第18話 犯人は想定外がお約束

 ここは、どこ?


 目が覚めた瞬間に違和感に気づき、パニックを起こしそうな気持ちをグッと抑える。

 手と足は縛られて動かせないが、口が覆われていないということは騒いでも無駄ということなのだろう。


 試しに魔法を起動させようとしたが何の反応もない。



 八方塞がり、情報がなさ過ぎる。

 誘拐犯に危害を与えるつもりがあるのかどうかも分からない。


 いま私がいるのは天蓋が降ろされたベッド。

 天蓋越しに見える部屋の雰囲気や覚えのあるデザインの家具、なんとなく私のために準備された部屋のように見えて一層気味が悪く感じる。


 明かりは魔導灯のみ、扉は一つで窓は一つもない。

 少し空気が湿っているから水辺の近くか、それとも地下か。


 

 体に痛みはないが、鼻の奥に甘ったるい独特な臭いが残っている。

 これは睡眠香によく使われる花の匂い。

 

 一瞬お兄様の悪ふざけかと思ったが、お兄様がこんなことをする理由はない。

 そもそも無味無臭に強いこだわりを持つお兄様がこんな睡眠香を作るとも思えない。


 とにかく、犯人と目的は分からないが確かなのは私が拐かされたということ。



 不意に魔導灯の明かりが消え、部屋の中が完全な暗闇になる。

 暗闇に対する恐怖を感じた直後、扉の開く音がして土の臭いがする風が室内に吹く。


 この臭い、覚えがあるわ。


 衣擦れの音がして誰かが入ってくる。

 香水の匂い、女性だ。


 彼女は暗闇でも見える魔導具でも使っているのか、暗い中でも足取りに危うさがない。


 足音はベッドに近づいてきて、体を強張らせつつも足音のしたほうをジッと見る。

 天蓋が開けられる音がして―――。


「あ……」


 咄嗟に漏れた小さな声、これで十分だ。


「スザンヌ、どうしてこんな真似を?」

「……っ」


 私の問いに答えることなくスザンヌはベッドから離れていき、扉の開閉する音がして鍵が閉まる音がしたと思ったら再び魔導灯が明るくなった。

 どうやら魔導灯のスイッチは部屋の外にあるらしい。


 外からかかる鍵に、外にある照明のスイッチ。

 この部屋は誰かを閉じ込めて、暗闇に閉じ込める恐怖を味わせることでその者を支配するために作られた部屋なのかもしれない。



 ここに私を閉じ込めた者に殺意はないようだが逃がす気はないらしい。


 そしてスザンヌはその者の共犯か協力者。

 スザンヌが主犯だという線があるが、女官一人でできることではないのでその線はかなり薄い。


 私の最後の記憶は奥宮の私の寝室。

 部屋の外ではペトロフ家の騎士が常に二人体制で警護しているし、シエナ宮の唯一の出入り口の近くには騎士たちの詰め所がある。


 そうなると寝室に侵入してきた経路は秘密通路。

 皇族以外で秘密通路の場所を知っているのは歴代の侍従長と女官長だが、彼らの国への忠誠心を思えば裏切りとは考えにくし、そもそも契約魔法で情報漏洩しようとしたら物理的に彼らの首は飛ぶ。


 もしかして……。


 前女官長が秘密通路を教えてくれるとき、ルチル宮にあった秘密通路の出口はあの温室だと言っていた。


 ルチル宮の抜け道とシエナ宮の秘密通路が壁一枚で隣り合っていたら?


 ルチル宮の秘密通路がどんな風に塞がっているかの確認を後回しにしていた。

 ルチルの間には外側から鍵を掛けてあるし、そもそもルチルの間からの出入り口は秘密だから安全だと思い込んでいた。


 皇后付きの女官であるスザンヌなら誰も使用せず気に掛けられていないルチルの間の鍵を盗み出すのは簡単だし、ルチル宮は改修中で人の出入りが激しいからルチルの間付近をスザンヌがうろうろしていても私や女官長の指示だと言って誤魔化せるだろう。



 逆にスザンヌがこの部屋に入ってきたことで、ここがまだ城内だということが分かった。


 このタイミングで姿を消したら自分が誘拐犯だと白状するようなもの。

 犯人が分かればペトロフは草の根を分けてもその者を探し出す。


 スザンヌが犯人だとばれていないということは素知らぬ顔で女官の仕事をし続けているということ。

 そして女官の仕事の必須道具である呼び出し用の魔導具ベルの有効範囲は城の中だけ。


 そして魔法が使えないということは内宮内。

 内宮は皇族を守護する大神ロシャーナの加護により魔力が使えなくなっており、外部から魔法で攻撃されても上空で魔法は霧散する。


 私の寝室につながる秘密通路の出口は三つ。

 そのうち内宮内はルチルの間と温室のみ、二本の秘密通路が実はつながっていたと思わない限り私がルチルの間か温室の地下室にいるとは誰も思わないだろう。



 そもそも、ここは何のために作られた部屋なのだろう。

 そう思った瞬間、突然また部屋が暗くなる。


 スザンヌがまた来たのだろうかと思いながら扉が開く音を聞いていたが、閉まる音がすると同時に魔導灯の灯りがついて、そこには―――。



「ノクト?」



 ノクトは笑いながらベッドに近づき、抱えていた白薔薇の大きな花束をベッドの上に置くと私のほうに手を伸ばして髪をひと房とって口づけた。


「嗚呼、あなたをやっと手に入れることができた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る