[22*たちむかうべきもののしょうたい ]
ステラは、奇妙な空間へと案内された。
無数の顔の無い彫像が無造作に打ち捨てられた異様な光景。
エノクに案内されながらその空間を進んでいくと、ノミを打つ音が周囲を複雑に反響するのに混じって、その向こうから無機質な老女の声が響いてきた。
「ここだけ片付けてしまいたいの。少し待っていてちょうだい」
その声は、非礼を詫びるようなニュアンスは欠片も無く、かといって自身のワガママを押し通そうとする嫌味のようなものも感じられず、ただただ淡々としたものだった。
それに、こちらの許諾の返事を求めている様子もなく、ステラはどうしたものかと立ち尽くす。そんな二人の様子にエノクは苦笑いを浮かべながら、ステラを傍のテーブルへと案内した。
そこには、紅茶のセットが用意されていた。
「先に始めていて。お口に合うと良いけど」
純然たる社交辞令でしかない言葉。それを隠そうとも、繕おうともしない態度。
ステラはその老女を無表情に見つめながら、席に着いた。
それに合わせて、すぐにエノクが紅茶を淹れてくれる。
「……結構な上物じゃない、これ? こんな嗜好品、こんな場所でどうやって調達しているの?」
ステラのその素朴な疑問に、エノクはただ肩をすくめるだけで答えた。
そうしている内に、老女が優雅な身のこなしで近づき、ステラの向かいの席へと静かに腰を下ろした。
「それで? 過去を知ってどうしようと言うの? それほど面白い話ではないわよ、あなたにとっては、特に」
「……私のことをご存じなんですか?」
老女はそれには答えず、その代わりに微かに嘲るような薄い笑みを浮かべると、あらためてステラに紅茶を勧めた。
「どうしたの? 紅茶はお嫌い? コーヒーの方が良かったかしら?」
ステラは目の前の紅茶を静かに見下ろすと、カップを手に取り、その中身を一気に飲み干して見せた。
「いえ、コーヒーは好きじゃないんで。紅茶、美味しかったです、ごちそうさま」
老女は、そのステラの行動に満面の笑みを浮かべて喜んだ素振りを見せる。
「そう、良かった。私もコーヒーというものはどうにも口に合わないの。もう一杯いかが?」
「結構です。本題をお願いします、マザー・アシェル」
「せっかちな子ね」
そう言って老女は朗らかに笑い、紅茶に一口つけ、静かに話を始めた。
「……戦後、不完全な終末を生き残ってしまったヒトとゴーレムは安住の地を求め、さまよい、やがてその一部はこの地へと流れ着いた。そこにはもはや敵も味方もなく、彼らは互いに肩を寄せ合い、手を取り合い、力を合わせることで日々を生き抜いていた。……それは、敬虔なエノンズワードの信徒から見れば忌むべき異端の光景かしら?」
マザー・アシェルが薄笑いを浮かべ、試すように言葉を投げかける。
ステラは黙ってそれを無視することで、続きを促した。
その反応にアシェルは満足したように微笑むと、静かに話を再開した。
「そうして数世代が経過し、やがて、二人の若者が文明の再興という幼稚な夢を抱き、活動を始めた。一人は幼いころに、かつて人が月に行ったという話を聞き、その事実の虜となった。成長した後もなお、その無邪気さはまったく変わらなかった。もう一方は、自分がかつてこの地に存在した王族の末裔だなどと根拠もなく信じ、自分こそが史上最も繁栄した文明の王になるのだと、自分勝手な確信を抱いていた。どう? 二人とも幼稚でしょう? あまりにも」
そこでアシェルは一旦言葉を切るも、別にステラの反応を求めている様子もなく、まるで独り言のように話を続ける。
「そうして二人はなけなしの資源を無駄遣いし、廃墟から掘り起こした機械を酷使し、盲目的でデタラメな道を邁進し続けていた。そんな中、東方から宣教団がやってくる。正確には、宣教団に偽装した、異端審問局の諜報員たちが。その中心人物は、カガン、ケイス、そして、ラヴィの母オーロラ。どう? 案外世間って、狭いものでしょう? ……いずれにせよ、そうした異物の混入により、事態はあらぬ方向へと転がり始めた。最初のきっかけは、アメルとオーロラ。二人は真反対の性格ながら、すぐに互いに共感を抱き、惹かれあっていった。お互いに本来の目的を忘れ、二人だけの世界に没頭していった」
「……そうして、ラヴィが産まれた?」
ステラは思わずそれを呟くが、アシェルはそのまま独り言を続けていく。
「それと前後して、戦場跡から損壊したゴーレムが回収された」
「それが、アルガダブ?」
「紆余曲折を経て、それはどうにか修理された。再起動した彼は、人類への憎悪から幾度となく暴走を繰り返したものの、アメルの粘り強い説得が功を奏し、彼らはその交流の中で少しずつお互いに変化を見せ始めた。やがてアメルは、娘のためにより建設的な未来を手渡してやりたい気持ちになっていった。ヒトと機械が協力して、未来へとともに歩んでいける文明を。心を入れ替えつつあったアルガダブもそれに賛同し、戦時中に自分たちが使っていた工廠の場所を教えた。そこには、生きた電力プラントと、潤沢な資材と、それを加工できる設備が残っていた。彼らは、それさえあればなんでもできると思った。文明は再興できる。平和的に。建設的に。そこまでは、何事も順調なように聞こえるでしょう?」
「でも、そうはならなかった」
「”彼ら”の中に、いつの間にかライドの居場所は無くなっていた。そのことに気付いた”王様”は、狂ってしまった。衝動的にアメルを殺害し、アーセナルを掌握した。そして、それからすぐさまリベルタスを急襲した。自分から同志を奪ったとの逆恨みから、オーロラをも殺し、その娘を自分の真の同志として育てるべく、奪った。そうして彼は、自分の王国を、ヴァンガードを、組織した」
「アルガダブは、それでダーギルに復讐するためにレムナントを? でも、どうやって? 彼はどうやってレムナントの戦力を?」
アシェルはその問いにすぐには答えず、黙ったままステラに対して試すような視線を向ける。
「……あなたが、黒幕ってこと?」
その言葉をアシェルは期待外れとでも言うように鼻で笑い、続ける。
「違うわ。私と彼は、対等な協力関係にある。お互いに求めるものを提供しあう関係」
「何を?」
「私は彼に、砂漠の深い奥地に存在するエメラルド社の軍用機研究施設の位置を提供した。それを使い、彼はレムナントを組織した」
「それで、あなたは見返りに何を得たの?」
「人手を。探し物を手に入れるための人手を」
「探し物?」
「それを言うつもりはない」
そうキッパリと言い切られ、ステラはそれをいぶかしみながらも、この場は引くことにした。どうせ、深追いしても軽々と逃げられるだけだろう。
それに、今はもっと他にハッキリとさせておかなければいけない事がある。
「……だいたい分かった。けど、もうひとつだけ。もしかしてだけど、ダーギルの暴走の陰には、それを扇動した何者かが……」
そう言いよどむステラに対し、アシェルは冷たい微笑を浮かべながら一つの確認をした。
「私は、思いやりというものに価値を感じない。だから、率直な言い方になるわ」
その冷たい視線を、ステラは軽く深呼吸してから、しっかりと見つめ返した。
「覚悟は、している」
「ライドを唆したのは、当時すでに頭角を現していた異端審問局の精鋭、ヴィクトル・カガン。そして、当然その命令を出したのは、当時の枢機卿を越え、実質的な全権をすでに握っていた副局長、シムルワース・アルヴェイン。彼は一連の情勢を利用し、機械の反乱、終端戦争の再来の防止を大義名分として、ヴァンガードへの支援という形で、中東への非公式の間接的介入に乗り出した。自身の教皇庁内での権威をより強固なものとするために。そして、おそらくは彼自身の欲を満たすために。彼自身もまた、ヴァンガードという手足を使い、この砂漠で宝探しをしている」
「……アスタリスク?」
「そう。終端戦争の引き金となった、”世界を変える力を持つ秘宝”」
「アスタリスクって、なんなの?」
「もちろん、賢者の石よ。古の錬金術の秘宝。その伝承の元となったもの。聞いたことぐらいはあるでしょう? 実際には、卑金属を金に、なんてレベルにとどまらない、人の、あらゆる知性体の持つ強い願いを、なんでも叶えてしまうという厄介な力を持つ代物だけれど」
「正気? ふざけているの?」
「自分の理解の及ばないものは、頭ごなしに否定し、排除する。人間の悪い癖ね。あなたが何を信じようが信じまいが、現実に世界はアスタリスクの力によって変わった。機械は自我に目覚め、ヒトの体は歪に変容し、魔法まで使えるように変化した。そして、その力は、あなたの心臓だって治せるかもしれない。その可能性に賭け、ジャック・ブライトネスは自らアルヴェインの犬になり下がったのかもしれない。この中東の戦争状況は、あなたの父にも責任の一端はあるのかもしれない。多くのヒトとゴーレムの命が奪われ続けているこの戦争は、あなたの為のものなのかもしれない。少なくとも、その原因の一部は」
その畳みかけるような言葉に、ステラの心臓が早鐘を打ち始める。
息が苦しくなる中、それをどうにか抑え込み、最後の質問を得体の知れない老女へと投げかけた。
「あなた、何者なの? なんでそんなに何もかもを知っているの?」
「妄想よ」
「え?」
「すべて、私の自分勝手な想像に過ぎない。もしかしたら、まったくの見当違いのデタラメをまくし立てているだけなのかもしれない。……そうだと良いわね、あなたにとっては」
そう言って、老女は明るい笑みを浮かべて見せた。
あからさまな、作り笑い。
ステラは、ただ黙って、それを無表情に見つめ返した。
その会合がつつがなく終了した少しあと、突然の侵入者が現れたとの報を受け、エノクは急いで現場へと向かった。
「こんな場所に隠れ潜んでいるとはな。随分と探し回ったものだ」
「セラハ様⁉」
その侵入者の姿を一目見た瞬間、エノクは思わず幽霊でも見たような声を上げていた。
「よく間違われるよ」
そう鼻で笑う侵入者の姿は、よく見れば見知った人間本人ではありえなかった。
ゴーレム。マザー・アシェルの”娘”である、セラハ様によく似せて作られた人形。
そのすぐ傍には、護衛であろう岩男と狐女が控えている。
「君は、そうか……。噂ぐらいは耳にしたことがあるよ。君も生き延びていたのか」
「そんなことより、ブライトネスの娘がここに居るはずだが、案内してくれないだろうか?」
とりあえずの仮住まいとして宛がわれた個室の中で時間を持て余していたステラは、ノックも無く突然扉を開けて入ってきた珍客の姿を、驚きながら見つめた。
珍客は、そのまままったく悪びれる素振りも見せず、ズカズカとステラに近づいてくる。
「やあ、久しぶりだね」
「……あんた、あの時の変な人。確か、レディとか呼ばれてた。なんでこんなとこに」
その、変な人、という率直な評価に反応したのだろう。扉の向こうに控える狐女がクスリと笑いをこぼした。
それに対し、レディは露骨な憤りを見せて声を張り上げた。
「ロック!」
「だからなんで俺なんすか」
なんなんだろう、この人たちは。
ステラがそう呆気に取られていると、レディはあらためてステラへと振り返り、話を始めた。
「まあとにかく、君さえ無事ならジャックはすぐには極端な道には走らんだろう。すぐにお友達を連れて、カガンの視界の内に戻っておくことだな」
「待って、ジャックって父の事? あなた、本当に何者?」
レディはそれを完全に無視し、今度は部屋の入口で様子をうかがっているエノクの方へと視線を向けた。
「さて、本題だ。アシェル・オーラーム様に会わせてもらおうか。早急に確認したいことがいくつかある」
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