第3話 もう一度立ち上がって
膠着状態の陛下たちの婚約に変化が起きたのはそれから直ぐ、帝都で大規模なテロが起きて陛下が一生歩けなくなるほどの怪我をおったことがキッカケだった。
当時陛下は城下を視察していて、そこに助けを求めて走ってきた女性を止めようとした瞬間に女性の体が四散したらしい。
あとからの調査でその女性は体内にいくつも魔石を入れていて、我が身を犠牲にして陛下を弑逆しようとしたテロ行為だと分かった。
女性を止めようとした護衛騎士数名は即死、陛下を含む大勢が爆炎で吹き飛ばされて重傷を負った。
直ちに現場には魔道士が派遣され、最優先で救助された陛下の治療には大勢の治癒魔法使いが尽力したが損傷した神経を治すことまではできず陛下は自力でベッドから体を起こすことさえできなくなった。
先帝陛下はそれでも陛下を皇太子の座に据え置いたが、陛下が皇帝になることはないと多くの貴族が陛下から離れて、陛下のハトコにあたるセルゲイ公子を阿るようになった。
あっさりと自分を見捨てた者たちに気落ちする陛下に止めを刺したのが、ナターシャが馬車の事故で死んだという報せだった。
ナターシャを失った陛下は生きる気力を失くしたようで、食事も碌に摂らず暗い部屋で一日中ぼんやりとしているとお父様から聞いた私は無性に腹が立った。
勝手な話だが、初恋の人がそんな状態のままでいるのは許せなかった。
お父様の許可をもらい、側近の妹の立場を使って陛下のいる病室まで案内してもらい、戸口から見えた生気のない陛下の姿に大きく息を吸った。
―――何をウジウジしているのですか!
あれはそれまでの人生で一番大きな声だったと思う。
喝を入れ始めた私にお兄様は焦っていたが、私は勢いのままお兄様たち周りの側近の方々や使用人たちをそこに並べて「殿下を甘やかさない!」と喝を入れた。
―――やれるだけやってみてから諦めましょう。
喉が枯れて痛みを感じ始めたのでそう締めくくると部屋の中には一体感が生まれた。
初めて大声を出し続けたから腹筋が震えていたけれど我慢した。
それから週に一回か二回見舞いという名目で喝を入れにいった。
学校とそれ以外の時間の全ては女神メディキナの加護で医学や薬学が発達しているサルーナ王国の人に治療法について相談して回り、最近注目されているという機能回復訓練について知るとお父様にお願いしてサルーナ王国から講師を招いて訓練方法を学びつつ書物を読み漁った。
治癒魔法と並行して機能回復訓練を行うことで少しずつ陛下の体の機能は戻り、二年後には歩けるようになっていた。
私の十九回目の誕生日には陛下が大きなケーキを持って歩いてきて、蝋燭の火を吹き消す前に大泣きしてしまったのは恥ずかしい思い出。
「嘘というのは時限発火装置だと今回つくづく感じたよ」
お父様の言葉に過去にいっていた意識が現在に戻る。
「泣きつかれたからといってあの馬鹿の嘘に協力するんじゃなかった」
お父様の言う「馬鹿」は先帝陛下で、「嘘」はナターシャが死んだということ。
実はナターシャは馬車の事故で死んでなどおらず、陛下には未来はないと言い捨てて男と逃げてたのだった。
ただそんなことを陛下に言って探すとか追いかけるとかの騒ぎになったら困るから死んだことにしてほしい。
先帝陛下はそう言ってお父様に泣きつき、お父様はそれを叶えた。
お父様によってナターシャの死は完璧に偽装された。
墓まで作り、陛下は中身のない墓に毎月必ず足を運んでいた。
そこまで陛下に思われていたナターシャ。
そのナターシャが二ヶ月ほど前に私たちの前に姿を現した。
「先帝陛下は?」
「うちに滞在してもらっている。焦って騒がれて余計なことをされては堪らない」
滞在という名の軟禁、しかし仕方がない。
いま城内は落ち着きを失っている。
陛下の元婚約者が実は生きていたのが理由か、いや、それよりも彼女が陛下の子という男児を連れていたことほうが原因だろう。
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