第15話 沈黙には手間がかかる
―――城を出たらペトロフ侯爵に殺されるもの!
ナシャータはそう言っているけれど、お父様に殺されそうになった説をまだ主張しているとは思わなかった。
お父様に殺す気はない証明ってどうしたらできるのかしら。
そもそもナシャータが生きてここで喚いていること自体がそんなことしないという証明、お父様が本気で殺そうと思ったら城だって安全ではないと思うの。
「なぜ?」
「私が邪魔だからよ」
それは分かる、今まさに私がその心境。
しかし愛妾ですらないナターシャを殺す?
そっちの手間のほうが面倒だと思う。
「あなた、宰相室に特攻でもしたの?」
「そんなことするわけないじゃない!」
こうして私の部屋に特攻してきているからあり得る話なのだけど。
まあ、本当でしょうね。
お父様、怖いものね。
とにかくお父様がナターシャを殺す唯一考えられる理由「仕事の邪魔」はこれで無くなった。
「だって私はあなたから皇后の座を奪えるのだもの」
「……は?」
「だって私はミハイルの母親よ、だから私が皇后になるわ!」
え、本気で言っているの?
「なるわ!」って何?
驚くことにナターシャの顔は本気だ。
「皇帝と皇后は離縁できないことを知らないの? あなた、皇太子妃教育を受けたんでしょ?」
「皇太子を産めば皇后になれるって聞いたわ」
聞いたわって教育係がそんな馬鹿なことを教えたとは思えない。
それなら誰の入れ知恵?
「ミハイル殿下は第一皇子よ」
「第一皇子だから皇太子でしょう、何を言っているの?」
何を言っているのはこっちの台詞。
何か言う気力がごっそりなくなった。
「なんとか言いなさいよ!」
仕事があるから出ていけと言いたい。
そもそもナターシャがこなければこんなに仕事が溜まることは……いいえ、子どもに罪はないわ。
「あなたより私のほうが皇后に相応しいわ!」
「なぜ?」
心底思う。
その自信はどこから来るの?
「私はニコライに愛されているもの」
「……はあ」
その愛とやらで山積みの業務が片付くとでも?
「きっと先帝陛下も今頃そう思っていらっしゃるわ」
「先帝陛下?」
「あなたがどうやってニコライと既成事実を作ったのか、先帝陛下に教えて差し上げたの。あんた、媚薬を使ったんですってね」
は?
いえ、驚いている場合ではないわ。
「オリガ!」
「はい」
私の意を汲んだオリガはナターシャに詰め寄り、背中で腕を捩じ上げる。
ナターシャが悲鳴を上げたがオリガは構わずそのまま床に押し倒す。
さすがペトロフ仕込み、手際が良い。
私は机の上の防音の魔導具を起動させて外に音が漏れないようにする。
ついでに何かのときのために録音の魔導具も発動させる。
「どうしてあなたが媚薬のことを知っているの?」
媚薬のことは極一部しか知らない。
オリガが知っているのは、あのとき侯爵邸に運ばれた私を看てくれたのがオリガだからだ。
「あはは、本当だったんだ。あなたもそんな卑怯な手を使うのね」
違う、知りたいのはそれじゃない。
「どうやって知ったの?」
「あなたは昔からニコライのことが好きだったものね」
駄目だ、話が通じない。
でもこのまま放置することはできない。
「媚薬のこと、どうして知ったのかを話しなさい」
「媚薬を盛ってまでニコライに抱かれたかったの?」
どうやらナターシャは私が盛った思っている。
それなら別に構わない……くはないわね。
カリーナ様にお話ししたことから、先帝陛下が罪の意識に駆られて誰かに真相を話す可能性がある。
皇家の評判に傷をつけさせることはできない。
消す?
お父様に相談すれば百でも千でも良い方法を教えて下さるだろう。
「ねえ、ニコライに一度だって愛していると言われたことがある?」
「ちょっと黙っていていただける?」
問題は姦しいナターシャをどうやって黙らせるか。
昏倒させるのって、どうやればいいのかしら。
「オリガ、できる?」
「苦手です、永遠にでよければできますが」
待って、それは駄目。
オリガったらさっき陛下のところに人を遣ったことを忘れているわね。
死体にするわけにはいかない。
かといって、このまま陛下の元に行かせるわけにはいかない。
「愛しているって言われたことないの? 抱くときのご機嫌取りでもいいのよ」
「ないわね、だから黙って」
驚いたことにナターシャはまだ喋っていた。
そして私の答えにナターシャは満足そうに笑うが、ナターシャに恋をしたことなどないけれど百年の恋も冷めそうなほど醜悪に歪んでいる。
「皇后陛下、薬は?」
「お兄様が実験で作ったものなら……そうね」
永眠することもあるから生かして捕まえたいときには向かないと言う揮発性睡眠薬をお兄様からもらっているから使ってみよう。
「惨めねえ。それなら私がニコライがどうやって愛を囁くか教えてあげる」
ナターシャが歌うのは要らない情報ばかりだから失敗しても構わないだろう。
イヤリングを一つとって、ナターシャの顔の前にかざす。
「オリガ、離れて」
察していたオリガがさっと離れたので宝石に見せかけた特殊な薬瓶を握り潰そうとしたとき―――。
「皇后、やめるんだ!」
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