第21話 ヒントはチキンソテー?(ニコライ)
「失礼します」
宰相室に入ってきたアレクセイに全員の目が向き、アナスタシアが見つかったという報告を期待する視線を一身に浴びながらアレクセイは首を横に振る。
アナスタシアがいなくなってから半日ほど経つが、ペトロフの総力をあげているのにまだ見つからない。
「そもそもどうやってシエナ宮の外に連れ出したんだ。女官長、本当に秘密通路を知る者は他にいないのか」
「おりません。歴代の女官長と侍従長は秘密通路を口伝で伝えられるときに魔法契約を結び、皇帝の許可なく誰かに話そうとすればその瞬間に首が飛びます」
シエナ宮から誰にも知られずアナスタシアが連れ出されたのだから秘密通路が使われたことは確かであるが、女官長の案内で秘密通路の出口にいけば蔦は生い茂ったままで引きちぎった様子などなく、さらに足元の泥濘には足跡が一つなかったのでそこは使われてないという結論に達した。
「ルチルの間の出入り口は?」
「シエナ宮の秘密通路とルチル宮の秘密通路は別ですし、ルチル宮からの秘密通路の出口はシエナ宮の温室ですがその温室はペトロフ公子が作った特殊な錠で閉められているので侵入は難しいかと」
城内は全て確認した。
奧宮の埃をかぶった家具を隅々まで確認したが、アナスタシアの痕跡一つ見つけられない。
「父上、怪しい動きをする者は?」
「誰もいない。侍従長と女官長、そして近衛騎士団長が抜き打ちで呼び出しをしているが全員応じる」
「下女や下男はどうです?」
「彼らが協力者である可能性はあるが、彼らの城内での行動は魔導具で制限されている。奧宮どころか内宮にも入れないから拐かすことはできない」
アナスタシアが行方不明であることはペトロフの者と父上、そして侍従長と女官長しか知らない。
近衛騎士団長には有事に備えての対策と言い含めて緊急呼び出しに協力させている。
「みんな、そろそろご飯の時間じゃない?」
あと二人いたな。
意図したことではないが報告を受けたときに貴賓牢に一緒にいたカリーナ様とそのご夫君のドウシャ殿も今回の件に協力してくれている。
「私が食堂に行ってきましょう。カリーナ以外は好みがわからないので、全員『筋肉増し増し☆タンパク質増量ランチ』でよろしいですか?」
やはりカリーナ様のご夫君なだけあってドウシャ殿の感性は独特だ。
なぜこのメンバーの昼食に筋肉自慢のマッチョな騎士たちに人気のメニューを用意しようとするのか。
「私はAランチでいい。他の者も……」
「わしはリゾットで……流石にこんなときに肉や魚はつらい」
……父上。
「僕はデザート付きの女官ランチ、それをオリガの分もあわせて二つ」
「若様……」
「アナが行方知れずで食欲はわかないだろうけれど、そういうときこそ食べなければ。腹が減っては戦はできぬだよ」
アレクセイの言葉にオリガは納得したように頷き、決意を新たにした顔で指にはめたナックルダスターを撫でる。
「しっかり糖分を摂って、バッチリ決めます」
「うん、その意気だよ!」
オリガはアナスタシアにとって姉のような存在らしく、ペトロフ家内で信頼が厚いのだろう。
鬼の宰相も優しい目で「頼んだぞ」とオリガに微笑みかけている。
「宰相閣下は何になさいますか?」
「そうだな、俺は……」
宰相の言葉を遮るように扉が独特のリズムでノックされ、それでペトロフの者だと察した宰相が入室許可を出す。
「失礼いたします」
そう言って入ってきたのはペトロフ家の家紋をつけた騎士は下女を一人連れていた。
「その下女は?」
「『紅蓮の鶏冠』の店主トムの姉のレナと申します。城内で洗濯係として働いております」
「してレナよ、何かあったのか?」
「宰相閣下もご存知の通り、宰相閣下が弟の『紅蓮の鶏冠』を御贔屓にしてくださった縁で私共は昼食の注文を受けて翌日注文分を配達させていただいております」
「それで?」
「先ほど私のもとに女官様が来てディアボラを食べたいから急ぎ持ってきてほしいと言われました」
ディアボラ?
『紅蓮の鶏冠』は帝都で人気のある激辛料理の店で俺も何度か名物のチキンソテーを食べたことはあるが……ディアボラとは聞いたことがない。
「ディアボラは宰相閣下のために弟が開発し、ジェネラルでは辛みが足りないという皇后陛下以外にはお出ししていないものです。そしてお二人はディアボラに必須のスパイスが欠品であることを御存知のはず、それなのになぜディアボラをご注文なさったのか知りたくて……女官様の注文ミスならば宜しいのですが」
「ディアボラの注文があったのだな?」
「は、はい」
「注文者の名前は?」
「女官様の名前は分かりませんが、料理は皇帝陛下の侍従であられるノクト様の机に届ける様に承っております」
ノクト?
「しかしディアボラを知るのは宰相様と皇后陛下だけなので、恐れ多くもこうして確認に参りました」
「そうだったのか、分かった。ディアボラの件は私が失念していた、すまなかったな。急ぎの仕事が立て込んでしまったので料理もキャンセルさせておくれ。アレク、彼女のお見送りとその後のことは頼む」
アレクセイが下女をエスコートする形で部屋を出ると、宰相は侍従長に向き直る。
「ノクトは呼び出しに対応しているか?」
「はい。今まで計五回呼び出しておりますが、全てに応えております」
「それならノクトは城内から出ていないな」
「宰相、待ってくれ。ノクトが犯人だというのか?」
「簡単な話です。ディアボラの名を知るのは私とアナスタシアのみ。そしてアナスタシアは『紅蓮の鶏冠』の店主姉弟の生真面目さをよく知っていてディアボラを注文した。店主姉弟が必ず注文者の名前を確認すること、そして注文に間違いがないのか姉弟が私に確認をとることが分かっていたからだ」
!
「ノクトと、ノクトに接触する者全ての行動を監視しろ!」
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