[ 29*いやもおうもなく ]
日没とともに、戦闘が開始された。
ヒトとゴーレムが傷つけあう混沌。
そこかしこで命が、精神の灯が、消えていく。
その最前線で、アルガダブは鬼神のごとく暴れ狂う。
戦車の装甲を拳で打ち抜き、その爆発によってそれを操る人間ごと焼き払う。
そうした行為に対する少しの逡巡も振り払い、すぐに次の敵へと向かう。
すまない、同胞たちよ。そして、かつて自分たちを生み出した者たちの末裔よ。
俺は、結局は機械だ。人間のための道具だ。人類を護るために戦う。
そのためにこそ、人間たちからは、武器を、暴力を、取り上げなければいけない。
暴力を振るう精神性を抑えつけなければならない。
その決意を胸に、次々とヴァンガードの戦士を屠り続けていく。
次の標的として選んだ相手の顔が、瞬く間に恐怖で染まっていく。
そうだ。恐れろ。憎め。人類の敵はここに居る。
その敵を、痛みも苦しみも抱えることのないよう一瞬で楽にしてやると、アルガダブは一旦動きを止め、遠くを見据えた。
ここにすべての武器を持ってこい。ここに、すべての戦う意思を持つ人間を連れてこい。ここを、最後の戦場とするために。
そのための嘘。それゆえの傲慢。悪。
そのすべてを怒りに変え、アルガダブは拳を振るい続ける。
事態を知ったラヴィたちは、何をどうすればいいかも分からないまま、とにかくその戦場へと赴いていた。
戦闘をかいくぐり、とにかく中心を目指す。
ダーギルかアルガダブ、あるいはその両方、いずれにせよ集団を止めるにはその頭と話をつけるしかない。
四足の履帯で地を駆ける、戦車そのものに変形したグリズリーの背に掴まり、ラヴィはとにかく走り続ける。
しかし、戦闘の中心へと近づくほどに、自分たちへの攻撃も激しさを増し始める。
単なる散発的な流れ弾から、こちらが何者かを理解した上で排除しようとする攻撃へ。今の自分は両軍から狙われる立場だという事実にラヴィはあらためて直面し、微かな戸惑いを抱いた。
そんなラヴィを傷つけようと襲い掛かるレムナントのゴーレムに対し、フリスビーはその体を一気に熊の形態へと起こすと、その巨大な拳を放ち粉砕した。
凄まじい衝撃にバラバラになって吹き飛ぶ敵の姿を、ラヴィは複雑な表情で目で追う。
「……これが、お嬢様の願われる行動でないことは重々承知しております。けれども、お嬢様が譲れない想いを抱いたように、私にもまた、譲れないものはあるのです。何があっても、お嬢様をお守りする。それが、アメル様から託された、私の使命なのですから。だから、これは私の選択です。私の戦いなのです。背負うべき罪は、私自身で背負います。ですから、お嬢様は、お嬢様の戦いを」
「……分かった。ありがとう、ビー」
ラヴィはそう言って頷くと、あらためて視線を遠く前方へと向けた。
ダーギルは多分もう、話し合いには応じてくれないだろう。けれど、アルガダブなら、まだ可能性はあるかもしれない。
「アルガダブは、どこだ!」
戦場を突っ切るグリズリーを援護しつつ、スティグマとアルも戦いを続ける。
ヒトとゴーレムの大規模な戦い。終端戦争を思い起こし、またその記憶と罪悪感に苦しんでいるのだろう。アルの動きが鈍い。
それを察知したスティグマはアルのフォローへと回る。
「大丈夫ですか、お姉様」
そのスティグマの屈託のない表情と言葉で、アルは我に返った様子で頷いた。
「ありがとう、スティグマ。私は大丈夫。……こんなこと、早く終わらせるためにもしっかりしないとね」
「その意気ですわ、さすがお姉様。……フリスビーが足止めを食ってるようですわね。私たちの力で道をこじ開けましょう!」
そう言い残し、スティグマは一気に加速し、飛び出していく。
そうして、ヴァンガードもレムナントも関係なく、邪魔者を次々に軽く蹴散らしていく。
圧倒的な戦闘力。誰よりも強い力。誰よりも早く的確な判断。優越感による高揚。
「やはり私こそが、究極の存在なのだわ」
けれど、ふいに強い違和感が襲い掛かる。
この高揚は、それだけが理由ではない。
弱者をなぶる愉悦。暴力を振るう快感。命を削り合う興奮。
おぞましい感覚。けれど、否定のしようがない事実。
私も、結局は生き物なんだ。
あるいは、生き物の精神の模倣を植え付けられた機械。
その、さらなる模倣。複製。コピー。
「……マザー、私は、何者なのですか?」
先行するラヴィたちの後から、ステラも小型の装甲ホバー艇を駆り、戦場を進む。
流れ弾に怯みながらも必死に恐怖を抑えて突き進むと、突然目の前に大型のゴーレムが姿を現した。
こちらの豆鉄砲では歯が立たない。衝突すればこちらが潰れる。
ステラはとっさに回避を選ぶが、無理やりな舵取りにホバー艇がバランスを崩し、傍の岩にぶつかり停止してしまう。
大したダメージはないらしく、ステラはすぐに再始動を試みるも、その隙に敵は一気に間合いを詰めようと走り出す。
しかし次の瞬間、その巨体はバラバラの断片となり、崩れ去った。
その向こうから、異端審問官の少年が姿を見せる。
「戦う術を持たない者が戦場に出るな」
その言葉に対し、ステラは装甲窓から顔を出し、反論の声を上げた。
「だからって、ほっとけないでしょ。あんたは、どこまで知ってるの? この事態のこと、どう思ってるの?」
「なんの話だ」
「どう見たって、この状況はシムルワース・アルヴェインが仕掛けたことよ」
「……それが、俺になんの関係がある」
「あんた、本気で言ってんの?」
「俺はただの兵隊だ」
その言葉に、ステラは激昂する。
「あんた、自分の頭で物事を考えたこと、ただの一度でもあるの?」
少年は、何も答えない。
ステラはそれ以上少年の相手をするのをやめ、視線をラヴィたちの進む先へとあらためて向けた。
「下がれ、死ぬぞ」
その少年の忠告も無視し、ステラはホバー艇を発進させた。
あとに残された少年も、仕方なくそれを追って走り出す。
「……枢機卿の令嬢、か」
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