[EPIC>|<EPOCH].11 > Because of ***, we all are in here willy-nilly.

[ 25*さけびごえのまじりあうなかで ]

 リベルタス内の各居住コンポーネント同士を繋ぐ結節点的空間。

 頭上の大穴から陽光が降り注ぐ、自然の洞窟そのままの広場。


 その隅のベンチに腰掛け、ステラは多種多様な住民の姿をなんともなしにぼんやりと眺めていた。

 ヒトとゴーレムが平等に、平和的に、互いに協力し合って共生するコミュニティ。

 それは、自分がこれまで絶対の真理だと信じ込んでいたエノンズワードの教義には反する光景であるはずなのに、実際に目の当たりにしての感覚としては、それはどうしようもなく居心地が良く感じられ、肯定されるべきものだと自然に思えるものだった。


 世界は、こうあるべきだ。

 けれど、実際に終端戦争は起きてしまったし、今もこの理想的な小世界の外側ではヒトとゴーレムの醜い争いは続いている。

 また、エノンズワードの信徒すべてにこの光景を見せたとして、全員が自分と同じ感覚を共有できるとも限らない。

 世界は、こうあるべきなのに。


「私、なんかよく分かんなくなっちゃったかもしれない」


 そう呟き、周囲を見渡す。

 あれからすぐに、異端審問官の少年は何も告げずに再び姿を消した。

 まだその辺に居るのかどうなのか。


「ねえ、あんたにはこの光景、どう映る?」


 そう声に出してみるが、答えるものはない。

 ステラは軽く溜め息をつくと、部屋に戻ろうと立ち上がった。

 そろそろいいかげんにラヴィたちの元へ戻ることを考えないといけない。


「……あなたが、ステラ・ブライトネス?」


 ふいに背後から声をかけられ、ステラは歩き出そうとしていた足を止めて振り返った。

 そこには、少しの好奇心を含んだ天真爛漫な笑顔を輝かせる銀髪の少女の姿があった。

 アル?

 あまりにもよく酷似した外見にそう思いかけたものの、どこか雰囲気が違う。

 アルとはまた違う、超然とした雰囲気。

 その姿を警戒するように見つめながら、ステラは答えた。


「……そうだけど、あなたは?」


「私はスティグマ。……ねえ、あなた、人間を殺したこと、ある?」


「は? あるわけないでしょ」


「なんだ。じゃあ、ゴーレムは?」


 ないわよ。

 そう言いかけて、ステラは言葉を飲み込んだ。

 アルにゴーレムを倒す命令は何度も出してきた。その結果における責任は、当然自分にも帰属して然るべきはずだ。

 自分は、ゴーレムを殺してきた。


 ステラがそのことについて何も言えないまま無表情で黙っていると、スティグマと名乗ったゴーレムはあっけらかんとした態度で言葉を続けた。


「そっか。まあ、いいわ。私、あなたのお友達になってあげるね。よろしく、ステラ」


 スティグマはそう言うと、握手を求めて手を差し出した。

 その手をステラは露骨にいぶかしむ表情で見つめながら、ひとつ質問をした。


「なんで私の名前を知ってるの?」


「マザーに聞いたの。マザーはすごいの。なんでも知ってるんだから。ほらほら、よろしくね、ステラ」


 そう言ってスティグマは明るく笑い、ステラの手を強引に取って握手し、その手をブンブンと振り回した。

 それから、その手を握ったまま別の方向へと向き直り、ステラを引っ張るように歩き出す。


「それじゃあ、行きましょう」


「行くって、どこに?」


「決まってるでしょ、ラヴィ・アトルバーンのところ。彼女、あなたのお友達なんでしょう? 私ともお友達になってくれるかな?」


「な、なんなの、あんた」


「だから、私はスティグマ。さあ、急いで急いで、早く行きましょう」





 誰かが、頭の中を覗いている。

 精神のタガが強引にいじくりまわされ、引きちぎられ、別々であるはずのものがみな、バラバラに砕けて混じっていく。


 無数の記憶の混濁。

 自分のものではない、何者かもロクに知らない”同居者”たちの忌まわしい記憶の数々が、まるで自分自身の辛い体験のように襲い掛かってくる。


「……もう、やめて」


 そう懇願したのに、苦しみは止まらない。

 頭の中に強引に手を突っ込まれ、その手が何かを探すように激しく動く。


 やがて、記憶の暴流の奥から、自分自身の記憶が突風のように吹き込んできた。


 ひとりの男が、穏やかな笑みを浮かべている。

 そんな彼に対して、私は何かの言葉を口にした。その途端、男の表情は固く凍り付いた。


 ”デイジー、何を言い出すんだ? 故障でもしたのかい?”


「やめて! なんでも話すから! だから、これは、これだけは……、こんなのは……!」





 真夜中。眠っていたラヴィは、何かの爆音によって無理やりに叩き起こされた。

 慌てて外へ出てみると、ダーギルの研究所の方から火の手が上がっているのが見える。そして、断続的な発砲音も微かに聞こえてくる。


「何が、起きてるんだ?」


 いずれにしても、ただ事ではない。とにかく状況を確認しなくては。


 ラヴィはすぐに部屋へと引き返して急いで着替えをすませると、クロコダイルを握りしめて飛び出していった。





 ラヴィが現場へ到着して目の当たりにしたものは、我を忘れて暴走するハジーンと、それを力ずくで抑えようとするダーギルとその部下たちとの戦闘の光景だった。

 ハジーン自身も相応に高い性能を誇る上に、ハッキング能力でダーギル側のロボットたちを次々に手駒として奪っていく。そうしてハジーンは戦力を増しながら暴れ回り、街の被害は刻一刻と拡大していく。


「やめだ! 捕獲はやめ! 壊せ、破壊しろ! どんな手を使ってでも奴を止めろ!」


 ダーギルの叫びを受け、部下たちがより強力な武器へと持ち替え、一気に飽和攻撃を仕掛けるも、ハジーンは軽やかな身のこなしでそれをたやすく回避していく。


 そうした事態の中、焦りを募らせたダーギルは視界の隅で呆然と立ち尽くしているラヴィの姿を発見すると、怒りを露わに大股で近づいてきた。


「良いところに来た、ラヴィ。手を貸してくれ。アメルの娘なら、ゴーレムを飼いならすのは得意だろう」


「待ってくれよ、おじさん。どういうことだよ、これ。説明してくれよ」


「いいから行くんだ!」


 ダーギルはそう叫ぶと、強引にラヴィの背中を押し、ハジーンの方へと突き飛ばした。

 ラヴィはどうにかバランスを取りながら足を止めるも、すでにハジーンの姿はすぐ目の前だった。

 ベールを奪われたむき出しの顔。冷たい無表情の顔の、口元の部分だけがイビツな笑みを浮かべるように歪む。





 次の瞬間、ハジーンはラヴィへと飛びかかったものの、その攻撃は寸前で何者かの乱入によって阻止された。


「アル!」


 ラヴィがその名前を叫ぶと、アルはハジーンを警戒したまま素早くラヴィへと視線を送り、微笑んで見せた。


「ごめんなさい。自己修復に時間がかかってしまって」


「……良かった、無事だったんだな、お前。本当に良かった」


 そう言って涙ぐむラヴィに対し、アルは力強く頷くと、あらためてハジーンへと向き合った。

 その視線の奥でハジーンは奇声を上げると、またも獰猛な獣のような攻撃をしかけてきた。

 アルの方も駆けだして一気に間合いを詰めると、両者はすぐさま激しい攻防を繰り広げ始めた。





「……あれは、あのアルとかいう娘は」


 前回の戦いに続いて再びアルが戦う姿を目の当たりにし、ダーギルは抱き始めていた疑念を確信へと変えていく。


 やはりそうだ、あれはただの小娘などではない。

 暴走するレムナントの幹部と互角以上に渡り合っている。明らかに人間離れした動きだ。

 東方の異端審問官や西方の騎士のように、魔法とやらで肉体を強化しているのか、あるいは。


 戦いの中で、アルが腕に傷を負った。

 傷の奥、外装の下の金属の蠢き。


 ダーギルの思考を、激しい怒りが飲み込んでいく。


「……ラヴィ! 私に隠していたのか……! 私を信用していなかったんだな! 私を裏切っていたんだな! ずっと、ずっと……、アメルと同じように!」





 戦いの中でハジーンは突然頭を抱えて苦しみ出した。

 アルはその様子に戸惑い、攻撃の手を止めてしまう。その格好の隙にハジーンはあらためて獰猛に動き、アルの懐へと飛び込んだ。


「あなたさえいなければ、こんな思いはせずにすんだのに! ただの道具でいられたのに!」


 そのハジーンの叫びが突き刺さるように、アルの心の内の動揺は爆発的に大きくなっていく。

 何も答えることはできず、アルはただ相手の鋭い攻撃を受け止めるだけで精一杯となっていく。


「……ごめんなさい」


「そんな言葉なんて! いいから死になさい!」


 叫び声を上げ、ハジーンは無抵抗のアルへとトドメの一撃を繰り出そうと構えを取った。

 その二人の間にラヴィが割って入り、感情の高ぶった嗚咽混じりの声で、制止する言葉を叫んだ。


「やめろハジーン!」


 その姿を、ハジーンは怒りに満ちた表情で睨みつける。


「ラヴィ・アトルバーン! だったらあんたも一緒に死ねばいい!」


「お前は道具なんかじゃない!」


 その言葉に、ハジーンの動きが一瞬止まる。


「お前たちはただの道具なんかじゃない。あたしたちと同じように、心を持ってる。最近、その意味がようやく分かってきたんだ。お前たちが過去に辛い思いをして、それで人間を憎んでいることは知ってる。でも、それでも、こんなのとは違うやり方だってあるはずだろ。アルとあたしが仲良くできてるみたいに。もっと違うつきあい方だって……!」


「黙りなさい! そんなたわごと! そこをどかないなら、あんたごと……」


「あたしは、ここをどかない!」


 ラヴィの決意のたぎる瞳。その輝きにたじろいだように、ハジーンは一歩後退した。

 しかし、その動きは背後から押し留められるように止まり、次にはハジーンはその勢いに負けるように前のめりに倒れこんだ。

 ハジーンにそのイビツな動きをさせた銃弾はそのまま飛び続け、まっすぐにラヴィの頬をかすると、一筋の血を滲ませた。


「ラヴィ!」


 そのアルの叫びと重なるように、ダーギルの雄叫びが辺りに響いた。


「ラヴィ! お前も、私を裏切るのか! アメルと同じように!」


 自分に銃を突きつける、明らかにいつもと違うダーギルの態度に、ラヴィは困惑を見せる。


「おじさん? 何を言ってるんだよ?」


「ならば、お前も父親と同じ罪を償うがいい!」


 話の通じていない様子のダーギルが引き金に掛けた指に力を込めていく。

 それを察知したアルはとっさにラヴィの盾となるべく飛び出そうとするが、それよりも早くラヴィの元へと護りに入った影があった。

 ダーギルはその姿を意外そうに見つめると、指に掛けた力を少し緩めた。


「ケイス? なんのつもりだ? ……なるほど、結局、お前は今でもあの女にぞっこんと言うわけか。自分を選ばなかった女の代わりに、その忘れ形見に尽くすか。いいだろう、お前も同じところへ送ってやる」


 そう皮肉めいた口調でまくし立てると、ダーギルはあらためて引き金を引き絞った。軽い発砲音とともに銃弾が発射され、ケイスの胸の中心を目掛けてまっすぐに空気を切り裂き飛んでいく。





 ようやくそこへと辿り着いたスティグマは、とっさにその銃弾を軽く手を払う動きで弾き返した。

 そして、そのままの動きでダーギルへと掌を向け、周囲のプシュケーをかき集め始めた。

 世界を満たす、願いを叶える力、プシュケー。

 思考を発火させ、その力へと命令を下す。

 すぐさま掌から凄まじい衝撃波が生じ、それを真っ向から食らったダーギルの姿はブザマに地を転がった。


「ああいう野蛮なだけの人間とは、別にお友達にはならなくてもいいかな」


 スティグマがそう無邪気に呟くのと同時に、ダーギルは痛みに呻きながらも、周囲の部下たちへと指示を飛ばした。


「何をボケっとしている! 殺せ! 皆殺しにしろ!」


 それを受け、それまで呆然と事態を傍観していた部下たちは一斉に攻撃を開始した。

 スティグマはそれに呆れたように軽い溜め息をつくと、脚力によるものではない、より優雅で軽やかな身のこなしで飛び上がると、敵集団の真ん中へとフワリと降り立った。

 そのまま、困惑する敵たちを一人、また一人と踊るような動きで打ち倒していく。


「野蛮な上に頭の回転も鈍い。面白くない連中」


 すぐに一人残らず全滅させると、スティグマはあらためてダーギルの方へと向いた。

 その視線の先で、ダーギルは怯えた表情を見せながら、間抜けな動きで撤退を始めた。

 その姿に、スティグマは汚物を見るような蔑む視線を見せる。


「ラヴィ!」


 それから、背後でラヴィを心配して駆け寄るステラの声が響き、スティグマは調子を戻してその方へと振り返った。


「あれが、ラヴィ・アトルバーンか。あっちはなんだか面白そう。それと……」


 次にスティグマは、視線をアルへと向けた。

 もう一度プシュケーに命令を下し、重力に逆らうように体を持ち上げてそこへと向かう。

 音もなく静かに着地すると、アルの方もスティグマへといぶかしむような視線を向けた。

 瞳の色以外はまったく同じ顔が、違う表情を浮かべながら見つめ合う。


「……あなたが、アレキサンドライト?」


「あなたは?」


「私は、スティグマ。あなたの妹ですわ、お姉様」


 その言葉に、アルは素っ頓狂な声を上げる。


「い、妹? 私の?」


「ええ、もちろん」


 そう言って、スティグマはアルの手を取り、立ち上がらせた。

 まだ混乱した様子のアルに対して朗らかに微笑むと、視線の奥では同じようにステラがラヴィを連れて移動を開始しているのが見えた。それに続いてケイスと、いつの間にか合流していたグリズリーがハジーンを抱えている姿も見える。


「さ、帰りましょう。ここって、なんだか汚らしくてやかましくて、居心地よくありませんもの。ね?」

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