第4話 石女と嗤っていたじゃない?

「皇帝の落とし胤はいつの世も迷惑でしかないな」

「月並みな台詞ですが、子どもに罪はありません」


 ナターシャが連れてきた子は呼ばれた神官たちが鑑定し、五人が揃って子どもはロシャーナ帝国皇族の血統であると宣言した。


「陛下はミハイル殿下を第一皇子とするとお決めになりました」

「そうなるとは思っていたが、いいのか?」


 いいも何もない。

 私は相談されたのではなく決定を聞かされただけ。


 ミハイル殿下を第一皇子とすれば今後生まれる陛下の子、現時点では私の産んだ子どもに大きく影響を与える。


 お父様の言う通り、私の子が皇帝となるのに迷惑な存在となる。

 それは陛下もお分かりだったはずなのに、陛下は私に相談もなく一人で決めてしまった。


 こんな重大なことも相談されない。

 相談されることを期待してはいけない。


 もう無理だった。

 これまでだと期待することをやめた。



「ペトロフの皇后に敬意を払わないくせにペトロフを利用しようというのか」


 お父様は父として私のために怒ってくださるが、何をどう言おうとペトロフがミハイル殿下の後ろ盾になる以上の良案がないのだから宰相として受け入れるだろう。


 ここで私が感情でごねても何も変わらない、それは時間の無駄でしかない。


「お前はどうする?」


 認知の先、選択肢は二つあるが妊娠の兆しが二年以上ない私の選択肢は実質一つだけ。


「皇妃を娶るよう陛下に進言いたします」



 ***



「帝国の月、皇后陛下にご挨拶申し上げます」


 御前会議は中央の需要貴族が参加する会議だが、今回は特例でナターシャを連れてきたザイツェ伯爵が末席にいる。


 ナターシャは当事者だが呼ばれなかった。


 ナターシャの両親であるポポフ子爵はナターシャが陛下の婚約者であることをいいことに周囲から多額の借金をしており、ナターシャが死んだことで借金の返済を求められて夜逃げしポポフ子爵家は自動的に爵位を返還した。


 ミハイル殿下の生母としてポポフ男爵を叙爵する予定だが、現時点で平民のナターシャが最高位の会議に参加することは認められない。


「帝国の太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」


 その言葉に前に並ぶ貴族たちは拝礼するが、皇后は皇帝の臣下ではないので私はイスに座ったまま陛下が隣に座るのを待つ。


 この立場に見合う行動を取らなければいけないと改めて気を引き締める。


 ミハイル殿下を陛下の子として認めるかどうかは皇帝と皇后が決めることなので、ミハイル殿下を第一皇子とすることに周りは反対できない。

 だから今回の会議ではこれからのこと、ナターシャの叙爵とミハイル殿下の今後の生活を中心に話し合われる。


 与えられる宮殿、支給される予算、皇子として受ける教育に関することが決まったところで「他に案件はあるか?」という空気になり、一人の男が手を挙げる。


「差し出がましいようですが、私は皇妃を娶ることをおすすめします」


 ――― 皇妃の件はあの出しゃばりが進言するだろう。


 キティル侯爵がお父様の予想通りの行動をする。


 キティル侯爵はお父様にとても強いライバル心をお持ちで、何かと衝突してくる彼がお父様は鬱陶しいらしい。


 お父様とキティル侯爵は年齢も侯爵家嫡男という立場も同じだから勝手に比べてライバル視しているとお父様は言うが、「キティル侯爵は昔お母様に振られた」とお兄様から聞いて以来原因はそれだと思っている。


「皇后陛下、いかがですか?」


 キティル侯爵の挑発する目、他の人は面白がる目や嘲笑うような目を向けている。

 何を期待しているのかが透けて見える。


「皇后陛下の代わりに私が。皆様のもとに、皇后陛下が選出した皇妃候補の令嬢のリストをお渡しします」


 好き勝手騒ぐのはお猿さんでもできます。

 進言するならばこのくらいしていただかないと。


「皇后?」


 リストを渡された陛下が戸惑った声で私を呼びましたが、陛下も皇妃の件は予測されていたはず。


「皇妃を迎えるべきだと私も思います」


 お父様は平然としたお顔、ザイツェ伯爵はしたり顔、その他の方は一様に驚いた顔。


「本気か?」


 陛下も驚いた声。


「冗談を言う必要がございますか?」


 陛下は「いや」と答えたが、その目は何かを探るように私を見ている。


「早急に第二皇子が必要であることは皆様とお分かりのはず。ミハイル殿下と年が離れないよう第二皇子の誕生は二年以内、そのためには皇妃が三名以上が望ましいかと」


 私の言葉に会議場はどよめき、キティル侯爵は「皇妃一人で十分では……」と小声で難色を示している。


 キティル侯爵には未婚のご令嬢がいる。

 彼女を皇妃に召し上げたい、しかし陛下の寵を三等分したら娘が第二皇子の母となる可能性は低くなるのだ。


「キティル侯爵……」


 そんな思惑が透けて見えるからキティル侯爵はお父様に勝てないのだ。


「女性の体が妊娠できるチャンスは月に1回、数日間しかありません。その全ての日で房事を行っても陛下の胤が我々の望む皇子となる確率はかなり低い」


 会議の参加者で女性は一人。

 お父様も含めて「分かる」と頷いている方々は女たちの社交界でも評判のいい方、「何を言っているんだ」という顔をしている方は……そういう方々。


「皇妃を増やして確率を上げるしかないでしょう、簡単な算数の問題ではありませんか」


 房事だの胤だのとはしたないかもしれないが、人を石女だと蔑み男性が喜ぶ閨の作法など卑猥なことを語ってきた奴らに気を遣って遠回しな説明をするなど面倒臭い。


「二年間では一人の皇妃が産めるのは一人、しかも入宮準備を考えれば妊娠の機会は六回前後。それでも三人は多いと仰るのかしら?」


 それでも皇妃一人に帝国の命運を賭けるのか、そんな問いを込めて全員の顔を見る。


「こ……皇后陛下がいらっしゃるでは……」

「あら、キティル侯爵。私は石女なのでしょう?」


 ここで私を数に入れるのは調子が良過ぎやしませんか?

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