[ 21*じゆうとふじゆうと ]

 見渡す限りの人の死体と機械の残骸の山。

 その光景を、レディは冷ややかに見つめる。


「よくもまあ、元気があり余ってるものだな。……しかし、ここも荒らされているとは。やはりエメラルドの機密は漏れているということか」


 まあ、あの戦争のドタバタと、それからの二百年以上という時間の経過。

 さもありなん、という話ではあるのかもしれないが、とはいえ、自分としてはあの混乱の中で取れるだけの対策は取ったつもりでいたのだが。

 その対策は果たして破られたのか、あるいは。


 レディがそうした思考に没頭する中、背後から護衛の岩男が緊張感のない呑気な声を響かせて言った。


「いやあ、ここは血生臭くて敵わないですぜ。レディ、考え事ならとりあえずここを離れてからにしやしませんか?」


 レディは思考の流れが途切れるのを嫌い、その邪魔な言葉を無視した。

 そんな主の態度に対し、狐女の方は何やらイタズラっぽく笑うと、傍らの岩男へと囁いて言った。


「本当に聞こえてないんですかね? それとも聞こえてないフリして無視? あの人、結構な鉄面皮さんですからねえ」


「おいバカ。やめとけって、不敬だぞ」


 そんな二人の呑気さにイラついたレディは、仕方なく釘を刺すことにした。


「聞こえてるぞ、ロック。あとで覚えておけ」


「え、なんで俺だけ⁉」


 ロックが何やら抗議の言葉をわめき出したことで、逆に騒がしくなってしまったものの、レディはそれも気にせず思考を続ける。


 ヴィクトル・カガンがコソコソと動き回っているのも気がかりではあるが、あいつ自身はただの兵隊アリに過ぎない。裏で糸を引いているのは誰か、どのレベルでの判断なのか。

 東方で何が起きているのかも確認する必要はあるが、いずれにせよ、そちらは後回しでいいだろう。

 今は先に確認すべき事項が存在する。


「……アシェル・オーラーム。やはり直接ぶつかるしかないか」





 戦闘の後、街に戻ったラヴィは、ケイスの工房で落ち着かない気分で過ごしていた。

 ステラもアルも戦闘の中ではぐれ、まだどちらも戻ってはきておらず、無事かどうかの確認すらもできてはいない。

 そんなラヴィの不安を鎮めるように、ケイスは優しさの滲む声音で言った。


「あいつらならきっと大丈夫さ」


「あたしだって、そう信じたいけど……」


 その会話の間に入るように、ケイスの手で調整を受けているグリズリーも言葉を発した。


「私の調整が済み次第、すぐに捜索に向かいましょう。それまでは、今は彼女たちの無事を信じて、お待ちください、お嬢様」


「ビー……、そうだな。……でも、なんか、まだ慣れないな、お前が言葉喋ってるの。とりあえずそのお嬢様、ってのやめてくんない? なんかむず痒いよ」


「そういうわけにはまいりません。私は、あなたのお父上に多大なる恩義がございますゆえ。……あの戦争で一度は命を失った私を、と言いますか、私のバックアップデータを抱えた子機を、回収し修復してくださいましたのがあなたのお父上であります。この命は、アメルさまが与えてくださったもの。ならば、アメル様の忘れ形見でございますあなた様に尽くすということは、そうあるべき道理そのものと言って過言ではございますまい。そして、幸運にもあの施設において新品の同型本体ボディを手に入れることが叶った今、私はこれまで以上にお嬢様の力となることを誓いましょう!」


「あーもー、何言ってんのか分かんねえ。普通に喋ってくれ、普通に」


「いたって普通に喋っているつもりですが」


「分かったよもう、勝手にしてくれ」





 その直後、工房へと突然の闖入者が現れた。

 ライド・ダーギル。数人の部下も引き連れ、何やら物々しい雰囲気を漂わせている。


「邪魔するよ、ケイス。その戦闘ユニットはこちらで接収する。レムナントの罠かもしれないからね」


「待ってくれよおじさん」


 慌ててそれを止めようと口を挟むラヴィを抑え、ケイスがその代わりとしてダーギルへと向かい合った。


「調査はこちらでやっている」


「悪く思わないでくれ、ケイス。長い付き合いだ、信用していないわけじゃない。だからこそ、これまでそれなりの自由は融通してやってきただろう? けれど、念のためだ。設備もこちらの方が整っている」


 それに対しケイスがさらに反論しようとしたのを、今度はラヴィの方が抑えて口を挟んだ。


「おじさん、ビーが捕まえてくれた、あのハジーンってのはどうなったの?」


「解析中だよ。セキュリティの突破に難航してはいるけど、まあ、それも時間の問題だろう。レムナントの幹部を鹵獲できたなんて、大手柄だよラヴィ、よくやってくれた。これで連中の実態を詳しく知ることができるだろう」


 上機嫌でまるで歌でも歌うようにそう言うダーギルを、ラヴィは冷ややかに見つめながら続けた。


「解析? あいつの頭をいじくってるってこと? そんなやり方って……。あいつらだって……」


 そう言いかけるラヴィの言葉に被せるように、ダーギルは優しく諭すような声音で後を続けた。


「あいつらだって、心がある、かい? それとも、魂が、かな? ラヴィ、自分が何を言っているか分かっているのかい? 前にも言っただろう、あれはただの機械だ。人間の精神を模倣しているだけの機械だ。生き物ではないんだ」


「でも」


「分かっているよ、ラヴィ。君は優しい子だ。そして、感性の豊かな子だ。君が心を痛めるようなことはしないと約束する」


 そう言うと、ダーギルは部下に目配せをし、グリズリーの接収を始めた。

 ラヴィはそれを止めようととっさに動きを見せるも、それはダーギルに肩を掴まれたことで止められた。


 ダーギルの指が、痛いほどの力で肩に食い込むのを、ラヴィは感じる。


「分かっておくれ、ラヴィ。これは、アメルの、君のお父さんの夢のためなんだ」


 そう言い残し、ダーギルは去っていった。

 その後ろ姿を、ラヴィは冷たく無表情に見つめ続ける。


 それからしばらくの間、工房の中を重い沈黙が流れたあと、ラヴィは大きな溜め息をついて、ケイスへと尋ねた。


「……アル、ステラ、それに、ビーまで居なくなっちゃった。師匠は、いなくなったりしないよね」


 その問いに、ケイスは真剣な表情で静かに答えた。


「もちろんだ。俺は、ずっとお前の傍にいる」





 工房を出てしばらく歩いたあと、ダーギルはそちらを振り返って冷たい視線を送った。ラヴィの、自分に向けられる冷たい視線を思い出しながら。


「……結局のところ、半分はあの女の血というわけか」


 ダーギルはそう吐き捨て、ラヴィの残る工房に背を向け、また歩き出した。





 ステラは、目を覚ました。

 疲労感の残る体を起こし、周囲を見渡す。

 見覚えのない風景。明るい光で満ちた、病室か何かのような場所。その清潔なベッドの上。

 

 視線を横に向けると、異端審問官の少年の姿もあった。

 同じようにベッドに寝かされ、その上掛け越しに、軽く包帯を巻かれた傷だらけの体が見える。

 その傷のほとんどは、昨日今日できたものではないようだ。


 そうこうしていると、少年の方も目を覚まし、ステラの視線に気づいてそれを咎めるように声を発した。


「何を見ている」


「別に。どんな人生送ってきたんだろう、って」


「つまらん人生だ。枢機卿猊下のご令嬢に比べたらな」


「何それ、皮肉のつもり?」


 少年はそれには答えず、沈黙した。


「で、あんたは、あんたの上に居る連中は、何を考えて私をこの砂漠に縛り付けてるの?」


「知らん。知る必要が無い。俺はただの道具だ。道具が何を知る必要がある?」


 その考え方はまったく納得ができないが、この少年がそう教育、というか洗脳されていることは事実なのだろう。異端審問局という組織の性質を考えれば、それは不思議なことではない。ならば、これ以上この少年を追求したところで意味はない。

 ステラはそう考え、話を別の方向へと切り替えた。


「じゃあ、せめて名前ぐらいは教えてよ」


 少年は、それにも答えない。

 それに対して、ステラは露骨に呆れた様子を見せ、続ける。


「別に詮索してるわけじゃない。偽名でもあだ名でもなんでもいい。名前が無ければ呼ぶのに不便ってだけ」


「俺を呼ぶ必要も、話しかける必要もない。俺という個人は存在しない。異端審問官は、アークトゥルスの実行力そのものだ。組織の手足に過ぎない俺に、名前など必要ない」


「分かったわよ、この頑固者」





 その会話のあと、ステラはとりあえずこの場がどこなのかを確かめるべく、動き出そうとした。

 しかし、それに先んじるように何者かが室内へと入ってきたため、とっさに身構え、その姿を観察した。


 柔らかい曲線を多用しつつも、一目で機械と分かる見た目をしたゴーレム。

 それが、いかにも温和な声音を響かせ、話しかけてきた。


「あら、二人とも目が覚めたのね」


 ステラは、その機械を油断なく無表情に見つめる。


「あなた、ゴーレム? ここはどこ? 私たちは、レムナントの捕虜にでもなったってわけ?」


 ゴーレムがそれに答えようとするのを遮り、さらに奥から別の存在が姿を見せた。

 見覚えのある少年。戦いの中、意識を失う直前に見た光景を思い出す。


「それは、僕から話すよ、ステラ姉ちゃん」


 ゴーレムがその姿にうやうやしく頭を下げる中、少年はゆったりとした足取りでステラの傍へと歩み寄る。


「エノク? どういうこと?」





 エノクはステラのすぐ目の前まで来ると、いつものように屈託のない笑みを浮かべた。

 そうしてようやく、ステラはその正体に気が付いた。


 薄暗いケイスの工房では見分けることはできなかった。

 先入観のせいもあったのかもしれない。


「あなたは……」


「そう、僕はゴーレムだよ。どう? よくできてるでしょう? エメラルドのコンセプトモデルほどではないけど、それに準ずる技術は使われているから」


「……それで、ここは? エテメンアンキ、じゃないわよね」


「ここは、リベルタス。新リベルタスと言うべきかな?」


「リベルタス?」


「そう。ヒトとゴーレムの共存するコミュニティだよ」


「ヒトとゴーレムの共存……?」


「……かつてはもっと活気があったんだけどね。懐かしいな。今では失われてしまった、旧リベルタス。真の自由の地」


 そこでエノクは一旦言葉を止め、小さく溜め息をつき、子供じみた笑顔を消して続けた。


「アメル・アトルバーンとライド・ダーギルがともに夢を追い、終端戦争で一度は命を落としたアルガダブが彼らによって再び命を吹き込まれた地。そして、ラヴィ・アトルバーンが生を受けた地でもあった。……知りたいかい? この戦争ごっこに根差す、どうしようもなくくだらない始まりを」


 その問いかけに、ステラは無言で返す。

 それに対し、エノクはいつもとは違う妖しい笑みを浮かべ、続けた。


「そう、君は知るしかない。ここまで首を突っ込んでしまったからには」

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