第8話 しあわせな誕生日(5)
あと半分ほどの行程を、どうやって短縮するべきか。まだその答えは出ていない。チョコを食べ終えたエドワードは、元気になったらしくフィルの周りを落ち着きなく動いている。転ばなければいいが、少しは大人しくしていられないのだろうか。
呆れていると、エドワードが不意に声を上げた。
「すごい、見てみて。おっきな鳥さん!」
さっき木に登った時襲ってきた鳥の魔物かと、フィルは身構えた。が、すぐに違うことに気付く。
『主、あれは竜だ』
鳥の魔物とは比べ物にならないくらい凶暴な存在。飛来してきては街を焼く、とんでもなく厄介な魔物だ。フィルがブラッドリー家の当主になった時も、何度かその被害にあったことがある。あの時はブラッドリー家の兵を総動員して対処にあたったものだ。
逃げなければと、エドワードを後ろから抱えるが、竜の飛んでくるスピードの方が早かった。また死に戻るのかと体を強張らせるフィルだったが、竜は土煙を巻き上げて降りてきただけで攻撃はしてこなかった。
「ピィ」
エドワードの肩に乗ったトカゲが、鳴き声を上げる。それに呼応するように、竜が顔を寄せてきた。
ここで竜の息吹を放たれたら、フィルもエドワードも死ぬだろう。いや、なんとなくだが、エドワードは生き残りそうだ。そしてフィルだけが死に戻る。考えるだけでも地獄なので、フィルはそんなことが起きないことを祈った。
「お母さんなの?」
「ピィ!」
トカゲの背中が唐突に盛り上がり、翼が生えた。そして宙に浮かぶと、竜の方へと飛んでいく。
『竜の幼生体だったのだな』
精霊でもわからなかったらしい。竜は成長すると共に魔力量が増えるらしいが、生まれたばかりだとその辺の小動物よりも微弱なのだそうだ。見分けることは難しい。
それにしてもどうして竜がこんなところに。
「お母さん来てくれてよかったね。ここに住んでるの?」
『……私は幼生体の頃に、この島に連れてこられてから、ずっとここに住んでいます』
「そうなんだ」
『私の子供を助けてくださってありがとう。お礼を言います。小さな英雄さん』
「えへへ」
普通なら竜が出てきた時点で恐怖で竦んで動けなくなるものだが。
エドワードは呑気に笑っている。これはもはや頭がおかしいレベルだ。いや今からこんなだから、将来のエドワードが魔物を指揮して攻めてきたりしたのかもしれない。人間不信で信じられるのは魔物だけとか言っていたけれど、それはそれでどうなのだろうかとフィルは思ったものだった。
ともかくトカゲを母親に返したのだから、これで話は終わったのだろう。とっとと立ち去ろうと、エドワードの肩を叩いて促そうとした時だった。
『我が子を助けてくださった、優しい貴方。どうか貴方を見込んでお願いがあります。私の子を、外の世界に連れて行ってください』
「僕と一緒に行くの?」
風竜は勝手に話を進め始め、フィルではなくエドワードに提案を持ちかけた。
そんなのエドワードなら即決で了承する。しかし竜の幼生体なんて連れて帰ってどうすればいい。育てられるわけがない。
もし竜がいると周囲に知られたら、エドワードを懐柔しようとするもの、竜を誘拐しようとするものなど、続々やってくるに違いない。ものすごく危険だ。
『竜を連れて歩いているとバレたら、危険が迫るでしょう。ですから、私の子を貴方の中に宿らせて欲しいのです』
「……僕の中?」
『私はこの島から出られません。島の魔物は何度死んでも再生します。私もそうなのです。でも、この子は違う』
風竜の言葉に、フィルは引っかかった。何度死んでも再生するだなんて、まるで死に戻る自分と同じような。いや、同じなのか。
『貴方の中に竜を宿らせることで、どんな困難にも打ち勝つ強さが手に入るでしょう』
「うん、いいよ!」
よくない。全然よくない。待てと止める間もなく、竜の幼生体はエドワードの胸に突っ込み、強烈な光が放たれた。目を開けていられず、フィルは手で覆う。そして光が収まると、エドワードはぽかんとした顔で立っていた。竜の幼生体も変わらず、エドワードの周りを飛んでいる。
「……?」
「ピィ」
「うん、よろしくね! ヨル」
「ピィィ」
これは、確実に会話をしている。先ほどまでのエドワードの勝手な解釈ではない。しかも名前まで呼んでいるということは。
『ふむ、主よ。義弟殿は英雄となる運命なのかも知れぬな。竜が宿ったのは、魔力と生命力の源たる心臓だ』
それって伝説の『竜の心臓』とか呼ばれるものではないだろうか。顔を引き攣らせたフィルは、そこでようやく合点がいった。
エドワードの尋常ではない戦闘力。ありえないほどの執念深さ。怒りの感情に呼応するかのように凶暴になるのはもしや、竜の幼生体を宿したことが原因ではなかろうか。
そうだ、エドワードの行動力を考えれば、ここにフィルがいなかろうとも、トカゲを助けていた。そしてなんだかんだで、この場所まで自力でやってこれるに違いない。
今みたいに、竜の幼生体を宿してブラッドリー家へと帰還し、そこで自分の母親が虐められている姿を見たら。
怒りで我を忘れ、魔力を暴走させるだろうことは、容易く導き出される答えだった。
「闇の妖精さん! ヨルのお母さんが海岸まで乗せて行ってくれるって」
ぐいぐいとローブを引っ張ってきたエドワードに強引に竜の背中へと乗せられた。先ほどよりも心なしか、エドワードの腕力が増している気がする。そんなにすぐに効果って出るものなのか。
『義弟殿との親和性が高いのではないか? 相性が良いと力も馴染みやすく発揮しやすいと聞く』
なんとなくだが理屈がわかる気がした。何せ身をもって知っているので。フィルの隣で、興奮気味にはしゃいでいるエドワードを見ながら、ため息を吐く。
先ほどのシュテインの言葉ではないが、まるで英雄譚の始まりを見たような気分だ。
そしてさながらフィルは、序盤に出てくる子悪党。まあ間違いではないかと自嘲する。フィルの実力はどうやってもエドワードに勝てないし、他者から好かれることもない。何度も繰り返される人生で、必死に色々とやってみたけれど、覆ることもない事実であった。
「すごい! あっという間! ありがとう、風竜さん」
『いいえ、これくらい気にしないで。それではどうか、私の可愛い子をお願いしますね』
海岸へと降り立つと、光り輝く場所がある。多分あそこが、この島からの出口だろう。シュテインに確かめさせたら、そうだと肯定された。
『こういった場所は、必ず制約に縛られて構築される。あの光が罠である可能性は、ほぼない』
ならあそこをくぐれば、ブラッドリー家へ戻れるはずだ。空へと舞い上がった風竜に手を振ってたエドワードの服を引っ張り、行くぞと促した。するとエドワードは、なぜかフィルの手を掴んで笑いながら言った。
「えへへ、楽しかったね。闇の妖精さん、また遊ぼ」
大変なだけで、何一つ楽しくないのだが。
答えるのが面倒だったフィルは、否定も肯定もせず、エドワードの手を引っ張って、光の中へと飛び込んだ。 奇妙な浮遊感のあと、フィルを取り巻く景色がガラリと変わった。
先ほどまでいた魔物が蔓延る未開の島ではなく、荒れたバラ園に立っていたのだ。
「……戻ってきた」
思わず呟いてしまってから、フィルはまずいと目を見開く。どうやらかなり疲れているらしく、気を抜いて喋ってしまったのだ。
フィルの体は七歳。五歳児と未開の島を走り回れば、疲れもする。しかしフィルには、この後にまだやるべきことが残っているので、ベッドで安眠を貪ることもできない。フィルと手を繋いで立ったまま、寝落ちしそうになっているエドワードとは違うのだ。
このままバラ園に放置していきたい。しかし目を離したら、何が起きるかわからない。ただでさえ、フィルの知らないところでエドワードは、『竜の心臓』を宿したのだ。この後、誕生パーティが始まるまでの数時間で、多分どこかの国の王族とか助けそうである。もしくは異世界の神様と拾うとか。ありえないことがあり得るのがエドワードだ。
考えうる最悪のその先のことが、絶対エドワードには起こるだろうとフィルは思った。
フィルがシュテインにエドワードの居場所を探させたのは、どのように行動しているか把握したくてだった。ただどこかで居眠りをしているのであれば、闇の精霊たるシュテインの影の中に、エドワードを引き込み閉じ込めてしまおうと考えた。
そしてエドワードの命を盾に、プリシラに一芝居打ってもらうことを持ちかけようとしていたのだ。しかし『竜の心臓』を宿したならば、話は変わってくる。下手にエドワードを刺激して、魔力暴走が引き起こされたりしたら、かなりまずい。
「……ふあぁ」
エドワードは眠たそうにあくびをした。強制的に深い眠りにつかせるか。しかしフィルが別邸まで運んで行ったりしたら、大騒ぎになるだろう。
まどろみかけていたエドワードが、嬉しそうな声をあげた。
「……あ、お母様!」
「エドワード、探したのよ」
聞き覚えのある声。エドワードはフィルのそばから離れると、その声の主へと抱きついた。
「えへへ、さっきまでね。妖精さんと遊んでたの」
「……妖精さん」
プリシラがエドワードから視線を上げて、フィルを見た。その表情は強張っているが、しかしどこかへいけと促すようなものでもない。
「エドワード、随分とたくさん遊んでもらったのね」
「うん、お菓子ももらったの! それからね、一緒に木に登ったりしてね……」
「そう、妖精さんと遊んだお話は、また後で聞かせてくれる? 私がお礼を言ってくるから、貴方はお家に先に帰って、お風呂に入りなさい」
「……でも」
エドワードは振り返り、名残惜しそうにフィルを見た。しかしプリシラがさらに言い募ると、ついにエドワードはわかったと頷いて、手を振って去っていく。
そして二人、朽ちたバラ園に残されてしまった。
プリシラの視線から、フィルの正体は完全にバレている。なら、いつまでも変な格好をしている必要もないなと、フィルはお面を外した。そしてローブを脱ぎ捨てて、シュテインに預けた上着を羽織る。
「……やっぱり」
プリシラは目を細め眉を寄せながら、フィルに言った。
「エドワードの秘密の遊び相手の正体は、フィル様だったのですね」
何を言っているのか、わからなかった。
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