第20話 死が二人をわかつとも(2)
エドワードの目論見は大成功だった。本妻の奥様は激怒し、その声でフィルが目を覚ましたのだ。さらには本妻の奥様に甘えて、一緒に部屋へと戻っていった。これならあの悪い医者がと執事長が、近付けは
しないだろう。
本妻の奥様が一番偉い。この家で機嫌を損ねてはいけない人なのだから。叩かれた頬は痛かったけれど、エドワードは良かったと安心して本邸を出た。
でもこれからどうしたらよいのだろう。今日は守れても、明日は守れないかもしれない。あの悪い医者と執事長をどうにかしなきゃとは思うが、追い出す方法がわからない。エドワードは悩んでいるうちに眠くなって、いつもの場所で昼寝をすることにした。
裏庭のバラ園は誰も寄り付かないので、一人で過ごすには良い場所だった。いつかフィルもここに連れてきて、一緒に遊びたいとは思うけれど。フィルは荊が刺さって痛いだとか文句を言うだろうし、少し鈍臭いから服を引っ掛けて泣くかもしれない。
エドワードがここにいる事を知ったら、バラ園ごと燃やしてしまいそうでもある。ただそうなったらそうなったで、ちょっと面白い。きっとここが祖母のバラ園だという事を忘れて燃やすのだろうな。燃やしてから焦って、本妻の奥様に泣きつくのだろう。そういうところがフィルの良いところだ。遊んでいて楽しいと思ってしまう。
うたた寝をしていると、誰かが近付いてくるのが分かった。エドワードはもっと小さい頃から、誰かがそばにいると、目を閉じていてもなんとなくわかるのだ。
ミロスかなと思っていたけど違った。もっと小さい子供の気配。エドワードのそばに来て、じっと見ているのは、フィルだった。そのことに気づいた時、エドワードは飛び起きて抱きつこうかなと思っていた。
けれどなんだか変な気配がしたかと思うと、フィルとエドワードの前に妖精が現れた。
フィルはなぜか変なお面を被って、正体を誤魔化していたけど。そんなので騙せるのはフィルくらいではないかなと思った。言ったら拗ねるから、エドワードは騙されたふりをしてあげたけど。
妖精はなんでも願い事を叶えてくれると言った。髪の毛で叶えられる願いなんて、たかが知れている気がする。図書館の本にもそう書いてあった。でも叶うのならば、エドワードはフィルと一緒に、この屋敷ではない場所へ、外へ出たかった。
フィルがここじゃないどこかで暮らせればいいなと思ったからだ。そしてそんなフィルのそばで、エドワードも一緒に暮らすのだ。
妖精は願いを叶えてくれたが、しかし長く暮らせるような場所でもない。外は外だし間違いではないけれど、髪の毛で叶えてもらうのならこれくらいだろうなとエドワードは思った。仕方ないけれど、屋敷ではない場所に来たのだから、思い切りフィルと遊ぶことにした。
お面をつけているフィルはちっとも喋ってくれないけど、態度で丸わかりだ。それが面白くて、焦って追いかけてくるのが楽しくて。エドワードは思い切りはしゃいで、フィルを振り回した。
それに良いこともあったのだ。屋敷だったら絶対にお菓子なんて分けてくれないのに。外にいて人の目がないからか、フィルはエドワードにお菓子をくれたのだ。食べたチョコは今までで一番美味しかった。
今日はフィルの誕生日だ。その日を一緒に過ごせて、チョコまで食べられるだなんて、エドワードはとても幸せな気持ちになった。だからエドワードの誕生日も、フィルと一緒に過ごしたいと思って、ケーキを食べようと誘った。フィルは返事をしてくれなかったけど。
それからフィルとエドワードは竜と出会い、体に宿らせて欲しいというなんともあやしい提案に乗ったのだ。力が手に入れば、悪い医者と執事長をやっつけられると、そう思ったからだ。
でもその力で、フィルを傷付けてしまうだなんて、思わなかった。
エドワードが目を覚ました時、体が勝手に動いていう事をきかなかった。目の前にはフィルがいて、少し離れたところに母がいた。二人ともエドワードに必死に呼びかけていたけれど、それよりも悪い奴らをやっつけなきゃという気持ちが強かったのだ。
エドワードの中にいる
けれども目の前で、フィルが血まみれになっているのを見て、エドワードは竜を押さえつけた。だってそうだろう。いくら友達になった竜だとしても、エドワードのフィルを傷付けるなんて、許せるわけがない。大人しくしていてと竜に言い聞かせると、少しだけ静かになった。
それよりもフィルを助けなきゃと、エドワードは焦る。
ここには悪い医者しかいない。だからここじゃないどこかへ連れて行かなきゃならない。でもどこにと考えて、あの妖精が連れていってくれた島がいいと思った。
あそこなら、妖精に何かを差し出せば、きっとフィルを助けてくれるから。それに、悪い人間はいない。だからあそこがいい。でもフィルが、あの島じゃ生きていけないって言うから。
エドワードはフィルに縋り付いて、ここにいることを決めたのだ。
***
フィルと共に闇に包まれたあと、エドワードは長い長い夢を見た。
夢の中のエドワードは、フィルの行動を好ましくは思っておらず、随分といがみ合っていた。自分なのに自分じゃない。とても不思議な感覚だと思いながらも、夢を眺めていく。
エドワードとフィルは仲が悪くて、妖精の連れていってくれた島へはエドワードが一人で行っていた。でもそこで竜と友達になって受け入れるのは同じ。それから竜が暴れていう事をきかなくなるのも同じ。違うのは、エドワードを助けようとしたのが、フィルではなく母プリシラだったということだ。
母は大怪我を負い、そのことが原因で体が弱くなって寝込むようになってしまった。そしてエドワードはフィルへと憎しみを向けるようになっていた。どうやら夢の中のエドワードは、母を傷付けた罪悪感と、どうにもできない現状の苛立ちをフィルにぶつけているようだ。
五歳のエドワードでも、それは八つ当たりだとわかるくらいには、理不尽な憎しみだった。夢の中の自分に呆れてしまう。あまり見ていたいものでもなかったけど、成長していくフィルは見たかった。
フィルが大きくなった姿をもっとよく見たくて、もっとそばへ近づけと夢の中の自分に詰め寄ったほどだ。その願いが通じたのか、少しだけ成長したエドワードは、フィルのそばへと行った。でもそこで、何か変だと気付いた。
フィルはエドワードに自慢話をしたけれど、それがいつものフィルらしくない。エドワードを見ても追いかけてこないし、なんだか態度が変だ。すごく変。フィルじゃないみたいだと思った。
けれども夢の中のエドワードは、それに気付かない。決定的な仲違いをして別れてしまい、二度と会わないとまで言ってしまっていた。
なんて勿体無いことをと、エドワードは夢の中の自分へ怒りをぶつける。けれども声は届かなかったようで、そのままエドワードが成長して友人ができる様子が流れていった。フィルがいないのではとてもつまらない。
エドワードが飽きてきた頃、夢の中の自分の耳に、ブラッドリー家が大変なことになっているという情報が入ってきた。これはもしかして、大人になったフィルが見られるのではと、エドワードは途端に真剣に様子を窺った。
夢の中の自分はブラッドリー家の領民を守るため、仲間と共にフィルのいる屋敷へと潜入をしていた。悪徳領主となったフィルの悪事を掴むためらしい。
フィルなら確かにそういう事を流されてやりそうではある。でもエドワードがそばにいたなら、それとなく悪いことをしないように、フィルの悪事を叩き潰してあげるのに。だってその方が楽しそうである。
きっとフィルは顔を真っ赤にしてエドワードに怒るに違いないからだ。大人になっても怒る姿が変わってないといいなと、エドワードは楽しみ過ぎて堪らなくなった。
早くフィルが出てこないかなと思っていると、いよいよ夢の中の自分はフィルのいる執務室へと乗り込むようだった。潜入するのに大人のエドワードは髪を黒く染めた程度の変装をしていたが、それに気付けないところもフィルらしい。
早く会いたいなと思ったのに。
執務室にいたのは、フィルの身代わり人形だった。魔法で動く、精巧なお人形。その側には執事長がいて、それからあの悪い医者もいた。
エドワードは、とても嫌な予感がした。胸がザワザワとする。
夢の中の自分は、二人にフィルはどこだと詰め寄った。罪を償わせるのだとそう言って、居場所を聞き出していた。二人はにやにやと嫌な笑みを浮かべて、フィルは地下でお楽しみ中だと言っている。
エドワードは大人がそういう事を言う時は、碌な事をしていないのを知っていた。フィルの姿を見たいのに、これ以上見てはいけない気もしてしまう。
剣を持った夢の中のエドワードは酷く怒っていて、攫った娘を売るだけじゃ足りないのかと言っている。そんなエドワードを馬鹿にするように、捕まっているにもかかわらず、二人は嘲笑っていた。
苛立った様子でエドワードは、ブラッドリー家の屋敷の地下へと向かった。そこには牢が造られており、中には若い娘が膝を抱えて震えている。仲間たちと奥へと進んでいくと、酷い匂いが立ち込めているのがわかった。それから、粗い息遣いと、何かを揺する音。
悪徳領主と名高いフィルがしているであろうことに嫌悪を示したエドワードは、奥の部屋へと入ると、中にいる人物へ剣を突き立てた。
「ひいぃっ、な、なんだ、あんたら……っ!?」
そこに居たのは、フィルではなかった。
半裸の男は慌てた様子で衣服を整えている。男は自分はただの雇われた看守だと言い、詳しいことは何も知らないと泣きながら話した。
「し、商品には手をつけるなって……。でも、一番奥のは、好きにして良いって言われているから、俺は……」
そこでようやく、部屋の中の暗がりに、もう一人横たわっていることに気が付いた。でも随分と小柄な気がする。
灯りを持っていた仲間のロベルティナが、暗闇を照らした。
「……うっ」
堪えきれず、一緒に来ていたアラベラがその場で吐いた。ロベルティナは蒼白になり、ギュンターもまた顔を歪ませている。エドワードは呆然と、その人物を見ていた。
「どういうことだ。……どうして、これは一体」
「知らない、俺は何にも知らない。本当だ。上の二人に聞いてくれ!」
エドワードは表情を無くして、看守を斬り殺した。そして地上へと戻ると、捕縛されていた二人へと詰め寄った。
「あれはなんだ!? お前たち、……フィルに何をしたのだ?」
執事長が笑いながら、死なないようにお世話をしただけだと言った。
「身代わり人形にはどうしても、生きた本人の一部が必要ですからね。死んでもらっては困るのですよ。ですがフィル様は我儘で言うことを聞きませんでしょう。だから大人しく過ごしてもらえるように、調整したのです」
医者が続けて言った。
「だから、死んではいなかっただろう」
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