[ 16*ははとこと ]
「そういえばさ」
いつものように工房でくつろぎながら、ラヴィは作業に黙々と打ち込むケイスへと声を掛けた。
「師匠って、あたしの父さんのことはよく知らないんだよね?」
「顔と名前ぐらいは知っていたが、付き合いと呼べるほどの関係はなかったな」
「ふーん、じゃあさ、母さんのことは?」
その質問に、ケイスは少しの間をおいてから静かに答えた。
「同じだ。よくは知らない。助けになってやれなくて悪いな」
「あ、いや、別にそんな真剣な話じゃないんだ。こっちこそ、なんか変な気、使わしちゃってゴメン」
それからラヴィは、話をはぐらかすように辺りを見渡しながら続けた。
「……今日はエノク、いないんだね」
「いつの頃からか勝手に居つくようになったってだけで、別にここに住んでるわけでも、ましてや働いてるわけでもないからな」
「まあ、そりゃそうだろうけどさ。あいつの家って、どの辺にあんの?」
「知らん」
「あいつにもさ、家族っているんだよね。あいつの親父さんとお袋さんって、どういう人たちなんだろう?」
「知らんな」
「ふーん、ま、いっか」
そこで話は途切れ、することのないラヴィは退屈を持て余し、ソファに寝転がって少し居眠りをすることにした。
無数の彫像が無造作に積み置かれた、自然の洞窟の岩肌を壁面とする広い一室。
それら彫像はどれも若い女を模した胸像で、微に入り細を穿つ写実的な作りこみがなされているものの、顔の部分に関してだけは、そのどれもがまったく作りこまれることなく、雑なままほったらかしにされている。
その、顔の無い彫像の山々の合間を縫うように、一人の少年が場に響くノミを打つ音にまぎれながら、背を低くして隠れるようにゆっくりと進んでいく。
「……ノックぐらい、したらどうなの?」
ふいに進む先から無機質な声が響き、少年は観念したように姿勢をまっすぐにし、言い訳をするように答えた。
「こっそり驚かしたら、マザーでもビックリするのかな、って」
その言葉に、マザーと呼ばれた老女は彫刻する手を止め、少年を振り返って続けた。
「くだらない遊びね」
「まあ、子供ですから。くだらない遊びは大好きです」
そうおどけて見せる少年の姿を、老女は感情のこもらない、無機質を通り越した虚無そのものの眼で見つめる。
その無言の圧力に負けた様子で、少年は苦笑いを浮かべ、降参を宣言した。
「はいはい、分かりました。ごめんなさい。もうしませんよ、マザー・アシェル」
それに対しても老女は無表情のまま何も言わず、再び背を向けて作業へと戻っていった。
エノクは、それを苦笑いしながらもその辺に無造作に転がる彫刻のひとつに腰を掛け、本題を切り出した。
「ダーギルの方は問題ありません。いつも通り、大言壮語をわめく割に、結果は出せてはいない。ラヴィに関しても相変わらずです。無邪気にダーギルを慕っていて、ケイスが様子を見ています。あとは、東方から来たステラとかいう少女についてですが、周囲をカガンの部隊がうろついてるのが気がかりではあるものの、まあ、目下調査中、といったところです」
そこで一旦エノクは言葉を切り、老女がまったく反応を見せないことを確認した上で、話を続けた。
「一番の注意対象としては、やはりアレキサンドライト、でしょうか。ラヴィが偶然拾ってきたわけですが、どうやら実際に人格は別なようです。元人格と同じく”良いヤツ”ではありますが、そうは言っても体が体、ですからね。ダーギルにはゴーレムということも隠していますし、奴の節穴では正体を見極める事もできないでしょうから、すぐにどうこうという話でもないでしょうが、まあ、一応用心するに越したことはないかと。……まあ、こっちの話としてはこんなとこです」
「そう」
一連の報告に一切の興味を抱いていない様子で、老女は黙々と作業に没頭し続ける。
若い女の胸像。ディテールを深く細かく刻み込んでいくが、やはりその顔は雑なまま放置されている。
「それで、アルガダブの方は?」
少しの沈黙のあと、エノクは話題を変えて尋ねた。
それに対し、老女アシェルは手を止めることなく答える。無機質にボソボソと呟くような、それでいて、決してノミを打つ音に負ける事はない存在感のある声が響く。
「ようやくいばら姫は手に入った。けれど、起動ができない。正確には、起動しても意味がない。あの子は、オリジナルである彼女が覚醒する前に複製された人形だから。つまりは、魂が入っていないのだから。やはり、オルガノンも必要ね。それさえあれば、あとはプシュケーがどうとでもしてくれるでしょう」
「まあ、それは連中に期待、ですね。ダーギルが先に手に入れた場合は面倒ですが、あいつはどうせアスタリスクの事しか頭にないから、その点に関しては問題ないでしょう」
そこでまたしばしの沈黙が漂い、今度はアシェルの方から疑問の言葉を発した。
「……あなたは、どうしてそこまで私に尽くしてくれるのかしら。私が何を望んでいるかを知った上で」
その問いかけに、エノクはそれまでの天真爛漫な子供の笑みを消し、無表情で答える。
「それは、もちろん、僕がゴーレムだからです。あなたたち人間が神に”産めよ増えよ”と本能に刻まれて造られたように、僕たちもまた、ヒトに尽くすことを本能に刻まれ、道具として造られた。心を、自我を持とうとも、本能には抗えない」
そこまで言うと、エノクは表情を少し物憂げに変化させ、続けた。
「それに、あなたの気持ちも分からないでもない。僕自身、長い間生きてきて、本当に色々なものを見てきましたから」
エノクはそこで溜め息をひとつつくように肩を揺らすと、元の少年の顔へと戻り、言葉を締めくくった。
「けど、まあ、なんだかんだ僕は信じてます。ヒトとゴーレムは仲良くしていけるって。それに、最終的な運命を決めるのはあなたではありませんから」
そう言い残し、エノクはその場を去った。
あとに残されたアシェルは、変わらない調子でただひたすらに、若い女の似姿を造り続ける。
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