第14話 愚か者はとにかく騒ぐ
奥宮の改修が終わったという報告があった三日後、私は奥宮に居を移した。
その三日間、内宮の女官には「ペトロフなのに」と私を笑う者も少なからずいたが特に咎めることなく放っておいた。
オリガは不敬だと憤っていたが取り締まるには数が多くて面倒だし、彼女たちがどれだけ騒いでもあまり意味がない。
ざっと経歴を確認したが彼女たちは皇妃になることはなさそうだった。
「オリガ、侍女たちの部屋は足りている?」
「はい」
宮といっても皇后が一人で生活する場所なので建物はあまり大きくない。
皇妃たちと交流するためのサロンと侍女たちの部屋を除く、私のスペースと言えば寝室・居間・食堂などで温室と同じか少し広いか。
子ども用の部屋もいくつか用意されているが、皇家の子どもは五歳くらいになれば自分の宮を与えられてそちらで暮らす。
「内宮よりも気が楽ね」
「シエナ宮にはいまペトロフ家の使用人しかいませんからね」
内宮では侍女と女官に世話をされていたが、シエナ宮での世話は侍女のみとなっている。
幼い頃から傍にいた侍女たちは信頼できるが王城の女官たちは女官長を除いて完全に信用するわけにはいかず、実際に過去に皇后や皇妃を狙った暗殺の実行犯は女官が多い。
そして今回新たに護衛の騎士がペトロフから来た。
今まで内宮での警護だったので私の身は常に近衛の騎士たちが警護していたが、今後近衛の騎士たちの警護は奥宮の入口までで、奥宮の中ではペトロフから来ている騎士たちが警護することになる。
「ここにきた騎士たちの剣と防具は全て新品だそうですよ。万が一すら許さないという旦那様と若様の気迫を感じますわ」
「そういう意味では、お父様たちも私が内宮よりもここに居るほうが安心かもしれないわね」
警戒はするが、いまの帝国にペトロフの皇后を暗殺しようとする貴族はいないだろう。
皇帝が皇妃を娶ろうとしている今はなおさらメリットがない。
調度品や衣類などは女官長の指示で今朝この宮に運び込まれた。
運び込まれただけで開梱やベッドメイクはこれから侍女たちがやるので、私は彼女たちの作業の邪魔になるだろう。
「外宮に行くわ、何かあったら報告して頂戴」
明らかにホッとした侍女たちの顔。
やはり邪魔だったらしい。
***
「困ります! 皇后陛下への面会は事前に申請が必要です」
(……何ごと?)
目線だけで私の問いを理解したオリガは執務室から出ていき、溜息とともに戻ってきた。
「ナシャータ様が廊下で皇后様に会わせろと騒いでおります」
「……馬鹿なの?」
オリガとのヒソヒソ話なので、思わず素で応えてしまった。
「ちょっと! どうして私の邪魔をするの?」
邪魔をするに決まっている。
私は皇后、ロシャーナ帝国で一番偉い陛下ですら先触れなくやってくることはない。
「ポポフ女男爵!」
「触らないで!」
騎士の大きな声、ナシャータのヒステリックな叫び声。
「ミハイルの母である私の行き先を遮るなんて、なんて無礼な騎士なの?」
「私の仕事は皇后陛下の許可のない方を陛下に会わせないことです!」
騎士の言っていることが正しい。
しかし正論は非常識な人に通じないことが多い。
そして何より、ぎゃあぎゃあ騒がしくては仕事に集中できない。
「オリガ、入れていいと言ってきて。そしてオリガ以外は全員出ていって。護衛も扉の外でお願い。あと誰か陛下に連絡を。誰でもいいから人を寄こしてナターシャを引き取ってほしいとお伝えして」
全員が部屋を出て、しばらくするとオリガがだけが戻ってくる。
後ろには満足気なナターシャがいた。
「ご無沙汰しております」
口調は丁寧であるが、こちらを見る目は昔のように威圧的。
ナターシャが立っていて私が座っているから、睥睨する形になるのが嬉しいのだろう。
昔からナターシャは私に対して攻撃的だった。
だからお母様やお兄様はナターシャが侯爵邸に来ると私とできるだけ会わせないようにしていたくらいだ。
お兄様によればナターシャは私たちがどちらも
嫌だと思ってもそれを隠して平然と笑うのが貴族の基本。
五年間も皇太子妃教育を受けていたはずなのにね。
「ご用件は?」
「どうして私がエレノール宮から追い出されなくてはならないのです?」
「エレノール宮はミハイル殿下に与えられた宮殿です。皇子の住まいに母親が暮らすなど皇后ですら許されません、一時的に滞在が許されたのはあなたが家無しだからです」
私の言葉にナターシャが驚いたように目を見開く。
「家無し?」
「ポポフ子爵邸は借金返済のために売りに出されました。そのため陛下があなたの家を帝都内に用意しました」
「陛下は私を追い出すつもりなの?」
「それについては陛下とお話しください。人を遣ったので直ぐに迎えがくると思いますわ」
「私は出ていかないわ!」
だからそれを陛下と話してと言ったというのに。
「城を出たらペトロフ侯爵に殺されるもの!」
は?
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