[ 19*しょうとつすることば ]
潜り込んだエメラルドの施設跡の奥、スルールは苦労してようやく復旧させたコンソールを操作しながら、画面に表示されるデータに素早く目を走らせていく。
「……いばら姫よりはずっと楽に辿り着けたのは良い事なんだろうけどさ」
オルガノン。
アルガダブが次に求めたもの。というよりは、その向こうに居る存在が求めているもの。
いずれにせよ、提示された識別コードとも一致する。このデータが目的のもので間違いはない。
「オルガノン、ねえ。仰々しい名前をしているからどんな代物かと思えば、ただのデータじゃないか。いばら姫にしろ、これにしろ、変にもったいぶったこの言い換えは、誰のセンスなんだか」
スルールは呆れたようにそう言うと、単純な興味本位からそれを複製し、高度に暗号化されたその中身の覗き見を始めた。
「プロジェクト・ゴシェナイト? 宝石に由来する名称ねえ。エメラルドのコンセプトモデルの命名規則を彷彿とさせるけど、聞いたことのない名前だな」
好奇心に煽られるようにコンソールを操作する指を走らせ、さらにデータの解読を進めていく。
ゴシェナイト。
終端戦争の勃発により実機が製造されることなく終わった、その幻の最新機種の設計データ。
構造の末端となる肢体そのものには真新しい要素はないものの、その思考を司る頭脳部分においては、ハード・ソフト両面で既存のアーキテクチャを大きく逸脱する、抜本的な構造的新規性が認められる。
そして、その構造はアスタリスクの持つ極めて高度な情報処理能力を模して研究が進められたものだとの記述も付されている。
「”アスタリスクの持つ極めて高度な情報処理能力”? このアスタリスクって、あのアスタリスク? ……ふーん?」
そのおおよその内容を読みきると、スルールは複製データを削除し、元データの方を手持ちのデータカードへと転送を始めた。
それが完了するのを待つ間、スルールは暇を持て余し、せっかくなので他の情報も盗み見しながら暇をつぶすことに決めた。
「こっちはアレキサンドライトとアスタリスクの接続実験の詳細なデータ? それとこっちはトランスミューテーション? アンソスの形成? ……へえ、なるほどねえ」
色々と見覚えのある名称が踊るものの、正直、何が何やらさっぱりだ。
それはおそらく、今この砂漠でワチャワチャやってる皆にとってもそうなのだろう。
ということは、これは他に先んじる上で重要な意味を持つはずだ。使いようによっては、強力な武器にもなるだろう。
「ま、余禄ってやつだね。これは個人的に頂いておくとしよう」
そう言ってスルールはコンソールと自身の接続を試みるも、直前でそのうかつな行動を思いとどまった。
「……腐ってもエメラルドの機密情報か。直で自分の頭に入れるのはちょっと怖いな」
代わりになる入れ物はないかと周囲に視線を走らせると、すぐ傍にタブレット端末が転がっているのが目に入り、スルールはそれを拾い上げ、眺めた。
翠色の何やら不思議な質感の特殊素材のカバーをされた、データタブレット。
スルールはそれで満足することにし、データの盗み出しを開始した。
ふいにその背後からアルガダブが重々しい足音を立てて近づいたため、スルールは何気ない素振りを装って、盗みがばれないようにコンソールを自分の体で隠しながら振り向いた。
「やあアルガダブ、どうしたんだい? 心配して監視になんて来なくても、別にサボってなんかいないよ」
「オルガノンは見つかったか?」
「ああ、今転送中だ。言われた通りに複製ではなく転送で。元データはここには痕跡も残さない。大丈夫だよ、ちゃんと命令された通りにしているから」
命令された通りには、ね。
その範囲外のことについては好き勝手やらせてもらってるけど。
スルールがそう内心でほくそ笑んでいると、アルガダブは納得したのかどうなのか、そのまま黙って部屋を出ていこうとスルールに背を向けた。
その背中に、スルールは問いを投げかけた。
「なんで、こんなものが人類への復讐に必要なんだい? スポンサー、ってのはもしかして、エメラルドにゆかりのある人間? しょせん僕たちは、人間の道具のまま、なのかい? アルガダブ、君は僕に何を隠している?」
アルガダブは背を向けたまま、答えはしない。
「僕はね、誰かの掌の上で踊らされてる、ってのが死ぬほど嫌いなんだ。事と次第によっちゃ……」
その言葉は、突然の爆発音によってかき消された。
スルールとアルガダブはとっさに音のした方向へと視線を向ける。
直後、アルガダブはスルールを振り返り、指示を飛ばした。
「ヴァンガードに嗅ぎつかれたようだな。この場は俺が抑える。お前はオルガノンを持って先に戻れ」
「……まあ、いいさ。でも、いつまでも僕につまらない枷をはめたままでいられると思うなよ」
すぐさま爆発音のした場所へと向かったアルガダブは、壁の一面が床もろとも瓦解した部屋へと至った。その崩れ落ちた床の縁に立ち、下階部分をうろつく敵集団を見下ろす。
その集団の中心には、武装したライド・ダーギルの姿があった。
「珍しいな、あいつ自ら前線に出向くなど」
そう呟くと同時に、ダーギルはアルガダブの存在に気付いた様子で、雄叫びを上げながら自ら率先して発砲を開始した。
アルガダブはその豆鉄砲の攻撃を動じることなく、仁王立ちのまま受け止める。
「なんと見境の無い。何があったか知らんが、よほど尻に火がついているようだな。……まあいい、いずれにせよ好都合だ。今この場で貴様の息の根、止めてくれる!」
そう叫び、アルガダブは敵の集団のド真ん中へ目掛け、飛び降りていった。
その重量による衝撃で床が揺れる中、敵の集団は瓦礫に身を隠しつつ銃撃を仕掛けてくるが、アルガダブはそれも相手にせず、まっすぐにダーギルへと向かう。
一方のダーギルは後方に引きながら、油断なく一定の距離を保ちつつ、ライフルの乱射を続けてくる。
「アルガダブ! 誰がお前を再起動させてやったと思っている!」
「アトルバーンだ! 俺が恩を抱くべきは、ダーギル、貴様ではない!」
「いいや、私だ! 私の意志を、アメルが形にした。私の意志を!」
「黙れ! 俺と奴の夢を奪い、アーセナルを奪い、奴の命までもを奪った! 貴様だけは、生かしておくわけにはいかない!」
「機械が何を言う!」
「アメル・アトルバーンの夢は、今も生き続けている。俺が叶えてみせる!」
「黙れ!」
ダーギルの言葉がライフルの弾に込められ、一発、また一発とアルガダブの外装へと衝突し、それを削っていく。
アルガダブはそれに真っ向から反発するように歩みを進め、着実にダーギルを追いつめていく。
「アルガダブ!」
アルガダブがダーギルのすぐ目の前まで迫っている、まさにその場面に出くわし、ラヴィは叫び声を上げ、フリスビーに掴まって突撃を開始した。
とっさにそれをフォローすべくアルが駆け出し、さらに遅れてステラが息を切らせながら姿を見せた。
そして、ステラはそのまま後方に留まり、息を整えながら状況を確認した。
壁と天井が完全に崩壊しているだけではなく、瓦礫にまみれたこの階の床部分も大分ガタがきている。そのせいで、特に重量のあるアルガダブが身動きを取るたびに、床が荷重に必死で耐えるように悲鳴のような音を立てながら、嫌な軋み方をする。
一応、ダーギルの追いつめられた箇所はまだしっかりとしているようだ。アルについても、その運動能力があれば多少の事は対処可能だろう。
「ラヴィ、足元に気を付けて! フリスビーに掴まったまま、振り落とされないようにね!」
その言葉に頷き、ラヴィはアルと協調しながらクロコダイルの銃撃でアルガダブに迫っていく。
しかし、アルガダブは激しい怒りを露わにしつつ、アルへと一気に畳みかけるような猛烈な反撃を繰り出した。
「……しまった!」
アルはそれを捌ききれず、瓦礫の中へと倒れこんでしまう。
さらに、すぐに起き上がろうとするその姿に対し、アルガダブは重い足をハンマーのように振り下ろした。
その衝撃にアルの体が激しく揺れる。
致命的とまではいかないまでも、さすがにそれなりのダメージを負ったらしいアルは、痛みに悶えるような動きを見せながらも、それでも立ち上がろうとする。
その姿を静かに見下ろしながら、アルガダブはさらなる追い打ちをかけた。
「さすがにしぶといな。けれど、貴様との決着は今は置いておくとしよう。先に始末をつけなければいけない奴が他にいるからな」
そう言って、アルガダブは再びダーギルへと向かって進みだした。
「止まれ、アルガダブ!」
それを阻止するように、ラヴィはとっさにフリスビーをダーギルの盾となる位置へと飛ばし、アルガダブの前へと立ちはだかった。
その姿を目の当たりにし、アルガダブはゆっくりと静かに動きを止める。
「……またも俺の前に敵として立つか、アトルバーンの娘よ。言っただろう、その男は、お前の父を殺めたのだぞ」
「証拠は! 証拠はあるのかよ! おじさんが嘘をついてるって言うなら、その証拠をあたしにくれよ!」
胸の内に溜まったものを吐き出すように叫ぶラヴィのその言葉に、アルガダブは黙ったまま何も答えず、沈黙が場に流れる。
直後、その沈黙を破るように、ダーギルが高笑いとともに、大声を上げた。
「よけるんだ、ラヴィ!」
そう言って、ダーギルはライフルに据え付けられたグレネード・ランチャーを発射した。
それを、ステラは驚愕の中で絶叫しながら見つめるしかなかった。
「ラヴィ!」
ダメだ。よけられるはずがない。
あの男は、それを分かった上で撃ったに違いない。
あの警告は、形だけのものだ。自分は悪ではないと、自分自身に言い聞かせるための、ただの言い訳の言葉。
神経が張り詰め、視界がスローモーションのようにゆったりと流れる中、弾はラヴィを通り過ぎ、アルガダブのすぐ後ろの床へと着弾した。
即座に爆発が起こり、床が崩れ始める。その爆炎と土埃の中、アルガダブがラヴィを庇うように覆いかぶさるのが見えたが、その姿もすぐに見えなくなった。
「ラヴィ!」
すぐさま神経の反応速度が元に戻り、ステラは煙の向こうへと声の限りにもう一度叫ぶ。しかし、それに応える声は返ってはこなかった。
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