第19話 犯人は要求を語る
「目覚めたと聞いて直ぐに来ることができずに申し訳ありません」
ノクトは短剣で私の手足を拘束していた縄を切る。
「凶器を見ても悲鳴一つ上げないとは、流石ですね」
「布を噛ませられていない時点で声を上げて無駄だと思いましたわ。ここは内宮のどこなの?」
「そこまでお分かりとは」
ノクトが感心したように拍手する。
私の知っているノクトと雰囲気が大きく異なるせいで気持ち悪い怖さに襲われたが、全身に力を入れて震えるのを堪える。
「ここはルチルの間の地下にある部屋で、元は武具や食料が置いてあった倉庫だったそうです」
皇族の避難用の物資ですね、とノクトは笑う。
「倉庫? 誰かを閉じ込めておく部屋だと思ったけれど」
「正解をお話しする前に、長くなるのでお茶をお飲みください。今回はただのお茶なのでご心配なく」
今回はということは、次回以降は毒でも入れられるのかしら。
信じるのは些か軽率だけれど、脱水症状に陥るわけにはいかないのでゆっくりと口に含み、舌に違和感がないことを確認してから少しずつ喉の奥に流し込む。
「慎重ですね。僕がアナスタシアを毒殺するわけがないではありませんか」
自分の呼称と私の呼び名が変わった。
馴れ馴れしさに嫌悪感が生まれるが、いまはノクトが主導権を持っているので我慢する。
「慎重になって当然でしょう? なぜこんなところに私がいるのか分からないもの」
「あなたを助けるためですよ」
助ける?
「僕がここにアナスタシアを招いた理由より先に、この部屋について説明しましょう。ここは元々倉庫でしたが、ご想像通りここにはグレンスキー皇帝の皇女が監禁されていました」
外から鍵も掛けられるから監禁にはちょうどいい部屋なんですよね、と実際に私を監禁しているノクトは満足気に微笑む。
「グレンスキー皇帝に皇女がいらっしゃった?」
「公にはグレンスキー皇帝には皇子が四人、その皇女は生まれたときに死産とされたので皇族の系譜には名前すら載っていません」
「誰が産んだの?」
「愛妾マリアですよ。彼女は皇帝には皇女は死産だったと偽り、ここでひっそりと自分の産んだ皇女を育てさせたそうです」
確かに記録では愛妾マリアには死産の記録がある。
それが女児だったことも知っているが、皇女が生きていた?
「なぜマリアはそんなことを?」
「皇帝と皇子たちの愛情を独り占めするためですよ。女の嫉妬は怖いですね、彼女にとっては娘でさえも蹴落とすべきライバルだったというわけです」
「どうしてあなたがそれを知っているの?」
「その皇女が私の祖母だからです。彼女は運よくこの部屋を抜け出し、シエナ宮と外を結ぶ秘密通路につながる穴から城の外に出たというわけです」
それが事実ならばノクトはグレンスキー皇帝の皇女の孫、つまり皇族ということになる。
「これは祖母の死後に彼女の日記で知りました。祖母は日記を自分と一緒に燃やすように父に願ったそうですが、母親の思い出を燃やすのは忍びないと父は屋根裏に保管していたんです。問題は祖母の話が本当かということですが、それはミハイル殿下が証明してくれました」
「ミハイル殿下がどうして?」
問い返すとノクトはおかしそうに笑う。
「ミハイル殿下は僕とスザンヌの子ですよ」
五年ほど前に叔母の見舞いに行った先でノクトはスザンヌと出会い、男女の仲になってスザンヌは妊娠した。
その頃にはノクトは帝都に戻っていてスザンヌの妊娠も出産も知らなかったが、半年前に再び叔母の見舞いに行ったときに子連れのスザンヌと再会したそうだ。
「どうしてナターシャが?」
「ナターシャを連れて逃げた男は僕の兄なんですよ。兄は最初にナターシャにあったときに彼女の気を引こうと隣国の王族だと嘘を吐いて男女の仲になり、連れて逃げてほしいというナターシャをヒーロー気取りで連れ出したものの直ぐに子爵家の次男だとバレて御破算です」
ノクトの兄と別れたあと、ナターシャは隣国の大商会の会長の後妻におさまったらしい。
「スザンヌでは陛下と接点がありませんからね。ナターシャが生きていることもその居場所も知っていたので、今回の話を持ち掛けられたのです。ナターシャは少し前に夫に死なれて行く宛に困っていましたから二つ返事で共犯になってくれました」
「どうして陛下の子だと偽る必要が? あなたの子を皇帝にするため?」
「まさか、そんな野心は僕にはありませんよ。僕が願ったのはアナスタシアが皇帝の後継ぎ問題から解放されること、あなたを助けたいと言ったでしょう?」
それなのに、とノクトは忌々しそうに言う。
「それにしてもナターシャの子では皇太子に出来ないというではありませんか。やっぱりペトロフの血を持つ皇太子がいい? さんざんアナスタシアを石女と嘲笑っておいて図々しい、僕はもうあなたが苦しむ姿を見ることに耐えられなかった」
「そのためにこんなこと……いえ、何で私をこんなところに?」
「だって、アナスタシアが僕の子を孕めば問題は全て解決するではありませんか。あなたは皇太子の母となり完璧な皇后になれる」
「あなたの、子?」
「ミハイル殿下が第一皇子と認められたのです、アナスタシアが僕の子を産めば皇太子として認められるでしょう?」
頬を紅潮させて陶酔するノクトにゾッとするものの、冷静を保って感情のまま否定することは避ける。
「スザンヌが僕の子を産んだと聞いたときは怒りで眩暈がしましたが、いまでは感謝していますよ。ミハイル殿下が僕を皇族だと証明してくればければアナスタシアにこうして触れることも叶いませんでした」
「証明?」
「アナスタシアが産んだ皇子に皇族の証がなければ、あなたは不義密通で処刑されてしまいます」
ノクトはにこりと笑う。
ノクトが笑うのは何度も見たことがあるのに薄気味悪さを感じ、思わず後ろに下がろうとしたところを伸びてきたノクトの手で髪を引っ張られて押し留められる。
「アナスタシア、愛しています。どうか僕を受け入れてください」
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