髪少年の方へ話しかける。


「会長、あの壁ってまだ修復終わってなかったんですか? 俺は先々週に報告書を必死でまとめたんですよ」

「会長は先々週も先週もきちんと定例会で報告はされている。動かないのは学校の問題だ」

 

 決闘をしていた2人から何やら事情を聞いている金髪の男に代わって金髪の少女が答えた。

 話の流れからして、金髪少年が生徒会長なのだろう。


「もう一度言った方が良いですよ。完全に生徒会がナメられてます」

「明日は定例会だ。もう一度報告を上げてみる」

「そういうわけだ。別にこっちも動いてないわけじゃない。だから、もうちょっと待ってて欲しい」

「はい、よろしくお願いします。今のままだと中庭を通る度に危ないと思っていますので。あともう一つよろしいでしょうか?」


 校舎の壁近くに伸びまわった雑草を指差す。


「この中庭の雑草も延び放題なんですけどこれって良かったんでしたっけ? 本来なら定期的に刈るものでは?」

「言われてみりゃそうだな……そんなに予算を殿下の浪費に取られているのか?」

「殿下の浪費?」


 また気になるワードが出てきた。

 殿下と呼ばれる人物が金を使い込みをしている?


「おい、滅多なことを口にするな!」


 疑問に思っていると、金髪少女が庶務を突き飛ばすように腕を伸ばした。

 それを庶務が慌てて飛び退いて避ける。


「はいはい。すみません副会長」

「『はい』は一回! それに、あまり人前でその話を出すな」


 金髪少女が副会長と。

 こちらの黒髪は書紀という感じではないし、単なるメンバーか。


 気になるワードとしては「殿下の浪費」だ。


 副会長も庶務も壁を修繕したり草を買ったりする予算がないのは「殿下の浪費」が原因だと理解はしているが、副会長については立場上の問題でそれを認めることは出来ないと言うことか。


 これも有用な情報だ。

 この生徒会の役員達は情報源として有用なようだ。顔は覚えておこう。


 あまり長居して顔を覚えられても面倒しかないので、立ち去ろうとした時に、今度は会長に呼び止められた。


「すまん、授業へ戻るところ申し訳ない? 他に気付いたことはないか? 私達だけだと見逃している部分があるかもしれないので、出来れば他に気付いたことがあれば教えていただけないだろうか?」


 あまり関わりたくはないのだがと思ったが、情報を引き出すには少しくらいの干渉は良いだろう。


「そうですね……色々と有りますが、差し当たってはそこの鐘楼の雨樋ですね。樋が外れかけてるので、雨が降るとうまく排水溝に流れず変なところから水滴が落ちていますよ。実際そこの壁に雨垂れが壁に垂れて黒い染みが出来ています」


 まずは鐘楼の高いところに取り付けられている雨樋を指差した。

 庶務と副会長がその方向を向いたのを確認した後に指を雨樋が伸びた方向へ移動させていく。


 おそらく1つの雨樋は1m程度の長さしかないのだろう。

 複数の雨樋を金具で継ぎ合わせて、長い距離をカバーしているのだろうが、その金具の1つが外れているのか、微妙にズレて隙間が出来ている。

 雨が降ったときには途中までは雨樋に沿って運ばれるのに、隙間があるせいで、雨水は全部そこから溢れ落ちてしまう。


「そこから水が溢れているから、壁は苔だらけだし、水で土が解けて泥になって廊下まで流れ込んできて大変なことになってますけど、今まで誰も苦情をあげてませんでした?」

「廊下を通る度に泥で靴が汚れると聞いて定期的に掃除はさせていたが、その原因については初耳だ」

「あんな高いところも壊れていたなんて、よく気付いたな、あんた。こんなの空からでも見ないと気付かないだろ」


 庶務が雨樋を見ながら気さくに声を掛けてきた。

 先程まで観客は帰れと追い出してきたのと同一人物とは思えないフレンドリーさだ。

 距離感がバグっているだけなのかもしれないが。


「まあ普通は空から見つけたと思いますね」


 上空を見上げると学校が放ったドローン的な監視メカと、その更に上空を青白い鳥が飛んでいるのが見えた。

 あのドローン的な監視メカが雨樋の破損に気付かないということは、あれがチェックしているのはあくまで侵入者への監視のみか。

 

「あんた実は飛行魔術とか使えるんじゃないのか? かなり上級魔法だけど、別に生徒の中に使えるのが居てもおかしくはない」

「そんなのじゃないですよ。下からでも壁に生えた苔や染みからの推測しただけです。お役にたてたならば何よりです」


 今度こそ会釈してその場を立ち去る。


「待ってくれ、せめて名前を教えて欲しい」


 またしても会長だ。

 何度、人を呼び止めるつもりだと思ったが、無視するのも何なので首だけを回して答えた。


「エクセルです。エクセル・ワード・パワーポイント」

「なるほど、エクセルか。覚えておこう」


 エクセルの何を覚えるのだろう? マクロとかVBAとか?

 行挿入とセル結合のショートカットは覚えておくと楽だぞと思いながら、今度こそその場を立ち去る。


 実に無駄な時間を使った。

 早く調査に戻らないと。

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