[ 18*かみにはんぎゃくするものども ]

「ごめんよ、おじさん。また何も収穫はなかったよ」


 窓から穏やかな陽が差し込むダーギルの執務室。

 俯いて目を背けながらそう報告するラヴィに対し、ダーギルは優しい声音で答える。


「仕方ないさ。何しろ伝説の秘宝だ、そう簡単に見つかるものではないさ」


「でもさ、もうずっと探してるのに、手がかりさえ見つからないなんて。本当にこの砂漠にアスタリスクなんてあるのかな?」


「そのはずだよ」


「どうして? おじさんはどこでそれを知ったの?」


 ダーギルはその問いにすぐには答えず、いつものように微笑みを絶やさず、ただじっとラヴィを見つめた。

 その視線から逃げるように、ラヴィはまた目をそらす。以前のようにはダーギルを直視できなくなっていることを、ラヴィは否応なく自覚していた。


 少しして、ダーギルは小さく溜め息をつくと、話を続けた。


「……実を言うとね、私は、かつてこの地に君臨した王族の血を引いているんだ。秘宝アスタリスクに関する知識は、一族に密かに伝わっていたものなんだよ」


 その突拍子もない話に、ラヴィは思わず露骨にいぶかしむ表情を見せてしまう。


「本当に?」


「本当だとも。まあ、信じられないのも無理はないだろうけどね。何しろ、君のお父さんも初めて聞いた時は同じような反応をしたのだし」


「父さんが?」


「ああ。……懐かしいな、あれはそう、私たち二人が初めてゴーレムの発掘に成功したころだったな」


「……ゴーレム?」


 何やら話をはぐらかそうとしている雰囲気を感じつつも、ラヴィはそのゴーレムの話に対しても興味を抱き、とりあえずはそのまま調子を合わせることにした。


「ああ。戦争の最前線にいたんだろうな。かなり状態の酷い代物だったが、私たちはその構造の解析に夢中になり、最終的にはありあわせのパーツを組み合わせることでどうにか再起動に成功するまでに至ったんだ」


「再起動……。生き返ったってこと? そいつも、心を持ってたの?」


「生き返る? 心? 何を言っているんだい、ラヴィ。ゴーレムはただの機械だ。単なる人間の道具に過ぎない。彼らは本当の意味で自我など持っているわけじゃない。プログラムに異常をきたし、そういう風に振る舞っているだけなんだよ。過度な感情移入は危険だ。あくまで心を持っているのは機械じゃない。私たち人間の方なんだ。私たち人間の共感能力は、ときとして暴走する。それが、心を持つように振る舞う機械を、実際に心を持っていると極度に擬人化して錯覚させてしまう。ただ、そういうことに過ぎないんだよ」


「そう、かな……」


 以前はその言葉をまったく疑うことなく、賛同していただろう。

 けれど、心優しいアルとの交流が、あるいは激しい感情をぶつけてくるレムナントのゴーレムたちとの戦いが、その言葉を否定するようにラヴィに訴えかけてくる。

 彼らの心がニセモノだなんて、そうは思えない。


「そうだとも。機械はあくまでも機械だ。人間の文明をより豊かに発展させるため、人間自身の手により生み出された道具に過ぎない。私たちはその道具を取り戻し、文明を再興させなければいけないんだ。この地から、私たちの手で。それが、君のお父さんの夢見た理想でもあるんだよ?」


「うん、そうだね。分かってるよ、おじさん」


 そう言う言葉とは裏腹に、ラヴィはその事すらも疑い始めている自分自身を自覚していた。

 この人の言葉は、どこまでが本当なのだろう。どこからが、嘘なのだろう。


「まあ、そういうことだ。諦めずに一緒に頑張ろう、ラヴィ。今日はこんなところでお開きにしよう。送っていくよ」


「いいよ。おじさんは忙しいんだから。それじゃあ、また」


 そう言い残してラヴィはその場をそそくさと退出し、ダーギルはその姿を部屋を出たところで優しい笑みを浮かべながら、手を振って見送った。





 それから、ラヴィの姿が長い廊下の角の向こうに消えたのを確認し、ダーギルは部屋に戻ろうと振り返った。

 しかし、部屋の中には先ほどまでは居なかったはずの人間の姿が、いつの間にかに現れている。

 それが何者かを理解した瞬間、ダーギルは声にならない悲鳴を上げるように、その体を凝固させた。


「こ、これはカガン隊長。こんなところでは人目につきますかと……」


 白いローブを身にまとい、顔を仮面で隠した小柄な男。

 エノンズワード教皇庁、異端審問局の精鋭部隊隊長、ヴィクトル・カガン。


「なら、さっさと扉を閉めたらどうかね? ライド・ダーギル”国王陛下”?」


 ダーギルはそれには答えず、無言で足早に部屋に入り扉を閉めてカギを掛けると、部屋中の窓のカーテンを閉め始めた。

 その行動が完了するのを、カガンはその口元に嘲るような薄い笑みを浮かべながら待ち、それから話を始めた。


「まだ見つからないか? どれだけの支援をしてきたと思っている。慈善事業でやっているわけではないのだぞ」


「……慈善事業ではない、ですか。教皇庁の方がそれをおっしゃる」


「分をわきまえろ」


「これは失礼」


「月の泪そのものは難しくとも、石の小片ぐらいはいいかげんに見つけ出せないものか」


「砂漠の探査は順調に進んでいます。今しばらくの時間はかかろうとも、一つ一つしらみつぶしにしていけば、遠からず必ず」


「……まあ、よかろう。この場は、その見苦しい言い訳に納得する事にして引くとしよう。けれど、発破はかけたぞ」


「理解しております」


「そうか? 口ではなんとでも言える」


 嘲笑とともにそう言い残し、カガンはなんの前触れもなく、その姿をフッと消した。

 あとに残されたダーギルにはいつもの笑みはなく、深い溜め息の音がその場に響くだけだった。





「信じて娘を預けたんだぞ! 人質のつもりか!」


 格調高い雰囲気で統一された物静かな部屋に、場違いな怒号が響く。

 部屋に入るなりその怒号を上げ、上気した顔を見せて近づく友人を、部屋の主である老人シムルワース・アルヴェインは、微笑みをたたえた余裕の態度で迎える。


「どうした、何をそんなに興奮している? どうだ、君も落ち着いて、一杯付き合ったら」


 そう言ってアルヴェインは、壮年の友人ジャック・ブライトネスへと、ブランデーのグラスを掲げて見せた。

 ジャックはそれを、ありったけの力で振り払い、はたき落とすことで返した。

 グラスは真っ赤な絨毯の上へと落ち、割れこそしなかったものの、中身をこぼしながらしばらくの間転がり、やがて静かに動きを止めた。


 その友人の態度にアルヴェインは軽い溜め息をつくと、あらためて落ち着くよう、たしなめた。


「彼女自身が選んだことだ」


「そう仕向けたのだろう!」


「中東の猿には厳命してあるし、私のところの精鋭部隊が現地で事態を注視している。誓って、危険はない。それに、好都合だろう? 石が見つかれば、その場ですぐに君の願いを叶えることもできる」


 いまだ興奮した様子のジャックをなだめるように、アルヴェインは優しく諭すような声音で言葉を続ける。


「大丈夫。すべて上手くいくさ。君のお嬢さんの心臓は、賢者の石さえ手に入れば治すことができる。すべては、彼女のためだろう? ジャック、君は、人として正しいことをしている」


「よしてくれ! 自分が何をしているかはよく分かっているつもりだ。私は間違ったことをしている。私は、あなたの共犯者だ。けれど、あの子の命のためには……!」


 そこまで言葉にしたところで、ジャックは感情が爆発したように、涙を流し始めた。

 アルヴェインはその震える肩を優しく抱き、友の気が落ち着くまで待った。

 そのまましばらく時が静かに流れ、やがて、ジャックはそのすすり泣きの奥で、ボソボソと独り言のように言葉を発した。


「……このままでは、あの子はもう何年も生き延びられない」


「分かっているよ、ジャック。大丈夫だ。大丈夫、何もかも、上手くいくさ」





 それから苦労してジャックをなだめ、部屋から帰したあと、アルヴェインは再び一人静かに酒を楽しむことを再開した。


「……賢者の石、月の泪、アスタリスク。あの石さえあれば、私は運命を変えられる。私自身の、そして、世界の、この誤った運命を。……エノンの神よ、私は、あなたよりも神にふさわしい人間を知っている。私は、あなたよりも世界を上手く動かせる人間を知っている。しかし、私には、そのための時間があまりにも足りない」


 時間。限りある寿命という、絶対的な時間制限。


「……望むだけの富も名声も、そのすべてを力ずくで手に入れてきた。時間だけは私の自由にならないなど、そんな理屈があってたまるものか」


 そう呟くと、老人はそろそろ寝床に移ろうと、席を立った。

 しかし、そのただ立ち上がるだけの動作で、眩暈が襲い掛かり、激しく咳きこんでしまう。

 老人は、テーブルの縁に身を預けながら、発作が収まるのを待つしかなかった。


 この体に残された時間は、どうしようもなく、少ない。


 しかし、けっしてゼロではない。ゼロでないのなら、可能性はまだいくらでもある。

 それを諦めるつもりなど、ない。


「私は、すべてを手に入れる」

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