第2話 死んでも死ねない

 フィル・ブラッドリーは義弟であるエドワードを溺愛している。そのため、後継の地位すらもエドワードに譲った。それが世間の認識している、フィル・ブラッドリーである。しかしそれらはすべて、多大なる誤解である。


 フィルは、エドワードのことがであった。


 血筋で言えばブラッドリー家の正当な跡取りはフィルになる。

 ライオネル・ブラッドリーとその正妻であったヴァレッサとの間に生まれた第一子。それがフィルだ。

 エドワードは、フィルが生まれて二年後に、父と愛人プリシラの間に生まれた私生児であった。


 フィルが幼い頃のエドワードは、侯爵家の人間として認められてもいなかったため、もちろん後継でもない。エドワードと母親は、侯爵家の人間から恥知らずだとか嫌味を言われ、冷遇される立場だったのだ。それでも侯爵家の屋敷で暮えらしていたのは、父親であるライオネルが、愛人とエドワードを愛していたからだ。

 政略結婚をしたヴァレッサは、典型的な選民思考を持ち合わせている、とてもプライドの高い貴族令嬢だった。だから愛人の子供なんて認められるわけもなく、ブラッドリー侯爵家の跡取りはフィルであると、常に主張していた。

 フィルもまた、自身が侯爵家の跡取りであると思っていたし、周囲もそのように扱っていた。


 だからフィルは、自分が両親がきちんと愛し合って結婚して生まれたものだと思っていて。それを邪魔するプリシラとエドワードが憎くて堪らない。そして彼らを邪険にすると、母がとても喜んだから。

 エドワード親子に優しくする必要性など、一切感じなかった。

 だから、はじめの時は、思い切り虐めた。考えつく限りの罵詈雑言を吐いて、侯爵家から出ていけと言って。

 それから、彼らが屋敷から出て行きさえすれば。

 父と母は仲直りをして、嫡男であるフィルのことを見てくれるのではないかと、そう思っていた。


 成長するに従ってエドワードは天才的な才能を発揮するようになった。


 フィルが長い年月を掛けて必死になって身につけたものを、エドワードはほんの数ヶ月程度でこなしてしまう。フィルには長い時間がかかる書類仕事や、解決策を見つけられない問題も、エドワードなら誰もが幸せになれるであろう答えを導き出した。公明正大、優しく聡明で、そして実力も申し分ない。誰もが求める理想の君主像だ。

 周囲はエドワードを持て囃し、どうして彼が正当な後継者じゃないのかと嘆いた。誰もがエドワードに期待する中、父ライオネルだけは沈黙を貫いた。その沈黙こそが、父の期待だとフィルは思って、必死に努力をした。

 領地経営のための勉強も、魔物討伐のための実践も、それから社交も。なんだってこなさなければと頑張ったのに。

 フィルが断腸の思いで切り捨てたものを、エドワードは掬い上げた。フィルと共に討伐に出た者達が大怪我をするなか、エドワードは無傷で帰還してくる。人の集まる華やかな場では、フィルは除け者でエドワードは受け入れられていた。

 何もかも、エドワードには敵わない。

 それでもフィルは、ブラッドリー侯爵を継いだ。エドワードは一代限りの爵位を与えられて、僻地に飛ばされていた。ざまあみろと、父はちゃんとわかっていてくれたんだと、そう喜んでいたのに。

 屋敷にいる主要な使用人はエドワードについて行った。紹介状など書かない、この先の生活に困るぞと言っても、誰も彼も躊躇うそぶりすら見せなかった。

 それから父も。

 フィルに地位を譲ると、ブラッドリー家とはもう縁を切ると言って、ブラッドリー家の籍から抜けた。自身の財産も何もかも捨ててプリシラと再婚し、エドワードのいる僻地へと旅立とうとしていた。


 何もかも、フィルには残っていない。何をしても、フィルには残らなかった。


 だからとうとう、フィルは我慢の限界を超えてしまって。


 僻地へ赴任する前に挨拶にこいと、無理矢理に呼び出したエドワードを殺そうと襲いかかった。飲み物に毒を入れて、不意をついて斬りかかったにも関わらず、フィルはあっさりと負けた。そして返り討ちにあって死んだ。


 そう、死んだのだ。


 人間は死んだら終わりだし、それが一般的なのだと思っていた。なのにフィルは、剣で斬り殺され、床に血反吐をはいて倒れ意識を失った後、目を覚ますと七歳の誕生日に戻っていた。


 それが、である。


 希望に満ちたすべてを手に入れる未来へのため栄光の道への。いいや、何をしても殺され死んでも終わらない地獄への始まりだった。


 初めて死に戻った時、フィルは混乱しつつも事態をなんとか受け入れた。そしてエドワードを出し抜いてやろうと考えた。

 未来を知っているのだから、アドバンテージは間違いなくフィルにある。先手を打てるし、まだ子供のエドワードを排除するくらい簡単な筈。

 だったのに。

 エドワードは、フィルがあの手この手で繰り出す策略をかわし、逆境を跳ね除け、新たなる才能を開花させた。そのままどこかで幸せに暮らしてくれればよいものを、なぜかフィルへ復讐心を燃やして殺しにくるのだ。

 一回目の時は、エドワードを侯爵家から追放してハッピーエンドを迎えたはずなのに、悪徳領主たるフィルを殺しに反乱軍を組織してやってきた。なぜか王家も味方につけて、フィルは最終的に処刑されたのである。


 そして七歳の誕生日の朝に戻った。


 二回目ということもあり、フィルは混乱しながらもすぐに事態を受け入れて、もっと入念にエドワード対策を考えた。しかしそれらはすべてエドワードによって叩き潰され、復讐心に燃えた彼によってフィルは殺されたのである。


 さすがに三回目ともなると、何かがおかしい気がしてきた。


 愚鈍だとか暴君だとか言われようとも、王立学園に入学できるくらいには教育を受けているフィルである。七歳からの人生を三回も繰り返せば、精神年齢的にそれなりに落ち着いてくる。エドワードが気に食わないものの、この状況を冷静に考えることができるようになってきた。


 エドワードにちょっかいをかけるから、復讐心に燃えて殺しにくるのではないか。


 フィルはそう考えて、とりあえずエドワードへの接し方を変えた。子供の頃はどうしようもないが、王立学園に入学する頃にはある程度の裁量権が与えられるのだ。そこでフィルは、エドワードが一般的な貴族子息くらいに扱われるよう、融通を利かせた。正直、愛人の子供に対して破格の待遇である。

 エドワードはフィルのことを嫌いなままであるものの、一緒に暮らしている他人くらいの距離感で、歪み合うこともない仲となった。この方向性で間違っていないとフィルは確信したが、物事はそう上手く運ばない。

 昔からエドワード贔屓がすごかった侯爵家の家臣が、フィルは後継者に相応しくないと言い出したのだ。あっという間に母ヴァレッサの悪事を世間に暴かれ、非難が集中し、フィルは侯爵家の後継者から引き摺り下ろされ、処刑された。

 母の罪の連坐らしいけれども、エドワードが後継者になるのなら邪魔だから殺されたに違いない。まあ処刑された理由はともかくとして。


 目を覚ますと、フィルは七歳の誕生日の朝に戻っていた。


 片手の指で足りるくらいの回数を死に戻り、フィルは嫌な予感が止まらなくなった。まさかこれがずっと続くのか、と。

 なぜ七歳の誕生日に戻ってくるのかわからないし、死んでも死なないのもわからない。誰も説明などしてくれないし、死ぬまでの人生の中で特別なことが起きたりもしなかった。

 本当になぜだと頭を抱えながらも、フィルはエドワードに殺されないように立ち回った。


 しかし結果はすべて、失敗である。


 何をしても、エドワードは英雄的な存在となる。幼い頃に殺そうとしても、駄目だった。山奥の森に置いてきたり、港町に捨ててきたこともあった。けれどさまざまな幸運によってエドワードは強く賢く成長し、権力を得て、復讐心とともにフィルのもとへと戻ってくるのである。


 普通に怖い。


 なんとか関わらないようにしても、エドワードはフィルを殺しにあらわれた。復讐心に取り憑かれたエドワードが言うのは、いつも一緒だ。


「お前のせいで、母は死んだんだ」


 殺される時にエドワードの母が死んだことに対する、恨みを話すのだ。プリシラはフィルの母親であるヴァレッサに虐め抜かれたせいで、心労が重なり病弱になっていた。エドワードが成人する頃には酷く衰えていたのである。

 フィルが初めて殺された時は、父が手厚く庇護していたから、病弱であってもなんとか暮らしていけていた。

 しかし死に戻ったフィルが手を回して屋敷から追い出したときは、日々の生活にも困る生活ぶりだっただろう。苦労する母親を側で見てきたエドワードは、フィル親子への恨みを募らせたらしい。

 ちなみにフィルが手厚く保護しようとしても、お前の施しは受けないといって跳ね除けられた。どうしろというのだ。


 何度もエドワードに斬り殺され、血反吐をはきながら床へと倒れ込む。真っ黒な闇に意識が沈み、そして目を覚ますと、七歳の誕生日の朝というのが繰り返されていく。

 それでも十回目くらいまでは、エドワードを出し抜こうと頑張った。しかしエドワードは、何をしても死なない。死んだと思っても生きているのだ。不死身の肉体を持っているというわけではない。だがしかし、命の危機が迫った瞬間、エドワードはなぜか生き残るのだ。

 そして母が死んだ要因であるフィルへの復讐心を激らせて、殺しにやってくるのである。

 爆発的な力で、後先など関係なく、単身でつっこんでくる。防衛をガチガチに固めた侯爵邸でも、王城でも、どこにでも現れて、殺しにくるのだ。本当に怖い。出来ることならば二度と味わいたくないが、フィルはもう何度も味わってしまっていた。


 そうして何十回目かの七歳の誕生日の朝に、フィルはようやく理解した。数えきれないほどエドワードに殺されてようやくだ。


 エドワードは、とんでもなく秘めたる才能がある、歴史に名を残す英雄と呼ばれる類の人間なのだ。


 どんな英雄譚にも共通する事項。


 英雄は波乱な人生を送ることで、その力を開花させる。大事な家族、恋人、友人の死。それから己の不遇。怒りや悲しみを糧に、悪へと向かっていくのだ。

 数えるのも諦めたほどの死。その死ぬまでのフィルの行動は、エドワードの英雄譚の一端にしか過ぎない。彼が才能を開花させるための通過点のようなもの。


 英雄が英雄になるには、悪役フィルが必要だ。だがフィルはもう、殺される悪役にはなりたくない。


 ならばと、フィルは思いついた。


 エドワードを英雄的存在にしないために、平穏な生活を送らせようと。

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