滝壺より益荒男の上がり来て新涼

季語 新涼(秋・時候)

夏の暑さが和らぎ、涼しさを感じる頃。



この日は仕事で、滝の撮影に来ていた。磐梯山の北部の湖沼群に注ぐ源流のひとつにある滝で、小野川不動滝という。


夏の行楽シーズンも一段落した平日で、午前中の早い時間は一人の観光客の姿もなかった。空模様も、奇跡的に晴れ間の覗く時間が幾らかはあったものの、ぱっとしない曇り空。


滝のすぐ真横まで行ったり沢のほうへ降りたり、小1時間ほど経つと、ちらほらと人の姿が見え始めた。下流から沢筋に沿ってやってきた、渓流釣りを楽しむ人。またしばらくしてやってきた若い男性2人は、おもむろに上衣を脱ぎ捨てると、ザブンと滝壺でひと泳ぎ。続いて、明るい談笑を響かせながら、4人組のマダムがやってきた。ちらと様子を窺えば、マダムたちは何やらメモ帳にペンを走らせながら、滝を眺めていた。


何やらピンとくるものがあり、その手元をよく観察してみる。見覚えのある表紙は、角川の俳句雑誌の付録の手帳ではないか。これはもう、吟行にやってきた人たちに違いない。


馴染みのない読者のために説明しておくと、吟行というのは、俳句の題材を求めて風光明媚な場所を巡り、そのロケーションの中で俳句を詠むこと。絵描きが野外スケッチに出かけるようなものだ。


「あの、すみません。ちょっと失礼しますが、皆さん吟行でいらしたんですね」


「ええ、そうなの。水戸からでね。でもよく判ったわね」


「私も俳句をやってるんです。だからなんとなくそうかなって」


「あっちにいるのが先生でね、私たち習ってるのよ」


見事な白髪を靡かせた、ひときわ年長に見える女性が、少し離れた岩の上に腰掛けている。身じろぎもせず静かに、じっと滝の方を見つめていた。


先生にご挨拶すると、皆さんに被写体になっていただけないかと持ちかけた。今日のところは滝の「一物仕立て」で描こうかと思っていたところに、思いがけず面白い「取り合わせ」が転がり込んできた。これは見逃せない。


趣旨を説明したところ、快く引き受けてくださった。そればかりか、素材にと一句提供していただけるという。嬉しい。大好きな俳句との素敵なコラボレーションが実現して、ものすごく嬉しい。


「来たばかりで即席だけど、どうかしらねえ」



岩十個打たれ続けて秋の滝



「滝は夏の季語だけど、今のこの季節だから、秋の滝。この滝の特徴みたいなものを入れたかったんだけど、滝壺に大きな岩がごろごろって、ちょうど10個あるのね」


なるほど、やっぱりまずは写生が基本か。〈岩十個〉という具体性が、シンプルにいい。数詞を入れると写生がかっちりするっていう、入門書なんかでもよく目にするテクニックだ。


それになんとなく、小野川不動滝というこの滝の、肩書きみたいなものも見えてくる気がする。お不動様の名を頂く滝ならば、かつては信仰の場であったことだろう。〈打たれ続けて〉の中七によって、滝壺に並ぶ岩と、滝行に耐える山伏の姿とが、脳裏で重なる。


感心しつつ手帳の文字を撮り終えると、先ほど滝壺で泳いでいた2人が、崖をよじ登ってやってきた。マダムたちは歓声をあげつつ、筋骨隆々の若い男たちを取り囲む。


その光景に、私も一句。



滝壺より益荒男上がり来て新涼



間髪入れず、先生が添削する。


「季語は新涼にしたのね。これはね、ここに“の”と入れた方がいいのよ。益荒男“の”、と」



滝壺より益荒男の上がり来て新涼



なるほど確かに!この一字が入ると入らないとでは、〈益荒男〉へのフォーカスの強さが違う。不意に滝壺から人が上がってきたという意外性や、その姿の逞しさ、画面の動きのダイナミックさとか、そういうちょっとしたニュアンスの差が出てくるじゃん!


流石は弟子を抱えるほどの先生。そのお手並み、しかと感じ入りました。

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