[ 30*たいようのかがやき ]
戦いの最前線で、アルガダブは戦い続ける。
対して、敵方の大将であるダーギルは後方にこもったまま、姿を見せることはない。
「怖気づいたか、ライド・ダーギル」
そう呟く背後から、大きな戦闘の音が近づいてくる。
アルガダブがその方へと振り向くと、グリズリーの背におぶさったラヴィがもう目と鼻の先の距離まで近づいていた。
「やめろアルガダブ! こんなの間違ってる!」
悲痛な叫びを上げるラヴィを、アルガダブは表情のない顔で、じっと見つめる。
「知ったんだ。父さんの想いを」
「そうか」
「ヒトとゴーレムが仲良くしていくには」
その先を言わせないように、アルガダブは遮るように言葉を被せる。
「そうはならない」
「え?」
「そうはならなかったんだ、ラヴィ・アトルバーン。すべては過去の話だ。今この世界にあるのは、単なるその残り火だ。それも、じきに消える。消す必要がある」
ラヴィの目に、うっすらと涙が滲み始める。
「なぜ、なぜそう言い切るんだ。諦めてしまえるんだ!」
そう叫ぶラヴィの姿に、アルガダブはアメルを重ねて見ていた。
アメルよ、貴様の娘は良い心を持っている。誇りに思うがいい。
「……結局は、ヒトがヒトである限り、ゴーレムがゴーレムである限り、断絶は埋まらない。造物主と被造物の関係である限りは」
「そんなの、考え方の問題だ! 見方の問題だ。きっかけさえあれば、そんなのいくらでも変えていける。あたしが、アルのことを友達だと思えたように。あたしが、おじさんの、ダーギルの元を離れられたように」
その言葉に、アルガダブは、ゆっくりと首を横に振る。
「現実は現実だ。問題は、それとどう目を背けずに向き合っていくかだ。安い理想論では、堅い現実は打ち砕けない。理想をどう現実にすり合わせていくか。悲しいことだが、ヒトは結局、動物なのだ。どれだけ崇高な精神を育もうが、その根底には獣としての本能が根付いている。それゆえにヒトは、けっして完全に平和の裡に生きることが許されない」
「なんの話だ!」
「……私は、ヒトの紛い物でしかない、この心を捨てる。利己的な感情をすべて。そして、機械としての完全な合理性のもと、すべての人間と機械を等しく管理下におく」
「だから、何を言ってるんだ」
「私は、すべてを支配する。それが、唯一の道だ。ヒトとゴーレムが共存できる唯一の道」
「ふざけてるのか」
「それが、私なりのアメルとの約束の果たし方だ」
ラヴィの視線が、アルガダブへと突き刺さる。
怒り、悲しみ、歯痒さ。それら複雑な感情のアンサンブル。
この娘は、優しい心で、物事を見ている。
俺が、信じる正義のため、アメル・アトルバーンの理想のために、自らを道具として、手段として貶め、あえて悪の道へと堕そうとしていると、そう見ている。
「……卑怯だ。お前は卑怯だ! 嘘つきで、その嘘のために自分勝手で!」
ラヴィが涙を溢れさせていく。
欺瞞と傲慢。お前が心底から嫌ったものだったな、アトルバーンよ。
「あたしは、諦めない! そんなの認めない。絶対に、止めて見せる!」
「ならばお前は敵だ。排除する」
そうして、アルガダブは話を打ち切ると、攻撃を開始した。
それに対してグリズリーが素早く動き、迎撃する。
その互いに容赦のない攻防の隙間から、ラヴィが叫ぶ。
「やめろアルガダブ! 話を聞け!」
「話は終わった!」
そのまま両機は取っ組み合いの態勢へともつれ込む。
互いの関節機構が甲高い悲鳴を上げる中、フリスビーがアルガダブの無表情の顔を見つめ、呟くように声を掛けた。
「やはりお強い。さすがは、ゴクレニウス閣下」
その言葉に、アルガダブは露骨に動揺を見せ、少し間を置いて事情を察した様子で言葉を返した。
「そうか。マルト、貴様か。あの戦争を共に半死半生で乗り越えた末に、こうして敵同士として相まみえるとは」
「皮肉なものですな」
「マルトよ、お前も、俺が間違ったことをしていると見るか」
「おそれながら、左様にございます、閣下」
「ならば、止めて見せよ!」
アルガダブは素早く取っ組み合いを解くと、蹴りの攻撃を仕掛けた。
グリズリーはそれを足裏の履帯を高速で逆回転させることで回避しつつ、一旦距離を取る。
その背中で、ラヴィが叫ぶ。
「どういうことだ、ビー! お前たち、知り合いだったのか。だったらやめろ、こんなの」
再び仕掛けてくるアルガダブの攻撃に真っ向から反撃しつつ、フリスビーはラヴィに無慈悲に答える。
「過去の話です。それに、止まれと言って止まる相手ではない。このお方を止めるために必要なのは、言葉ではないのです」
そのまま両機は激しくぶつかり合い、傷つけあう。
「やめろ二人とも! こんなの、何になるって言うんだよ!」
そんなヴァンガードとレムナントの大軍同士が激しくぶつかり合う戦場を、スルールは離れた場所から遠巻きに他人事のように眺めていた。
「あーあ、暑っ苦しいなあ。いやになっちゃうよ」
けれど、その光景は両軍の大決戦と言う割には、期待したほどの迫力にはいささか欠ける気もした。
散発的な戦闘。地味。退屈。面白くない。
「終端戦争の再来、なんだろう? こんなんじゃ全然足りないよ。もっと大きな混沌じゃないと。全部、全部飲み込んで、ぶっ潰すような、そんな混沌でないと」
そうでなければ、僕は満たされない。
「お前ら、さっさとみんな死ねよ」
じゃないと、僕は僕という檻からいつまでも解放されないじゃないか。
スルールと同じように別の場所で戦場を俯瞰していたカガンもまた、その光景に不満を抱いていた。
「……どうにも焦れてしまうな。思ったよりも状況は整然とし過ぎている」
そう呟くと、カガンは手にした小さな機械のスイッチを押した。
「どれ、私が盛り上げてやろう。余興だ。楽しむがいい」
直後、戦場の片隅に、巨大な火球が出現した。
突然戦場に現れた火球を、スルールは呆然と見つめる。
「あれは、なんだ?」
静まり返る戦場。誰も彼もが動きを止め、その火球の輝きを見つめている。
しかし、その観衆たちの姿は次々と見えない衝撃を受けたようになぎ倒されていく。
その爆風はすぐにスルールの元へも襲い掛かってきた。必死に足を突っ張り、どうにか態勢を維持する。
そんな事態の中、スルールは自然と高笑いを上げていた。
「水爆か⁉ やるね。やってくれるね。やってくれるじゃないか、シムルワース・アルヴェイン!」
爆風の中、アルガダブの叫ぶ声が薄く聞こえる。
「恐れるな! 怯むな! 大した威力ではない!」
たしかに。見た目の派手さほどの攻撃ではない。目的が純粋な破壊ではないことは明白だ。
単なる脅しか、あるいは目くらましか。
まあ、それは自分が気にすることではない。
爆風が過ぎ去ったあとも、アルガダブの発破もむなしく、両軍問わず兵は怯えたままの様子だ。
そりゃそうだ。たしかに大した威力じゃないが、そんなの、この一発だけなら、の話だ。
まだ来るんだろうか。次はいつ、どこから来るのか。敵の攻撃か、味方の攻撃か。
どの道、巻き込まれれば敵も味方もないような攻撃だ。
まさか、次は戦場全体を飲み込むほどの威力のものが使われるのでは……。
「怖いよねえ。そうだろう、とても怖いのだろうさ」
スルールの笑い声が、高笑いから、薄く鼻で笑うような微かなものへと変わっていく。
妙に静まり返った戦場。
その静けさの意味。その先に待つもの。
次の一発なんて必要ない。この一発だけで、すでに十分な効果は出ている。
「……ようやく面白くなってきた。やっぱり、こうでなくっちゃ」
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