第6話 呪うような恋だった

「オリガ、ノクトの雰囲気が変わったと思わない?」

「そうですね、恋でもしたのでは?」


 どこか浮かれているような気がしましたというオリガに「あのノクトが」と思いつつも、ノクトのことをそこまで知っているわけではないので否定も肯定も避ける。



 テロリストによって陛下は酷い怪我を負って半身不随になっても先帝陛下は陛下が回復することを信じて皇太子の座に据え置き、そのため陛下の病室に入ることができる者は厳しく審査され、許されたた極少数の中に私やノクトがいた。


 でも私とノクトは先帝陛下の信頼の土台が違う。


 ノクトが認められたのはノクト自身が認められたからであるが、私が認められたのはペトロフだから。

 そして私が陛下の傍にいた理由には陛下が自分を見てくれるようになるかもしれないという醜い欲が含まれていた。


 いつか必ず陛下は自分の足で歩ける。

 そのとき隣に立ちたい。


 いま思えば私の独りよがりの行動は実に滑稽だったろうが、ペトロフの名前が「いつか」を私にも周りにもあり得ると錯覚させた。


 先帝陛下が協力的だったのは私の欲に気づいていたからだろう。



 治すという点では先帝陛下と私の目的は一致していた。


 無理をしないでくださいなんて治すと決めた私にはそんなこと言う気はなく、その点を先帝陛下は買ってくださっていた。

 お食事を多く残されたり薬を飲まずにいたときは食事と薬の大切さをお話させていただいた。

 

 メディキナの人たちと話して陛下ご自身がやる気を出せば治ると思い、私は陛下の宮であった東宮に通い続けた。


 ノクトは東宮までのエスコート役だった。

 最初は私に委縮していたノクトとも少しずつ会話できるようになったが、ノクトは会話が苦手らしく私たちの話題は専ら陛下のことばかりだった。


 ノクトは寡黙で生真面目だ。


 後から知ったが私が健康のためには早寝早起きがいいと言えば、陛下を朝七時に起こすようになったらしい。

 そして報連相がきちんとできれば少人数でも陛下にご不便はかけないと私が言えば朝七時に陛下のお部屋で全使用人たちとそろってその日の業務の確認していたらしい。


 業務の確認のとき「殿下のご健康のために」で報告を始める者が多かったため、朝七時のこれは騎士団のようになっていたと時々参加していたお兄様は笑っていた。


 そしてこれは陛下をも笑わせた。

 怪我してから約三カ月、久しぶりの陛下の笑い声に東宮はお祭り騒ぎだったらしい。


 ――感謝する、アナスタシア嬢。


 久しぶりに聞いた陛下の声はかつての明るさはなかったが穏やかなものだった。



 あのときここで手を引いていればよかったと、いまはこんな意味のない後悔をしている。


 私の恋は呪いのようなものだった。


 一方的に陛下に押し付けていたくせに、報われないことを嘆いていた。

 報われたい、そう思っている時点で私の恋はとても醜い。



 醜いほどに執着しておいて陛下を諦められたのは皇帝と皇后は離縁できないから。

 卑怯だと我ながら思う。


 過去には厭う皇后と死別すればいいと考えた皇帝も過去にはいたようだが幸いにして私はペトロフ。

 この身はその名が守ってくれるし、私が不自然な死を迎えれば今度こそお父様が許さないことを先帝陛下はよく分かっていらっしゃるだろう。


 陛下が皇妃を娶れば私はもう子を産む重圧を感じることはない。

 そして離縁できない私は国や家のために再婚することもない。


 義務感であることを隠さない夫の冷たさはよく知っている。

 こんな不幸な結婚は二度とごめんだ。

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