第23話 歴史は道標になる

 ふわっと温かい何かに包まれる感覚に意識を押し上げられて、気づくと目の前にはお母様とカリーナ様がいた。


「気が付いたのね。気分はどう?」

「頭がぼんやりとはしています」


 痛みのある腕に視線を向けると点滴されていた。

 お母様によると水分と栄養が不足しているから、そのための処置らしい。


「お父様たちは?」

「いま犯人たちを尋問中よ。皇后の誘拐どころか、偽物の皇子を立てて国家転覆を図った大罪人たちですからね」


 偽物の皇子。

 ミハイル殿下とは話したこともないから特に情があるわけではないが、まだ四歳の子どもが大人の欲望に踊らされて死罪となるのは後味が悪い。


「私も立ち会います」


 そう言って点滴を抜こうとしたらお母様とカリーナ様に止められる。


「あなたならそう言うと思って、本格的な尋問は後日行われるわ。だから今は体を休めなさい」


 お母様にベッドに寝かされて、肩まで掛布団をかけられると強い眠気に襲われた。



 それからしばらくは夢現の状態を漂い、医師から床上げの許可ができたのは事件解決から三日後だった。


 その間にお父様たちや陛下がいらしてくれたけれど、何を言ったかあまり覚えていない。

 少し短くなった陛下の髪に気づいて謝ったような気はする。



「話を聞かせてもらってもいいだろうか」


 陛下の政務室で私はノクトから聞いた話を中心に話していく。


 途中で陛下やお父様からの質問があり、最後に犯人たちをどうしたいのか聞かれてミハイル殿下の助命とノクトやスザンヌの家族が何も知らないならば連座しないようにと願った。


 ノクト、ナターシャ、スザンヌについて思うことはない。

 

 そのときは苛立ちを感じたり、恐怖を感じたりもしたが全て終わったことだ。

 処罰の内容は裁判によって決まるだろう。



「それでは私は司法部に行ってまいります」


 そう言ってお父様が出ていき、お茶の準備を陛下に命じられた侍従長がそれに続くと、政務室には二人きりになる。


 なんとなく気まずい。

 私のせいで焦げて少し短くなった髪のせいか、助けに来てくれた陛下が火だるまになったせいか。


「陛下自ら助けにきてくださり、改めてありがとうございました」

「そんなこと言わないでくれ。ノクトがあの凶行に及んだ原因の一端は私にあるからな……私こそ、長く皇后を不当に扱ったことでこんな事態を招き本当に申しわけない」


 私としては謝罪などいらないし、陛下のほうも許しは要らないのだろう。

 ただお互いに顔を見合わせ、話題を変えることにする。


「ミハイル殿下の件、どうお考えですか?」

「偽りだったとはいえ、一時は私の息子として受け入れこの国の第一皇子と認めた者だ。病死ということにして信用できる孤児院に預けようと思う」


 皇族の血を持つだけで、本人の意志関係なく災いがやってくることがある。

 今回はそのいい例だ。


「そう言えば、どうして内宮であのとき魔法が使えたのでしょうか」

「歴女カリーナ様のおかげだ。内宮を包む大神ロシャーナの加護だが、正確には大神ロシャーナの力が籠った聖魔具によるものだったのだ」


「陛下はご存知なかったのですか?」

「俺も父上も知らなかった。歴女たちの中ではグレンスキー皇帝が聖魔具を移動させたこと、魔力封じが聖魔具によるものだといういう推論はメジャーらしい」


「グレンスキー皇帝はなぜ聖魔具の移動を?」


 陛下は私の質問に苦笑したあと、応接スペースの大きな机の上に二枚の地図を並べた。


「魔力封じの影響を一番受けるのは魔法師団だろう? シエナ宮ができたとき、四方を守っていた四つの魔法師団の詰め所の位置が変わっていたんだ」


 そう言うと陛下は古いほうの地図の魔法師団の詰め所を東西と南北でつなぐ。

 線が交わるのはルシル宮の中心であるルチルの間。


「新しい地図ではこう…………線が交わるのはシエナ宮の温室だ。実際に温室の天辺に聖魔具があったよ。こうなれば簡単、聖魔具を移動させて魔力封じの範囲を変更したんだ」


 カリーナ様を始めとする歴女たちのおかげで貞操が守れたということらしい。

 年一回顔を合わせてお茶会をしていると聞いたから、次の予定をお聞きしてお礼のお菓子かお茶を送らせていただこう。



「カリーナ様たち歴女のグレンスキー皇帝に対する評価は不器用。本当に、こんな方法でしか大切な者を守れないのだから不器用で、意気地のない男だと俺も思うよ」

「大切な者……」


 自分の時間はほとんどこの温室で過ごしたといわれている皇后ソフィーナ。


「愛されていると知らずにお亡くなりになって、ひ孫の世代に実は愛されていたと知っても救われないですよね」


 来世で幸せになることを願う恋人たちもいるが、来世があるかどうかなど誰にも分からない。

 それならいまの世で後悔のないように―――。


「皇后……いや、アナスタシア」

「え?」


 名前で呼ばれた?

 私が、陛下に?


「俺は君を愛している」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る