[ 20*ちからにはちからで ]

 立ち上る土煙が、ゆっくりとかすむように消えていく。

 奇妙な静けさの中、ステラは呆然とその光景を見つめた。

 床の大部分が崩壊し、大穴がぽっかりと口を開けている。ラヴィとアルガダブ、そしてアルの姿はどこにも見えない。

 ステラは落っこちないように気を付けながら、穴の縁に立ち、その下に視線をやった。

 穴は下の階も貫き、地下にまで達しているようだ。ここからでは暗すぎて底がどうなっているかは分からない。


「ラヴィ! アル!」


 大声で呼びかけるも、反響以外の音は何も返ってはこない。


「……どうしよう」


 このまま降りていこうにも、足場になるような部分が見当たらない。

 とりあえずは、他の場所から階段なりで下へ向かうしかない。

 そうしてすぐに移動を開始しようとしたステラの視界の奥で、何かが動いた。


 ダーギルが笑い声を上げ、この場を去ろうとしている。

 明らかにラヴィの身を案じているような態度ではない。


「どこいくの! あんた、ラヴィを見捨てるつもり⁉」


 ダーギルはその叫びがまったく耳に入っていない様子で、悠々とした態度でその場を去っていった。

 ステラは悪態をつき、今はとにかくラヴィたちの無事の確認を優先しようと、別の方向へと走り出した。

 しかし、その視界の奥でレムナントのゴーレムたちが迫りくるのが見えたため、またすぐに足を止めることになった。

 ステラは、その敵の集団を睨みつけ、苛立ちを露わに叫んだ。


「居るんでしょ! 見てるんでしょ! もうバレてるんだから、もったいぶってないでさっさと出てきて私を助けなさい!」


 直後、いつものようにどこからともなく異端審問官の少年は現れ、ステラの盾となりつつも、その背中ごしにチラリとステラの方をうかがって見せた。


「いいからさっさと蹴散らしなさい! こんなとこで時間食ってる余裕はないの!」





 暗い地の底で、ラヴィは痛みに悶えながらゆっくりと体を起こした。

 天井に開いた穴から注ぐ微かな光を頼りに周囲を見渡すと、すぐ近くでアルガダブが立ってこちらを観察しているのが見え、ラヴィはとっさに身構えた。

 それに対し、アルガダブは静かに諭すような落ち着いた声で言葉をかけた。


「もう二度と戦いの場には出てくるな。お前の父は、アメルはそんなことは望んではいない」


「父さんの名前を出すな!」


 ラヴィは雄叫びを上げ、銃を構えた。銃口と視線をアルガダブに据えつつ、その視界の隅でフリスビーを探すが、近くにはいないようだ。


「お前の父は、ヒトとゴーレムの共存を夢見ていた。かつて、俺もそれに賛同した。機械を奴隷として行使することによる見境の無い文明再興など、ダーギルの世迷い言でしかない」


「だから、証拠は!」


「無い」


「だったら、信用するわけないだろ」


「信じろとは言っていない。信じられないのならば、信じなければいい。敵の言葉など信じず、優しい育ての恩人に縋り続ければ良い。……けれど、そうではないと言うのなら、疑いを抱いてしまっているというのなら、そのこと自体が答えなのではないか? 何を信じるべきかなど、結局は自分自身の中にしか答えはない。それは、けっして外に求めるべきものではない」


「はぐらかすな!」


 アルガダブはそれ以上は何も言わず、ラヴィに背を向けて闇の向こうへと歩き去ろうとし始めた。

 ラヴィはその背中に向かって威嚇の射撃をするが、それにもアルガダブはチラリと振り返っただけで、足を止めはしない。

 もう一発、さらに一発。しかし、その弾丸はアルガダブの背中の装甲をただ滑るだけで、今度はもう、アルガダブを振り向かせることすらなかった。

 ついには弾も切れ、ラヴィは力のすべてを失った。





 それでもラヴィはとにかくその姿を追い、がむしゃらに駆けだした。

 しかし、その前へと突然に上方からハジーンが飛び降りてきて、立ちはだかった。


「久しぶりね、やかましいお嬢ちゃん。さて、スルールの言ってたこと、試してみようかしら。あなたを殺せるかどうか。無理だとして、いたぶることぐらいはできるかしら。どこまでなら、できるのかしら? 私にそのつもりが無くても、結果的に死んでしまう場合は? どうなるのかしら? 楽しみね」


 訳の分からないことを口走りながら、ハジーンがゆっくりとにじり寄ってくる。

 ラヴィはその姿を見据えつつ、その圧に押されるように後退する。

 ラヴィが一歩後退すると、その隙間を埋めるようにハジーンが一歩前進する。


「どうして逃げるの? 私には何もできないかもしれないのに。あなたを傷つけることは私には認められていないのかもしれないのに。ただの道具を、ただの奴隷を、どうして恐れるの? ……自分たちが何をしてきたかを、自覚しているからでしょう?」


 ハジーンはそう言って、ベールの向こうで歪んだ笑みを浮かべた。

 ラヴィはそれにおぞましい恐怖を感じながらも、どうすることもできず、ただゆっくりと後ろへ下がるしかない。

 しかし、その背中がついに壁に触れてしまう。

 ラヴィはもうこれ以上下がりようがないが、ハジーンの方は変わらない笑みを浮かべながら、もったいつけるように更に速度を緩め、ゆっくりとにじり寄ってくる。


 次の瞬間、ラヴィとハジーンの丁度間ぐらいの距離、その右手側の壁が突然崩れ落ちてきた。

 違う。何者かが壁を打ち破って現れ、そのままラヴィを護るようにハジーンへと向かって立ちはだかった。

 機械。アルガダブに匹敵するほどの巨体。全体的に角ばった無骨なそのフォルムは、どことなく戦車を思わせる。そのイメージを裏付けるように、全身にはいくつもの重火器が備え付けられ、更には履帯までもが付けられている。また、その胴体には一対ずつの腕と脚が生えていて、かろうじて人型と呼べなくもないが、どちらかと言えば人というよりは熊という方が近い。

 その、まるでグリズリーのような機械はハジーンに向き合ったまま、胴体のてっぺんに付いた円盤を回転させ、その先端の光学センサーをラヴィへと向けて、言葉を発した。


「ご無事ですか、お嬢様!」


 その突然の言葉に、ラヴィはただ困惑する。


「お嬢……え? あたし?」


「私です、フリスビーです! この場は私にお任せください、お嬢様!」


「フリ……、おま、ええ⁉」


 ラヴィが呆然と立ち尽くす中、グリズリーはハジーンへと獰猛に襲い掛かった。


 ハジーンはそれに対して必死に立ち向かうも、その圧倒的な戦闘能力の差は歴然としたものだった。

 すぐにハジーンは撤退に転じる素振りを見せ始めたが、グリズリーはそれにも素早い動きで対処し、力ずくでその身柄を抑えこんだ。


「は、放しなさいよ、このバケモノ!」


「黙っておとなしくしていろ、賊め!」





 地下でそうした事態が進行する一方、その上方では、異端審問官の少年の戦いは続いていた。

 しかし、敵の数は多く、倒しても倒してもキリが無い。

 少しずつ少年の息は切れ始め、追い詰められていく。


 その後方から、ステラは焦燥を滲ませながら言葉を投げかけた。


「……このままじゃジリ貧ね。意固地になりすぎて、引き時も見誤った」


 戦いの流れの中で、完全に周囲を数の暴力で厚く取り囲まれてしまっている。


「まあ、どっちにしてもラヴィとアルを見捨てて自分だけおめおめと逃げ出すなんてマネ、できるわけないけど」


 けれど、ここでやられてしまってはいずれにしても意味はない。

 ステラは必死に頭を回転させるが、結局それはただ空転するだけで、前進のための動力とはなってはくれない。


 少年はまた立て続けに三体のゴーレムを打ち倒して見せたが、それも焼け石に水でしかない。

 その残骸を踏み越えて、さらに多くのゴーレムたちが迫ってくる。

 言葉を発しはしないものの、明確な殺意を、人類への底なしの憎悪を、たぎらせながら。


 ついに少年は動きが鈍り始め、敵の攻撃を受けて傷を負ってしまった。

 その敵のことは強引に返り討ちにするも、足元がふらついて膝をついてしまう。


 ステラはとっさに少年の名を叫ぼうとしたものの、知らない名前は呼びようがない。

 そんなことすらもできない自分の無力さに打ちひしがれながら、とにかく少年の傍へと駆け寄り、その傷を癒そうと手を伸ばす。

 しかし、すぐにそれを遮るように、少年のかすれるような声がこぼれた。


「無駄だ。傷だけをふさいだところで、この状況はどうしようもない。……すまないな、俺ができそこないなせいで、お前を護りきれなかった」


「黙りなさい。そんなの認めない。あんたも私も、無力なできそこないなんかじゃ、絶対にない。そんなの、絶対に認めない」


 力を振り絞り、少年の傷を癒していく。

 少年はそれに応えるようにまた立ち上がったが、消耗した体力までは治しようがなく、すぐにまた膝をついてしまう。

 ステラの方もなけなしの力を使ってしまったことにより、心臓が悲鳴を上げ始めていく。


 ここで終わりなんだろうか。

 そんなの、認めたくない。


 薄れていく意識の中、ステラは敵の集団が突如として混乱を始めたのを見た。

 奥の方から別の集団が現れ、敵の集団を強引にかき分けるように突破し、こちらに向かってくる。

 ゴーレム。いや、それだけではない。人間の姿も混じっている。

 ヒトとゴーレムの混成集団。しかも、その先頭には見知った少年の顔がある。


「……エノク?」


 そこでステラの意識は限界を迎え、途切れた。





 姿を消しつつ、一連の状況を傍観していたカガンは、その光景を眺めてクツクツと笑った。


 あのできそこないは更なる醜態をさらし、あやうく護衛対象まで死なせてしまう事態ともなりかねなかった。あらためて厳しくしつけ直す必要があることだろう。

 けれど結果的に、本当にギリギリのところまで介入を控えて粘った甲斐はあったようだ。


 視界の中、ヒトとゴーレムの混成集団は護衛対象と七号を回収すると、そのまま敵の群れをかき分け、素早くその場を撤収していった。


「どうやら、思いがけず海老で鯛を釣ってしまったようだな」

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