第22話 頼みの綱は体力と根性

 監禁されるというシーンを本で何度も読んだが、実際に監禁されると神経が削られる。


 時計どころか窓がない部屋だから時間の経過が分からない。

 いまが昼なのか、夜なのか。


 空腹と喉の渇きから最初の目覚めから二日はたっていると思う。



 ディアボラの件も上手くいったか分からない。


 あの日スザンヌはノクトと私に下女が見つからなかったといい、代わりに食堂で販売している携帯ランチを持ってきた。



 水分補給は口内を湿らせる程度にしている。


 私に子を産ませると言っていた以上は毒を仕込むことはないだろう。

 実際にノクトに殺意はない。


 殺意があるのはスザンヌのほうだ。


 ノクトはスザンヌは自分の計画を知らない、スザンヌの産んだ子を皇太子にするのだと信じていると笑っていたが、スザンヌのあの目はノクトのそんな言葉を欠片も信じていない。


 いや、もしかしたらミハイル殿下をナターシャに託した頃は信じていたかもしれない。

 しかし何ごとも信じ続けるのには限界がある。


 スザンヌが殺すのは私だろうか、それともノクトだろうか。


 ミハイル殿下への母としての愛か、ノクトへの女としての愛か。

 スザンヌの中でどちらが重いかで、殺されるのはどちらか決まるだろう。



 ***



 目が覚めたのは、扉が開く音だった。

 脱水症状でぼんやりとした視界の中で、ノクトがこっちに駆け寄ってくるのが見える。


「嗚呼、アナスタシア。ようやくあなたに会うことができました。おそらく城内にあなたを攫った者がいると気づいたのでしょう、侍従長が頻繁に呼び出すものだから中々あなたに会いにくることができませんでした……顔色が少し悪いですね、水を飲まないとスザンヌが困っていましたよ」


 好き勝手なことを言わないでほしい。


「スザンヌはあなたの世話をきちんとしていますか? アナスタシアに似合う寝着も用意したのに全く着ていない……おおっ」


 ノクトが感嘆の声を上げて私の下肢を見る。

 その瞬間に感覚が戻り、覚えのある痛みに血の気が引く。


 月のものが始まった。


「他人の血など汚らわしいだけですが、あなたのこの血にまみれた姿は美しい。私を迎え入れるための準備だと思うと愛おしくさえなりますよ」


 私から流れ出た血で染めた指先をうっとりと見つめるノクトの狂気じみた雰囲気にゾッとする。

 逃げたいと思うのに、力が入らない上に痛みが酷くて動けない。


「どうしましたか?」

「来ないで……」


「来ないでなどと、私は血など気にしませんよ。スザンヌもいませんし、私が着替えさせて差し上げます」


 裾に触れてくる手を払う様に足を動かすが、ノクトはただ笑うだけ。


「神の前で誓っていませんが、子をなすのだから私はあなたの夫のつもりです。夫に肌を見せることを恥ずかしく思うことはありませんよ」


 独りよがりは止めて、気持ちが悪い。


「触らないで」

「触るななどと、今回は恥ずかしいからだと許しますが次回はありませんよ。ほら、暴れないでください」


 突き放そうと突っぱねていた腕を頭上で一つにまとめられ、抵抗を戒めるように強く握られた手首の骨が軋み、痛みのあまり私の目に涙が浮かぶ。


「ああ、なんて美しく、そしてとても扇情的だ。今すぐにでもあなたを私のものにしてしまいたい」


 太腿にノクトの手のひらを感じ、上に撫で上げられる感触に無駄なあがきと分かっても魔力が高ぶる。


 熱い……熱い?


「え?」

「は?」


 私の合わせた手の中にできた小さな炎の球。


 私とノクトは同時に驚いた声を上げたが、魔法が使えるというこの状況の理由を考えるより上に乗っているノクトを弾き飛ばすことを優先する。


 炎を飛ばし、ノクトが壁に向かって吹き飛ぶと同時に引火したベッドから転がり落ちる。

 魔力の放出でくらりと頭が揺れたが、歯を食いしばってノクトとの間に炎の壁を作る。


 皇族は総じて魔法が得意だ。

 つまりノクトも何かしらの魔法が使えると考えるべきで、気絶覚悟で魔力の出力を上げる。


 ガコンッと大きな音がした。

 向こうで何かに引火したのかもしれない。


 ドコンドコンと激しい音が続いている……部屋が崩れ落ちるってことはないわよね。

 石造りっぽかったから、家具は燃えるだろうけれど床や天井は大丈夫だと思いたい。


 カハッ


 狭い密室で、おそらく地下。

 こんなところで炎を出しているから空気が一気に薄くなって呼吸が苦しい。


 ノクトに汚されるなら窒息死を選ぶけれど死ぬのは嫌。


 いっそのこと天井に穴をあける?

 上に人がいるかもしれないし、国宝級の美術品とか壊すかもしれないけれどお父様ならどうにかしてくれるだろう。


 お金の問題ですめば働いて返すし。

 どうせ死ぬまで離婚できないから一生皇后やるんだし、一生懸命働くから城の一部を吹き飛ばすことを許してほしい。


「炎よ……」


 死ぬ一歩手前まで魔力を振り絞ったところで炎の壁から人が飛び出てくる。

 

 ノクト!?


 慌てて構えた手を天井から火だるま状態の人に変える。


「熱っ!」

「え?」


 驚いている間に火だるまの頭上に水の塊が浮かび、ざばりと火だるまに水を浴びせる。

 全身の炎があっという間に消えた。


「へい、か?」


 あちこち焦げてずぶ濡れ状態の陛下が私を見て安堵の表情を浮かべ、炎の壁に向き直ると水魔法であっさりと消す。


 確かに監禁されていて体力がなかったけれど、渾身の炎の壁をあっさり消されて場違いながら悔しくなる。

 しかも陛下ときたら空気の薄さに気づいて土魔法で壁や天井を崩してるし、さらに風魔法で空気の入れ替えまでしている。


 ノクトがここまでの魔法の使い手じゃなくて良かった。

 皇族は火・水・土・風の四大魔法全てが使えると知識で知っていたけれど、ノクトがこのレベルだったら貞操か命が危険だった。


「無事で……血が!」

「あ……」


 陛下の言葉に自分のお尻のあたりを見て、真っ赤な血に染まっている様子に恥ずかしくなる。

 そして月のものだと説明しづらいなと思っている間に、陛下がどんどんオロオロしていく。


「どこか怪我をしたのか? 痛みは?」

「あ、あの、オリガを」


 陛下の肩越しにオリガがいるのに気づいた。

 オリガを呼んでほしい、オリガならなんとかしてくれるはずだ。


「そうだな! オリガ! オリガ、来てくれ!」

「アナスタシア様‼」


 オリガがあたふたしている陛下を思いきり突き飛ばして私に駆け寄る。

 陛下の右側も左側も通れたのだからわざわざ突き飛ばさなくてもいいと思う。


「血!?」


 私の血を見てオリガが悲鳴を上げる。

 予定通りきた月のものだけど、この状況で月のものによる血なんて思わないよね。


「治癒士? 衛生兵? え、みんな来てー!」

「オリガ、落ち着いて」


 慌てている人を見ると冷静になるって本当だな。

 それにオリガを見て安心しちゃった。


「オリガ、月のものが始まっただけだ……か……」

「アナスタシア様!!」


 安心したことで気が緩んだのだろう。

 視界が暗転し、私は意識を失った。

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