[ 24*めざめるむすめ ]

「それで……、あの子はやはり?」


 アシェル・オーラームの問いに、レディは緊張感を孕んだ無表情を顔に張り付かせながら、答えた。


「ええ、プシュケーの氾濫の際、それのもたらした激烈な反応に耐え切れずに……。彼女の場合、特に”爆心地”に近い場所におりましたから」


 アシェルはその話を聞いているのかいないのか、セラハそのもののレディの顔をまじまじと見つめ、薄く笑った。


「……けれど、あの子がそんなナルシシズムの持ち主だったとはね」


「と言うよりは、単に自分がもう一人欲しかった、というだけのことなのでしょう。あの頃のセラハ様は、科学者として、母として、ご自身の在りように迷われていたご様子でしたので」


「そう。それで、あなたはどちらのセラハを押し付けられたのかしら?」


「結果としては、両方を。……まあ、お嬢様方には今はまだ永い眠りについたままでいて頂いておりますが。今のこの世界は、彼女たちの存在を受け入れるには、あまりにも酷いありさまですので。……今のこの世界は、次代へ向けての体力を養うための長い平穏を必要としています。東西ともにようやくの安定化が進んでおりますが、まだ道半ばといったところ。ですので、私はこの安定を崩す動きがあるのならば、それは叩き潰さなければいけないのです」


「そう。それで、それが私になんの関係があるのかしら?」


「それを、確かめに参りました。あなた様は、レムナントを使い、何を求め、何を成そうとしておられるのですか?」


 そう問い詰めるレディの態度をアシェルは鼻で笑い、手招きしつつ移動を開始した。


「いいわ、おいでなさい。あなたにも見せてあげましょう。私の最後の娘を、その目覚めを」





 案内されて訪れたのは、庭園だった。

 石でできた薔薇。石でできた小鳥。香りもせず、さえずりもせず、色もない。静止した時間の中に存在する、彫刻の花園。

 さほど広くはないその空間の奥には、唯一色彩というものを備えた物体が、まるで聖櫃のごとく安置されていた。

 エメラルドのマークが刻まれた冷凍封印ポッド。その中で静かに眠る、銀髪の少女。


 その姿を見つめ、レディは混乱した様子で小さく呟いた。


「これは、アレキサンドライト? ……では、あのアルとかいうのは。いや、違う。こちらがアンソスか」


 その推察を肯定するように、アシェルは頷いた。レディへと振り返ることはなく、その恍惚とした視線をいばら姫へと向けたままで。


「そうよ。この子は月の泪によって生成された、アレキサンドライトの複製体。どう? 美しいでしょう? 複製体と言っても、ただのコピーではない。月の泪の持つ無窮の叡智によって翻案され、抜本的に改良された、ヒトもゴーレムも超越する究極の存在。地球生命の最終到達点そのもの。これこそ、究極の美と言って過言ではない」


「……それで、あなたはこれを飾って楽しむために?」


 レディはアシェルの言葉を鼻で笑い、挑発的な皮肉で牽制を仕掛けるが、アシェルの方はそれを無視して話を続ける。


「けれど、この子には魂が無い。当然よ。石があれを解析したとき、まだあれ自体に魂が宿ってはいなかったのだから。……しかしながら、今ではその問題にも片はついた。オルガノンを手に入れたことによって。これも、あなたにはゴシェナイトと言った方が通りが良いかしら?」


「ゴシェナイト? なぜあなたがそれを知っているのです? あれは最高機密段階のまま途絶したプロジェクトです。いくら財団の筆頭理事と言えど」


「エメラルドは私のものよ、カルサイト。私はただの飾りではない」


「……恐れ入ります、と言っておきましょう。それで?」


「月の泪の無窮の叡智を解析し、人間の手によってそれを稚拙ながら再現した最先端・最後発のAIシステムを核とする、ゴシェナイト。それは、既存のゴーレムの情報と、この子しか持たないアスタリスク由来の性質との懸け橋であり、この子に誰よりも優れた魂を授ける足掛かりとなってくれる」


 そう言って、アシェルはポッドに接続されたコンソールへと手を伸ばし、愛撫するような手つきでその操作を始めた。


「さあ、すべての用意は整った。目覚めなさい、”スティグマ”。私の愛しい最後の娘」


 スティグマ。

 レディはその名前に意識を向ける。

 さまざまな意味合いが想起される言葉だが、そのどれが由来かまではすぐには特定できない。

 いずれにせよ、名前など所詮はただの記号でしかなく、由来などがあってもそんなものはアシェル・オーラーム個人の思い入れ以上の意味などは持ちえないだろう。

 レディはそう判断を下し、口を挟むのをやめて静かに事態を見守ることにした。


 視線の先で、ポッド内部の封印解除作業が進み、やがてその前面パネルがゆっくりと開き始めた。

 急速解凍による蒸気のモヤが場に漂い、見ようによっては神秘的とも言える雰囲気の中、銀髪の少女が静かに目を開けていく。

 アルの、アレキサンドライトのものとは違う、翠色に輝く瞳。


「おはようございます、マザー」


 目を覚ましたいばら姫が澄んだ声を響かせると、それに応えるように、アシェルも普段は見せない穏やかな表情を浮かべ、微笑んだ。

 そんな二人の間に水を差すように、レディは冷たい表情のまま、言葉を発した。


「まだ、すべてをお聞きしておりません。それで、結局あなたはなぜこれを?」


 アシェルはまたもレディを無視し、目の前の少女に視線を釘付けにしたまま、優しく語り掛け始める。


「さあ、スティグマ。その目で見なさい。その耳で聴きなさい。その魂で感じなさい。世界のすべてを。世界の美しさも、醜さも、すべてをただありのままに。そうしてあなたが何を以て世界の運命の行きつく先と見出すのか。それを私に示してほしい」


 その願いに、少女は天使のような笑みを浮かべて答える。


「よろこんで、そうさせていただきますわ、マザー」


 原罪の穢れなき、純真無垢そのものの表情。

 その答えにアシェルは満足そうな笑みを浮かべると、そこでようやくレディの方へと振り向いた。その表情は、既にいつものような冷たい虚無を思わせるものへと転じていた。


「そういうことよ、カルサイト」


「……あなたは、神をも畏れぬお方だ。それが、よく分かった気がします」


 この女は、自分自身の手で神を創り出すつもりでいる。


 そんなレディの刺すような視線に対し、アシェルは挑戦的な笑みを浮かべて応える。


「そうかしら?」

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