[ 14*ひとのいとなみ ]

 目当ての施設へ向け、砂漠を疾走するホバー艇。

 エテメンアンキ周辺の施設はほとんど調べ上げたものの成果はなく、ヴァンガードは探査範囲を広げることにした。

 それによって今までよりも長距離の道のりを往復することになり、ラヴィとアルは退屈を持て余し、幌の作る日陰の中で居眠りをして過ごしている。

 ステラはそんな二人のイビキに包まれ、自身もウトウトしながら、考え事にふけっていた。


 ぼんやりとした頭に、過去のできごとが取り留めもなく浮かんでくる。

 母の死。仕事に逃げ、家庭を顧みない父。居場所を失くした自分を目にかけてくれた恩師アルヴェイン。

 それでも、同じ教皇庁という組織に身を置けば、嫌でも枢機卿という身分の父の存在は、目に、耳に、意識の内へと入ってくる。

 その事を心底から鬱陶しく思っていた自分に、アルヴェイン先生は逃げ場として中東への宣教団への参加を勧めてくれた。

 そして、当然父はその事についても何も言ってはこなかった。


 そんな事を考えていると、父への怒りが改めてフツフツと沸きあがってきた。

 その怒りが、だんだんと心臓を締め上げていく。

 加速度的に呼吸が荒くなっていく中、ステラは慌てて懐の中の薬を取り出し、飲み込んだ。


 その様子を、いつの間にか目を覚ましていたラヴィがじっと見つめている。


「どうしたんだよ、大丈夫か」


「……大丈夫よ、問題ない。いつものこと」


「いつもって……」


「いつもよ」


 薬のおかげで、すぐに調子は落ち着き始める。


「ほら、もう大丈夫。なんともない」


 ステラはそう言って皮肉めいた笑いを浮かべるが、ラヴィは真剣な表情のままステラを見つめ続ける。


「聞かせろよ」


 アルも起き、状況を察した様子で続く。


「聞かせてください。何かあったときに、きちんと対応できるように」


「……おせっかいな奴らね」


 ステラはそう呟き、二人から視線を外しながらも、疲れた様子で説明を始めた。


「生まれつき心臓に爆弾を抱えてるってだけ。うちの家系、とりわけ女に、偶に生まれつきくっついてくる爆弾。いつ爆発するかは分からない。薬さえちゃんと飲んでおけばすぐにどうこう、って話じゃないけど、五年後や十年後は分からない。だいたい、二十五歳かそこら」


 どこか他人事のようにそう説明するステラに対し、それを聞くラヴィの方はポロポロと涙を流し始める。


「どうして言わないんだよ。そんな大事なこと」


 ステラはそんなラヴィの反応に驚いた表情を見せ、それを取り繕うようにすぐにまた顔を背けた。


「大事でもなんでもないからよ」


「大事に決まってるだろ! 心臓だぞ。命だぞ」


「ヒトは、誰だっていつか死ぬものよ」


「いつか、だろ。たかだか五年後や十年後なんかじゃない。遠いいつかだ。そんなの、酷過ぎる」


 ラヴィはそう叫びながら、我慢の限界のように、涙に濡れる顔を手で覆った。

 その姿を、ステラは複雑な表情で見つめる。


「……やっぱ、バカだね、あんた」


「バカはお前だ!」


 それから一瞬の間、場に沈黙が流れたあと、それまで黙って話を聞いていたアルがステラへと言葉をかけた。


「ステラ、約束してください。無茶はしないって。自分を大切にするって。どんな運命と戦っているにせよ、あなたはけっして独りではないんです。私はあなたを失いたくありません。少なくとも、本来そうなるはずの時間よりも早くには。あなた達とは、もっと、もっと長く一緒に居たいんです」


 ステラはそれを聞き、いくつかの感情がないまぜになった表情を経て、最後には照れたような微笑みを見せ、答えた。


「分かったわよ、暑っ苦しいわね」





 それからステラは、話をはぐらかすように、ラヴィへと逆に問いかけた。


「そういえばあんた、お父さんの遺志がどうとか言う割に、お母さんのことは何も言わないよね。聞いちゃまずいこと?」


 その質問に、ラヴィは涙で汚れた顔を拭い、いつも通りのケロッとした顔で答えた。


「え? 別に、そういうんじゃないよ。単によく知らないってだけ。あたしが物心つく前に、母さんも父さんと同じ時期に流行り病で死んじゃったんだけど、おじさんは母さんとはそれほど付き合いが無かったらしくてさ」


「ふーん。他には知り合いとかっていないの?」


「……どうだろう。言われてみれば、あたしって母さんのことは何も知らなさすぎるんだな。そのことを、今までよく考えもしてこなかった」


 そう呟くと、ラヴィは何やら考え始めた。

 ステラもそれ以上は何も言わず、砂の向こうに目をやり、自分の思考へと戻っていった。





 目的の施設へとたどり着いた三人はいつものように探査を開始した。

 そこの壁面に描かれたマークを、ステラは立ち止まって、指でなぞる。


「やっぱり、またエメラルドだ」


 そもそも、なぜこの中東の砂漠に、これほどまでにエメラルド社の関連施設が存在するのか。

 エメラルドの本社は、かつて西方にあったどこかの国だったはず。

 もちろん各地に支社や工場は持っていたはずだが、それにしたってこの辺りにはやたらと数が多い。

 彼らにとっては、この中東は何か特別な意味を持つ土地だったのだろうか。

 そして、その施設群の中には、本業であるゴーレムの研究や製造などを担うようなものというよりは、どういうわけか郷土資料館とでもいうようなものも結構な割合で存在した。あるいは、古代遺跡の発掘でもするような機材の倉庫など。

 エメラルド社は、どうやら戦前からこの砂漠に何かを見出していたらしい。それは何だろう。


 世界を変える力を秘めた魔法の宝石、アスタリスク。


 もしかしたら、その伝説はかなり以前からあるもので、彼らもそれを本気になって探していた。そういうことだろうか。


「訳の分からないことばかり。嫌になってくるわね」


 ステラは溜め息をひとつつくと、いいかげんに考え事をやめ、ラヴィたちの方へと向き直った。

 しかし、その視線の先にはラヴィたちの姿は無い。


「……私、もしかして、置いてかれちゃった?」





「ねえ、ラヴィ。もしかして、ステラ、ついてきてなかったりします?」


 アルにそう呼び止められ、ラヴィは足を止めて後ろを振り返った。

 たしかに、ステラの姿はどこにもない。


「なんだよ。あいつ迷子かよ」


「戻りましょう」


「ったく、しょうがねーな。なんか変なトコで抜けてんだよな、あいつ」





 それからステラはラヴィたちを探して薄暗い施設内をさまようものの、一向に合流できずにいた。


「ねえ、ラヴィ、アル。どこほっつき歩いてんのよ。さっさと戻ってきなさいよ」


 少し不安になりながら、そう強がって進むステラの足が、突然に沈み込む。


「え?」


 足元の床が抜け落ち、体が宙に浮く。

 状況を理解したときには、もう遅かった。とっさに手を伸ばすも、それは何にも触れず、体は重力に引きずられて落ちていく。


 私、もしかして、こんなとこで死ぬの?

 そんな考えが脳裏をよぎり、ステラの頭が急速にパニックに染まっていく。


「そんなのイヤ!」


 意識せずに叫び声が上がる。

 それと同時に、右手が強く引っ張られる感覚とともに、体の浮遊感が一瞬で消えた。

 ステラは、パニックを必死で抑え込みながら、ゆっくりとその右手の先を見上げる。


 例の異端審問官。

 その姿が視界に入った瞬間、ステラの思考は急速に明瞭さを取り戻していく。


 少年は一気に力を入れてステラの体を引き上げると、固い床の上へとゆっくりと下ろした。

 そのままステラは床の上に這ったまま、とっさに呼吸を荒げて見せる。

 その姿を、少年は仁王立ちのまま、仮面の奥からいかにも油断なくじっと見つめている。


 なんとかして、つけ入る隙を作らなければ。

 ステラは左の胸をわしづかみにし、さらに激しく苦しんで見せる。


「……い、今ので、薬を下に落とし、ちゃって……」


 激しい呼吸の中で、途切れ途切れにそう呟く。

 とっさにはそんなつまらない嘘しかつけない自分に苛立ちながらも、ステラは演技を続ける。

 対する少年は、油断なく警戒するように、少しも動きを見せない。


「お、お願い。このままじゃ、私……」


 ほんの数秒して、ようやく少年は動き出した。

 足音を立てない静かな動きでステラ越しに屈みこみ、崩落した床の下を覗き込む。

 その隙を見逃さず、ステラは素早く少年の手を力いっぱいに掴んだ。


 それに驚いた様子で少年は振りほどこうと力を込めるが、ステラの方も必死に食い下がる。


「ようやく尻尾を掴んだのよ。絶対に放すもんですか」


 少年はそれに対しても相変わらず一言も発しないまま、体を緊張させつつステラを見つめる。


「さあ、答えてちょうだい。あなたはここで何をしているの? それは誰の差し金?」


 少年は答えない。ステラの方もいったん黙り、その姿を睨みつけ、反応を待つ。

 少しして少年は観念したように力を緩めると、初めて声を発した。


「分かった。説明しよう」


 その言葉にもステラはけっして油断することなく、少年の手をさらに力を込めて強く握る。

 少年はそんなステラの態度に軽く溜め息をつくと、ステラの背後、薄暗い部屋の奥の方を指さした。


「俺がこの中東に送り込まれた理由はあれだ。あの、エメラルド社の隠された秘密……」


「エメラルドの……?」


 その言葉に、ステラは少年の手を握ったまま、とっさに後ろを振り返る。

 しかし次の瞬間、少年は緩めていた力を再び込めると、一気にステラの手を振りほどいた。


「しまっ……!」


 言い切らない内に振り返ると、当然のようにその視線の先にはもう、少年の姿はなかった。


「出てきなさいよ、この卑怯者! まだ近くにいるんでしょ。ずっと、私のことを監視してるんでしょ! 出てきなさい!」


 当然、なんの反応もない。


「まったく、ふざけてるわね。……こんな古典的な手に引っかかるなんて。私、やっぱりラヴィに良くない影響を受けてるみたい」


 ともあれ、降って湧いたチャンスを最大限に利用することはできなかったものの、それなりの成果はあった。

 前回の遭遇は、やはり偶然などではなかった。

 あの異端審問官の少年は、明らかに自分を護る使命を帯びている。


「……私には無事でいてもらわなきゃいけない、ってことね。でも、別に東方に連れ帰ったりもしない。生きたままこの中東に捕らえておくことが目的?」


 あまり深くは考えずに口をついて出た、”捕らえる”という言葉が気にかかり、ステラはあらためてそこに思考をフォーカスしていく。

 それと同時に、以前自分がダーギルに言った言葉もふいに脳裏をよぎる。


 私は体のいい人質、ってわけですか?


「……人質? 誰が、誰に対して、何の目的で?」


 ステラはそこで袋小路に陥り、内なる直観がなおも急き立てる中、それをなだめつつ、とりあえずは一旦思考を停止させることにした。


「……根拠と呼べるものはないけれど、なんでか捨て置くには惜しい気がする。この可能性。……隠れてたって絶対に暴いてやるから、今に見てなさいよ」





 それからステラがラヴィたちと無事に合流し、街に戻ったことを確認した異端審問官の少年は、一度上官のもとへと報告に向かった。

 それを聞いた上官の男は激昂し、少年を激しく殴りつける。


「それで? 七号よ、お前はそんなことのために声を発し、それを対象に聞かせたというのか? 異端審問官とは、影の存在だ。影はけっして声を発したりはしない。それとも、お前の影は声を発するのか? どれ、聞かせてみろ」


 そう言って、上官はひたすらに少年を殴り続ける。

 それを少年はただまっすぐに立ち、黙って受け続ける。


「お前はできそこないだ。できそこないのお前を拾い、育ててやった私に対する恩にも応えられないほどに、お前はできそこないだ。その自覚はあるのか?」


「申し訳ございません、カガン隊長。精進いたします」


「当然だ」


 ようやく上官は満足した様子で踵を返すと、そのまま少年を放って去っていった。

 その後ろ姿を、少年は深く頭を下げ、見送った。

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