[ 15*ひびわれのおくからすがたをあらわすもの ]
アスタリスクを求め、アルガダブは自らエメラルドの施設へと潜る。
「……あれは、ダーギルの手になど絶対に渡すわけにはいかない。必ずこちらが先んじて手に入れなければ」
その気持ちが、自然と足の動きを速くする。
アスタリスク。
世界を汚染した、プシュケーの源。
そう言われていたもの。その具体的な正体までは知らないが、それが本当だとすれば、それは人間の手には余る代物だ。
ヒトの遺伝子を書き換え、自分たち機械に自我を与えたプシュケー。
アレキサンドライトは、特にその効果を極端な形でその身に受けたらしい。
その結果が、あの姿。
銀色に輝く、巨人。
種々の超常の能力を振るい、ヒトに牙をむいたゴーレムたちを焼き払った、そのあまりにも強大過ぎる力。
アルガダブはふと足を止め、自分の掌をじっと見つめた。
この感情は、恐れ、だろうか。
「……いや、違う。これは、怒り、だ。この怒りは、武器だ。俺の絶対の武器」
掌を固く握りしめ、アルガダブは再び歩き始めた。
そうして進み続けるアルガダブの先に、彼女たちが姿を現した。
アレキサンドライト、ステラ、そして、ラヴィ。
「アルガダブ! ちょうどいい、会いたかったんだ。この間の話の続きをしてもらうぞ!」
そう叫び、ラヴィが突っ込んでくる。
アルガダブがそれを仁王立ちで待ち構えていると、アレキサンドライトがラヴィを抑えるように叫びながら駆け出した。
「ラヴィ、危険です! ここは私に任せて、下がっていてください!」
「でも!」
「お願いです。私を信じて!」
「……分かった、頼む!」
そう言ってラヴィは立ち止まり、それとは逆にアレキサンドライトは一気に速度を速め、向かってくる。
アルガダブはそれに対し、ゆっくりと構えを取り、迎えうつ態勢を整えた。
アルは雄叫びを上げ、アルガダブへと跳びかかった。
その猛烈な勢いを乗せたパンチを、アルガダブは相手にせずに回避。
アルはそのまま着地し、床を滑りつつも姿勢を制御して反転、再度攻撃を仕掛ける。
「あなたは何を知っているの? ラヴィのお父さんのこと、ちゃんと喋ってもらうから!」
そう言いながら猛攻を仕掛けるアルに対し、アルガダブはそれを、その巨体からは想像もできない軽い身のこなしで回避しつつ、鋭く反撃を仕掛けてきた。
「黙れ、アレキサンドライト!」
「私はアレキサンドライトなんかじゃない! 何度言えば分かるの!」
そう叫び返し、アルガダブの放つ拳に真っ向からぶつけるべく、アルも自身の拳を突き出す。
その両者が激しい衝撃にぶつかり合った瞬間、アルの頭の奥で突然に遠い記憶の断片がフラッシュバックした。
空を飛び、空中に浮かぶ自分の体。高層ビルの壁面に映るその鏡像。銀色の、巨人。
「……これは、何?」
それが隙となり、アルガダブの油断ない追撃が襲い掛かる。
アルはそれを無防備に食らってしまい、猛烈な勢いで吹き飛ばされた。
そのまま凄まじい勢いで壁に打ち付けられたアルは、崩れた壁の瓦礫とともに、その場に倒れこんでしまう。
思いのほかダメージは大きく、すぐには体が言うことを聞かない。
そんな痛みに呻くように体を震わせるアルのもとへと、アルガダブがゆっくりと歩みを進める。
しかし、その動きはすぐに止まった。
「……おっと、これは、どういう状況でしょうな、レディ?」
開いた壁の穴の向こうから、屈みこむように岩の塊が姿を見せた。
比喩などではなく、実際に岩の塊そのものといった異様な姿の人間の大男。
アルガダブはその突然の乱入者を警戒し、観察する。
プシュケーの影響の強い西方では、人間の遺伝子変異はより極端な形で発現し、ラヴィのように耳だけが中途半端に獣化するのではなく、体全体が獣の姿となったり、あるいはこの男のように岩みたいに硬質化したりといったことが起きている、という話は小耳に挟んだことがある。
しかし、いずれにせよ何故そのような存在がこの場にいるのか。
そして、その岩男の奥からは、さらに別の存在が姿を現した。
人間の女。いや、それに極めてよく似せて作られた機械。ゴーレム。
その、レディと呼ばれた女ゴーレムは岩男の言葉には答えず、高圧的な視線でこちらを観察するように見つめている。
「貴様ら、何者だ?」
そのアルガダブの問いかけを無視するように、女は逆に質問を投げかけてきた。
「つかぬことを尋ねるが、君は、レムナントとかいう連中の一味かな? 人類への復讐を目論んでいるとかなんとかいう」
「……そうだと言ったら?」
その返答に、女は傍らの岩男へと命令を下した。
「ロック、叩き潰せ」
その囁くような言葉に、岩男は威勢よく答え、拳を握った。
「了解!」
そうして、戦いが始まった。
岩男の突き出す拳に、アルガダブも拳を突き出して応える。
衝突。凄まじい衝撃の中、どちらも引くことはなく、拳をぶつけあったまま、力比べへと移る。
「なかなかの力自慢みてえじゃねえか。え、ゴーレムさんよ!」
岩男の叩く軽口を無視し、アルガダブはありったけの力を込めた。
しかし、岩男は歯を食いしばりながらも、それに拮抗して見せる。
そのままではラチが開かないと、両者はどちらからともなく単純な力比べをやめ、互いに攻撃と回避の目まぐるしい応酬へと転じた。
敵の攻撃を軽いステップでかわし、少しの隙に鋭く攻撃を差し込む。
その動きにも、岩男は互角に渡り合ってくる。
激しい戦いの中、アルガダブは驚愕の念を抱きつつ相手の姿を観察した。
いかに頑強に変異した肉体とはいえ、人間は人間だ。生身の生き物に出せる力には限界があるはずだが、この相手はそれを凌駕する力を現に発している。
おそらくは、例のプシュケーの更なる作用とされる、脳神経系の励起による超能力の発露、そうした力も駆使して戦っているということなのだろう。
そのまま戦いは五分と五分のまま時間だけが過ぎ、しばらくしてようやく岩男は息を上げ始めた。
しかし、一方のアルガダブも、機械だからといってまったくの疲れ知らずというわけにもいかない。動力源の消耗、関節部の摩耗、排熱効率の低下。アルガダブはそれを気取られないように注意しつつも、戦闘続行か撤退かを迷い始めていた。
ふと視線を動かすと、いつの間にかレディと呼ばれたゴーレムの後ろに、それを護衛するように控えるもう一人の姿が現れていた。槍を携えた、狐そのものといった風貌の獣人の女。
アルガダブは、撤退を決めた。
その女の実力も含め、まだ色々と確かめておきたい事はあるものの、それを許す余力が自分には残っていないことは認めざるを得ない。
まだ起き上がることのできないアルは、瓦礫の中で上体だけを起こして、その戦いを見守っていた。
やがてアルガダブが素早く踵を返して撤退をしていくと、岩男はその姿を視界に据えたまま、主の女へと指示を求めた。
「レディ、追いますか?」
「放っておけ。それよりも興味深いものがここにある」
そう言うと、”レディ”はすぐ傍のアルの姿をニンマリとした笑みを浮かべながら見下ろし、話しかけてきた。
「やあ、久しぶりだね、アレキサンドライト。奇遇だな、こんなところで何をしているんだい?」
「……私は、アレキサンドライト、なんかじゃ……」
そう答えようとした瞬間、アルの脳裏にまたも崩壊した世界のビジョンが駆け抜け、その続きを言葉にすることはできなかった。
「そうか。君は”別人”なのか。なんらかのトラブルで別人格が創造されてしまい、デュアルブート状態にある、と。それは難儀だな」
レディは他人事のようにそう言うと、今度は視線を離れた場所で事態を見守っているステラの方へと向けた。
「……そして君は、ブライトネスの娘か。なかなかにそうそうたる顔ぶれだな。どうやら、こんな砂漠くんだりまでわざわざ出向いた甲斐はあったようだ」
相変わらず、ニヤニヤとした薄い笑みを浮かべながらそう言うレディに対し、ステラは緊張を抱いた様子で、冷たく睨みつけながら言葉を返す。
「あなた、ゴーレムでしょ? レムナントではないようだけど、何者なの? なんで私のことまで知ってるの?」
「何者? 見れば分かるだろう、ただの観光客だ」
「は?」
「それじゃあ、お邪魔したね。近い内にまたどこかで会うことにもなるだろうが、とりあえずはお暇させていただくとしよう」
「……ちょっと、待ちなさいよ!」
ステラが呼び止めるのも無視し、女は壁の穴の向こうへと去っていった。
狐女がそれに付き従って後を追い、残された岩男も疲れを見せながら慌ててそれを追って走り出す。
「待ってくださいよ、レディ! まったく、いつもいつも自分勝手なお方だ」
「な、なんだったんだ、あいつら……」
突然の乱入者たちの姿を呆然としながら見送ったあと、ラヴィたちはただそう呟くしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます