[ 26*かさなりあうおもい ]

 リベルタス内の工作室で、ケイスはグリズリー・ユニットの調査と整備を進めていく。


「……別に、変にいじり回されてはいないようだな。発信機や何かの類も仕掛けられちゃいない」


 それに対し、フリスビーは体をケイスに委ねながら、その円盤部分だけを動かすことで視線をケイスへと向けて言葉を返した。


「ただ単に、それをやる前に事が起きた、というだけのことでしょう。あの男はどうも、彼女の方に夢中だったようですからな」


 そう言って、フリスビーは視線を部屋の向かいに位置する整備ハンガーに掛けられたハジーンへと向けた。

 その機体は、銃撃によるダメージで今も活動停止状態にある。


 その視線を追って、ケイスもハジーンの痛ましい姿を見つめる。


「あっちは重体だな。なんとかできないこともないだろうが、そうしていいものだろうか」


「治してやってください。どうかお頼み申し上げます、ケイス殿。いくら敵ではあろうとも、このままではあまりにも哀れだ」


 その頼みに、ケイスは迷ったように軽く溜め息をつくと、部屋の隅でおとなしくしているラヴィへと声を掛けた。


「お前はどう思う?」


「え? いいんじゃないかな?」


 どこか上の空のその返事に、ケイスとフリスビーは顔を見合わせた。


「お嬢様、あまり溜め込まない方がよろしいですぞ。お辛いのでしたら、吐き出した方が楽になることもありましょう」


「辛い、って言うかさ。よく分かんないや。急に色んなことが起きすぎて。……あたしは気付けてなかったけどさ、ふたりはずっと、あたしのこと……」


 ラヴィの言いかける言葉に被せるように、ケイスが言葉を挟む。


「騙していた」


 その言葉に、ラヴィは慌てて首を横に振る。


「ううん、違うよ。ずっと、見守ってくれてたんだな、って」


「……すぐにもお前を救い出したかったが、ダーギルはお前を厳重に檻に囲っていた。手をこまねいている内に、お前はどんどんと奴に洗脳されていってしまった。そして厄介なことに、歪んだ形でだが、奴も奴なりにお前を可愛がってはいた。俺は、迷ってしまったのさ。それで、身動きが取れなくなってしまった。お前を救い出すことで、逆にお前を苦しめることになってしまうんじゃないかと」


「いいんだよ、そんなことは。今あたしが聞きたいのはさ、そんなんじゃなくて、父さんと母さんがさ、どういう人たちだったのかな、って。おじさんの、あの人の嘘じゃない、本当の父さんと母さんを」


 感情を抑えるようにそう呟くラヴィの姿を、フリスビーが機械の瞳でじっと見つめる。


「お嬢様……」


 それからフリスビーはケイスへと視線を向け、ケイスもその視線を受けて静かに頷いた。

 そして、ケイスはその手を円盤の隠蔽されたパネルへと伸ばし、そこから小さなデータカードを取り出すと、それをラヴィへと差し出した。

 ラヴィは少し困惑した様子でそれを受け取ると、手の中で眺めた。


「これは?」


「遺品だ。以前にフリスビーの整備をしていたときに、偶然に見つけたものだ。中身は数分間の動画データで、タイトルは”未来のラヴィへ”。内容をのぞき見するほど無粋ではないから、それについてはなんとも言えん。だが、そんなタイトルだ。俺のヘタクソな説明よりも、自分の目で確かめた方が早いだろう」





 それからラヴィは、途中でアルとステラも呼びつつ、自分に用意された部屋へと戻った。


「良いの? そんな大切なもの、私たちも一緒に見ても」


 そのステラの言葉に、ラヴィは小さく頷く。


「正直言うとさ、なんか、怖いんだ。ひとりで見るのが」


「……分かった」


 そうして三人はソファに固まって腰を掛け、借りてきたデータタブレットのひび割れた小さな画面を食い入るように見つめた。

 ラヴィが微かに震える指で操作すると、ほんの少しの間を置いて、動画の再生が開始された。


 画面に、赤子を抱くひとりの男の姿が映る。

 自分と同じクシャクシャの赤毛。穏やかな表情と、堅い信念を思わせる瞳。

 どことなくダーギルに似た雰囲気。多分、ダーギルの方がマネをしていたんだろう。


「これが、父さん?」


 そのラヴィの呟く声に、まるで時を越えて応えるように、画面の中の顔は照れ笑いを浮かべながら、話を始めた。


『やあ、ラヴィ。見えているかい? 成人、おめでとう』


「……まだ、そこまで大きくはなってないけどね」


 もう涙ぐみ始めているラヴィの指摘に、画面の向こうの父は当然そんなことは聞こえていない様子で言葉を続ける。


『どんな大人になっているんだろう』


 そこで父は一旦画面の外へと視線を向け、続けた。


『きっと、ママそっくりのとんでもない美人になっているんだろうな』


 その言葉を鼻で笑うように、画面の外から別の声が響く。


『よく言うわよ』


「この声が、母さん?」


『まあ、性格は僕に似てくれた方が良い人生送れるかな?』


『そうね。私もそう思うわ』


 父はその皮肉の応酬を軽く笑って受け流すと、今度はカメラを母の方へと向けて動かした。


『ほら、オーロラ。君からもお祝いの言葉を』


 母の顔が、画面いっぱいに映し出される。

 さっきのは冗談なんかじゃなかった。確かにとんでもない美人だ。

 自分とは違うサラサラの金髪。顔のパーツのつくりは似ているが、表情や雰囲気は結構な違いがある。いささか挑発的な目つきと、知的で落ち着いた雰囲気。


『やめてよ、これはただのカメラよ。ラヴィじゃないわ』


『ラヴィさ。見てるんだよ、この向こうで。絶対に』


『そもそも、成人だなんて、そんなずっと先の話、気が早すぎる。今やる必要があるの?』


『あるさ。なあ、ラヴィ?』


 画面の外から聞こえるその言葉は、現在のラヴィに向けてではなく、胸の中の赤子へと語りかけたもののようだった。

 赤子のラヴィはそれに対して、不快そうにむずがり、泣き出した。

 父はそんな娘を軽くあやしつつ、あらためて母へと催促を続ける。


『さあ、ほらほら』


 画面の中の母はそれに観念したように、あるいは呆れたように溜め息をつくと、咳払いをひとつしてから、真剣な表情で画面へと向いた。


『えーと、ラヴィ? 成人おめでとう』


 すぐに真剣な表情は崩れ、母は視線を落とすと、自嘲的な苦笑を浮かべた。

 そして、それからもっと砕けた表情で、言葉を続ける。


『私は、遠い未来のことなんて考えないようにしている。だってそんなの、正確に見通せるわけはないんだから。だから、人は今この瞬間をしっかりと生きていくしかない。えーと、だからその……。やめよ、やめやめ、やっぱりバカバカしいわ、こんなの』


『ダメだよ、母親としての務めなんだから』


『あとで覚えておきなさいよ、この変人。……まあ、その、とにかく、しっかりやりなさいってことよ。何があっても、私たちはあなたの味方だから。あなたの中に、私とこのポンコツの血が流れていることが何よりの証なんだから。何があっても、私たちはあなたを愛している』


 ラヴィの内で堪えきれない感情が溢れだし、肩が震え、涙がとめどなく零れだす。

 そんなラヴィの肩を、ステラは優しく抱きしめた。


『……まあ、とんでもないグレ方でもしてない限りはね。もういいでしょう? これで本当におしまいよ。あー恥ずかしい』


 母は照れ笑いを浮かべてそう言うと、さっさとカメラを父の方へと向け、自分自身を画面の外へと逃がした。


『どうだい? 若いころの君のママは、とってもチャーミングだったろう?』


 そんな父の軽口に対し、画面の外から鉄拳が飛ぶ。


『ハハ、まあ、そんな感じだ。とにかく、今君が幸せでいることを願っているよ。たくさんの友達とともに、ヒトもゴーレムも関係なく、みんなで楽しく幸せに過ごしているって。そのために、僕たちはこれからもガムシャラに頑張るから』


 それから父は視線をカメラから胸の赤子へと移し、ほんの少しだけ声のトーンを落とした落ち着いた雰囲気で続けた。


『君と出会って、ようやく気付けたんだ。大切なのは、幻想と化した過去の栄光を追い求めることなんかじゃないって。大切なのは、確かな今と、それに連なる未来なんだ。君たちが過ごす未来を輝かしい時代にするのが、僕たちの務めなんだ』


 その、まるで自分自身に言い聞かせるような調子の言葉を終えると、父は少しの間を置き、最後に別れの言葉を告げ始めた。


『それじゃあ、さようなら、ラヴィ』


 まだ、動画は残り数秒ある。

 父は視線を画面の外へと向けると、母へと聞いた。


『未来の僕たちにも何か言っておいた方が良いかな?』


『いらないわよ。ラヴィへのメッセージなんだから』


『それもそうか』


 その何気ないやり取りを最後に、父の手が画面へと伸び、今度こそ本当に両親の姿は消え去った。


 静寂の中を、ただラヴィの泣く声だけが響く。


「……あたし、独りじゃなかったんだ」


 そんなラヴィに、ステラは優しく諭すように言葉をかける。


「そうだよ」


「ずっと、ずっと独りじゃなかったんだ……!」


「そうだよ、ラヴィ。あなたは独りじゃない」


 そう言ってステラはより強くラヴィを抱きしめ、アルへと視線を送った。

 それを受け、アルもラヴィを優しく抱擁した。





 それから少しの時間を置いて、ラヴィの気持ちが落ち着くと、皆はあらためて状況を話し合うことにした。


「で? これからどうする?」


 そのステラの質問に、ラヴィがこれまでの迷いを振り切ったような、決然とした口調で答える。


「……あたしは、この戦争を止めたい。父さんと母さんの本当の想いを知ることができたから。あたしは、この世界をヒトとゴーレムが平和に生きていける世界にしていきたい。……それで、なんか、あたしの家族にまつわるゴタゴタに皆を巻き込んだみたいで申し訳ないけどさ、良かったら、そのために皆の力を貸してほしい」


 その答えを受け、ステラは重々しく頷きながら、次は自分のことを話し始めた。


「当然でしょ。何を水臭いこと言ってるのよ。それに、これは私にも関係のある問題でもあるんだから」


「どういうこと?」


「……ダーギルの裏には、おそらく彼を操っている人物がいる。エノンズワードの異端審問局の局長であり、私の恩師でもあるシムルワース・アルヴェイン。そして、私の父である遺物保全管理局局長、ジャック・ブライトネスも、その協力関係にあるみたい」


 その告白に、それまで黙って話に耳を傾けていたアルが言葉を挟んだ。


「ステラのお父上が? それでは……」


 ステラの身の上を思いやるその言葉をさえぎるように、ステラは毅然とした態度で言葉を返す。


「別に気を遣う必要はない。父とは、ただ血が繋がっているってだけの関係だから」


 その言葉に、ラヴィは黙ったままで何か言いたげな視線を送るが、ステラはそれに対しても無機質な言葉で返した。


「こういう親子関係もあるってことよ。あなたが気にすることじゃない」


「そうかもだけどさあ……」


 そこで場に少しの沈黙が流れ、やがてアルが意を決したように言葉を発した。


「私にも、この戦争は無縁じゃないのかもしれません。私が本当にアレキサンドライトなら、何もかもの責任は私にあるのだから」


 その性急な考えに、ステラは落ち着かせるような声で言葉を返す。


「でも、まだそうと決まったわけじゃ」


「だからといって、このモヤモヤとした気持ちからは逃げたくはないんです。もし仮に、そうではないとしても、やるべきことに変わりはないのですし」


「……分かった。じゃあ、とにかく、私たちのやることは決まったわね。でも、どうしたらいいのかしら。戦争なんてものを止めるには、私たちにはあまりにも力が無さすぎる」


 そのステラの悩みを打ち砕くように、今度はいつの間にか場に紛れ込んでいたスティグマが明るい声を張り上げた。


「力ならあるでしょ、ここに」


 そう宣言して、自信満々の表情を見せるスティグマを、ステラは無表情に見つめる。


「その目は疑っているのね? あるいは、私の価値を見定めようとしている? いずれにせよ、その必要はないわ。だって私は、この星で最も進化した存在なのだから。私がついているのだから、百億人力よ。もっとかしら? とにかく、大船に乗ったつもりでいるといいわ」


「……それは頼もしいことで」


 そんなステラの皮肉に対しても、スティグマは気が付いていない様子で、満足気に純真無垢な笑みを浮かべる。


「そうでしょう?」





 真夜中。灯りもなく真っ暗な部屋の中、ジャック・ブライトネスは自身の掌をじっと見つめる。


 自由奔放だった妹は、宣教師として向かった中東で機械の反乱に巻き込まれ、死んだ。

 もっと兄として厳しく忠告するべきだったのだろうか。

 そうすれば、妹はそんな危険な土地には向かわなかったかもしれない。

 いずれにせよ、ヴァンガードのライド・ダーギルとかいう男が自分の代わりに復讐を果たしてくれるだろう。愛しい妹の命を奪った機械どもへの復讐を。

 ……こんなことを思う自分は、聖職者失格なのだろうか。


 妻は、仕事にかまけてばかりの私への不満と寂しさを胸に抱えたまま、その心労から体を壊し、帰らぬ人となった。私が彼女の命を奪った。私が、娘から母親の存在を奪った。

 やはり私は、聖職者失格なのだろう。


 そして、今では私にとってただひとり残された大切な娘の命も、忌まわしき中東の地で危険に晒されている。気が気ではない。


「ステラ……」


 思わずまた涙がこぼれる。

 最近は独りになるといつもこうだ。

 私は、人間としても失格なのかもしれない。


 けれど、だとしても、私は、この身に代えても、お前だけは救って見せる。





 ふいに部屋の扉が開かれ、ジャックはその戸口に立つ人物の持つランプの光に目を細めながら、その姿を見つめた。


「やあ、友人よ。良い報せだ。カガンが部下と連絡が取れたようだ。君の娘さんは無事だよ」


 そう笑顔で告げるアルヴェインの言葉に、ジャックは心底からの安堵を感じていた。またも涙がポロポロと零れだす。


「……ただ、何やらキナ臭い雰囲気が漂い始めているようなんだ。すまないが、君の方で管理している遺物、とりわけ、兵器類を融通してはもらえまいか。それと、共同軍への協力要請を。いざともなれば、必要なのはやはり人手、だからね」


 そう言って、アルヴェインはいかにも聖者然りといった柔和な微笑みを浮かべて見せた。

 ジャックは涙をぬぐい、そのアルヴェインの顔をじっと見つめる。


 ……そう。そうだとも。私は、お前を必ず救って見せる。

 たとえ、悪魔に魂を売り渡したとしても。

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