第9話 皇后の矜持、なにそれ美味しいの?
御前会議から陛下とは顔を合わせていない。
ノクトが持ってきて先触れは陛下の急用とかでキャンセルとなった。
三日後、陛下から皇妃を娶ることを受け入れるという連絡がきた。
おそらく衝動的に私に何か物申そうとしたが、冷静になって皇妃の必要性を理解してくれたのだろう。
それから直ぐに皇帝の名で各家に使者が送られた。
しかし、結果は私の予想から大きく外れたものだった。
「候補者五人全員が皇妃となるのに後ろ向きとは」
一人辞退するくらいは覚悟していたが。
皇妃として一歩引いた立場におかれることを納得してくれる家とご令嬢を選んのがいけなかったのか。
「宰相閣下はどうすると?」
「辞退されたわけではないので今後も打診し続けるそうです。ただどの家も恐れ多いと恐縮してしまっているようで」
野心が過ぎては困るけれど、なさ過ぎると恐縮されてしまうのか。
しかし適度に野心がある家はとうに婚約を決めていて、皇妃とはいえ陛下の愛人にするために成立した婚約を白紙にするのはご令嬢に申しわけない。
「皇后陛下」
聞きなれない声に顔を向ければ、入口に一番近いところにいる女官のスザンヌだった。
私の側仕えには侯爵家から連れてきた侍女と城勤めの女官がいるが、癒着を防ぐために女官は定期的に交代させている。
普段なら試験に合格した女官を側仕えにするのだが、スザンヌは一昨日怪我した侍女の代わりに急遽で選んだが早計だったようだ。
官吏からの報告を受けている最中に女官が割り込むとは礼儀が足りていない。
「あなた……」
「オリガ。みんな初めてのときは大なり小なり失敗するものでしょう?」
しかし今は皇妃問題で猫の手も借りたい状態。
言外に今回は不問に付すと言ってオリガの発言を封じたが、スザンヌをそれを許されたと思ったらしい。
「あなた、ダッシモ子爵家の次女だったわよね」
「はい」
スザンヌを側仕えにするとき、時期からして皇妃選びへの探りを警戒した。
簡易的な調査ではあったものの牧羊が盛んな領地を治めるダッシモ子爵は中央の政争に関わることはなく、皇妃候補たちにつながる紐はなかった。
ダッシモ子爵夫妻は野心とは無縁な穏やかなタイプで、数年前に婿をとった跡取りの長女も目立つタイプではない。
スザンヌを警戒し過ぎだろうか。
いや、時期的に警戒しすぎても損はないだろう。
気になる理由はあの野心的な目?
しかし城に務めていることは誰もが誇りに思っており、よい仕事をするためには多少なりとも野心が必要だと思っている。
やっぱりもう一度皇妃候補の家をもう一度、もう少し野心ありの家で選定し直そうかしら。
「スザンヌ、あなたの意見を聞かせてもらえる?」
「恐れながら皇妃候補の方々は皇后陛下に対して気後れしてしまっているのではないでしょうか」
先ほどは恐縮。
そして今度は気後れ。
「それでなのですが、奥宮に居を移して皇妃様たちを進んで迎え入れる意を示されては……」
「スザンヌ!」
出過ぎた発言ではある。
オリガが叱責するのは当然であるが案自体は悪くない。
正妻が愛人に対して謙って歓迎の意を示すなど皇后の矜持はないのかと言われそうだが陛下に愛されないことを嗤われ石女と蔑まれ続けていたのだ、いまさら矜持などはない。
奧宮とは皇后が皇妃たちと生活する場所。
この城は外宮と内宮に分かれており皇后は皇帝と内宮で生活するが、皇帝が皇妃を迎えた場合は皇后は内宮の奧にある奥宮に居を移し皇妃たちとともに皇帝のお渡りを待つことになる。
皇妃は皇帝の許可がないと奥宮から出られないので不便はあるが、皇后は皇帝の許可なく出られるから特に不便はない。
そもそも皇妃を娶るよう陛下に進言した時点で奧宮に行くのは時間の問題。
言われる前に移動しても、言われてから移動しても、どちらも嗤われるのだから役に立つタイミングで問題はないだろう。
「陛下に奧宮を開いてもらうように言いましょう」
奧宮の管理は内宮と同様に皇后である私の仕事であるがあくまでも管理だけ。
皇后が傍若無人に振る舞わないようにするため、奧宮を運営する最高責任者は皇帝陛下である。
しかし許可出すだけの陛下と違って皇妃たちとの交流して不平不満を聞くことは私の仕事。
正直言えば気が重い。
どうせならここも陛下にやっていただきたいけれどそれはトラブルのもと。
女同士の喧嘩に男の仲裁はご法度、いつの時代の歴史書にも一人の男の寵を巡る女の戦いの壮絶さが記録されている。
「陛下、よろしいのですか?」
「遅かれ早かれでしょうしね」
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