第12話 君がずっと好きだった(ニコライ)
―――シアちゃんのことが好きなくせに、ずっとずっと好きだったくせに。
あのときの真相を知った日の夜、俺は眠れず一晩中ずっと皇后のことを考えていた。
そしてこんなに皇后のことを考えるのは初めてだと気づき、考えないようにしていたことに気づいた。
俺はずっと皇后が、アナスタシアが好きだった。
いつからかは分からない。
昔は可愛い妹のように見ていただけだった。
それならば夜会で見掛けたときだろうか、それとも挨拶をしたとき?
いつからか分からないが、怪我をした自分を怒るアナスタシアの姿を好きだと思った。
それと同時に好きになってはいけないと思った。
死んでしまったナターシャが「やっぱりアナスタシアのほうがいいんだ」となじる声が蘇ってきて、アナスタシアへの恋を認めることはナターシャへの裏切りだと感じた。
ナターシャが生きていたこと。
ナターシャのほうが俺を裏切っていたこと。
今さら知ってもただ空しいだけで、笑いしかこみあげてこない。
怪我を治そうと頑張ってくれるアナスタシアの献身には俺への気遣いが溢れていた。
そして彼女が俺を想ってくれていることには直ぐに気づいた。
嬉しかった。
受け入れられないと思っているくせにアナスタシアを傍から離すことができず、彼女ならすぐに結婚相手が見つかるからと妙な言い訳をしてアナスタシアを傍に置いていた。
アナスタシアを夜会で見掛けたことがあるから分かっていた。
隣でアレクシスが威嚇していたから誰も近づかなかっただけで、彼女と結婚したいと思っている男は山のようにいた。
アナスタシアが手を伸ばせば、喜んでその男は手を取るだろう。
いつかその日が来たら祝福すると決めていた。
俺とナターシャの婚約式で目を真っ赤にしつつも微笑みを浮かべていたアナスタシアのように笑って「おめでとう」と言うつもりだった。
足が動かないおかげで、手の届かない範囲に彼女をやれば抱きしめたりせずにすんだ。
しかし徐々に体の機能が戻り始め、彼女を傍においておける理由の一つだった「動けない」がなくなると、俺は新たに自分を縛る鎖としてナターシャに代わる婚約者探しをアナスタシアに手伝ってもらうことにした。
私では駄目なのか、と問うてくるアナスタシアの目に気づかない振りをする。
あんな馬鹿な真似をした理由も今なら分かる。
アナスタシアが俺に期待してくれているうちは、アナスタシアを誰にもとられることはないと思ったからだ。
媚薬の件はショックだったのは事実だが、自分の欲に素直になったいまならあれを喜んでいた醜い自分がいたことも分かっている。
「仕方がない」というアナスタシアを手に入れる大義名分ができたことを俺は喜び、そのことに羞恥と怒りを感じて、それを自分で処理できずによりにもよってアナスタシアにぶつけてしまった。
ぶつけて、ぶつけ続けて、俺は自分の手で彼女の想いを消し飛ばしたんだ。
「彼女に見限られて初めて恋を自覚した大馬鹿者で、それと同時に俺の皇后である限り誰のものにもならないと言うことに喜ぶ卑怯者なんです、俺は」
自分の醜さを正直に吐露して、父上がカリーナ様に媚薬の件を懺悔した気持ちが少し分かった。
「卑怯でも何でもいいじゃない、人間だもの」
「カリーナ様はペトロフじゃないのに俺たちに甘いですね」
「それなりの情があるし、グレンスキー皇帝みたいな後悔をニックさんにはしてほしくないわ」
グレンスキー皇帝?
聞けば、カリーナ様は歴史が大好きらしい。
特に愛と憎しみドロドロの歴史は人間の本質そのものだから好きらしい。
「ルチル宮って不思議な建物なのよ。あんな西の端に作った上に、疎んじたという割には妙に豪華な温室があって。当時の城の帳簿を見てみたらシエル宮の温室は皇后の死後からグレンスキー皇帝が亡くなるまでの間は彼の個人資産で維持されていたみたい」
歴史好きだと聞いたが、当時の城の帳簿まで確認するとはすごい熱意だ。
「先の皇后様はお花を愛でる方ではなかったから温室は機能させなかったけれど、シアちゃんはお花が好きだしペトロフはお金が有り余っているしで温室を復活させるのですって。図面をみたけれどあの魔導灯の数ならば夜でも昼間のように明るいはずよ」
そう言うとカリーナ様はウインクして優しく微笑む。
「ニックさんに問題です。グレンスキー皇帝が欠かさなかった習慣と、彼が死ぬときも身につけていた宝物はなんでしょう。答えを準備して、今夜『待つ』といいわ」
***
グレンスキー皇帝といえば毎夜一人でベランダで茶を飲む習慣があったと言われ、その時に使われていたテーブルとイスはまだベランダにある。
だから俺はベランダでイスに座って夜風に吹かれ、彼の宝物と言われる懐中時計をテーブルの上に置いて待っていた。
侍従が下がる前に淹れてくれた紅茶が冷たくなってきたと思ったとき、机の上に光の円があることに気づいた。
光の筋を追うと執務室の屋根の傘部分、その先は向かいの建物?
とにかく持ってきた懐中時計をそこに置いてみる。
当時の侍従の日誌を確認するとグレンスキー皇帝はここに座り、浮かんだ光の玉を見て嬉しそうに笑っていたらしい。
侍従の日誌には光に浮かぶ愛妾の姿を愛でていたに違いないと書いてあったが―――。
「シエナ宮の温室? 明るく照らすのは、そこの映像をここに送るためか」
映像の中央にはテーブルとイス。
かつてはここに彼の皇后、ソフィーナ妃が座っていたのだろう。
こんな手間のかかる覗き見などしなくても堂々と会いにいけばいいのに、と呆れる一方でこんな手を使った理由も分かってしまう。
「いまさら何を言えばいいかなどわからない、俺と同じだな」
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恋心を捨てた皇后 ― ずっとあなたが好きでした 酔夫人 @suifujin
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