[EPIC>|<EPOCH].10 > True shape of *** every one of us should face.

[ 13*ほころびてもつれていくながれのなかで ]

 すっかり陽は落ちた時間。街を一望できる高台で、ラヴィは月を見上げていた。


「……あいつの言ったことは、全部嘘だ。そうに決まってる」


 どうせ、適当なことを言って、心理的な揺さぶりをかけてるだけだ。

 おじさんは、おじさんこそが、父さんの親友で、同志だったんだ。

 絶対に疑ったりなんてしない。


 おじさんからは、父さんのことをたくさん教えてもらった。

 あたしが物心つく前に死んでしまった父さんが、どういう人だったか。

 何を考えて、何を目指して、何をしていたか。


 ラヴィはそんな事を思いながら、胸元から月の石を取り出し、それをじっと見つめた。


「おじさんが嘘なんてつくはずない。そうだよね、父さん?」


 そう呟く言葉とは裏腹に、以前ステラが言っていた言葉がふいに脳裏をよぎる。


 あんた、あの男に利用されてるよ。


 その時はただ反発し、その意味を深くは考えなかった言葉が、あらためてラヴィの心に小さなトゲを刺す。

 それと同時に、突然背後から声をかけられ、ラヴィは反射的にその方へと振り返った。


「やあ、ラヴィ。こんな時間にどうしたんだい?」


 柔らかい笑みを浮かべ、近づいてくるダーギルの姿。


「お、おじさん。驚かさないでよ。……ただ、なんとなく眠れなくて、ここで月を見てただけ」


「そうか。……おお、今日は満月か。きれいなものだ」


 そう言いながら、ダーギルはラヴィの横へと並び、月を見上げる。

 その姿に対し、ラヴィはどこか居心地の悪さを感じている自分自身を否定するように、明るく表情を作って言葉を掛けた。


「なあおじさん、何か、父さんのこと聞かせてよ」


「アメルのことを? 急にどうしたんだい?」


「別に、なんとなく。なんでもいいからさ、お願い」


「なんでも、と言われてもなあ」


 そう言って、ダーギルは顎に手を当てて記憶を探るように少し黙ってから、話を続けた。


「あの頃は、本当に毎日が楽しかった。私たち二人はいつも一緒だった。一緒に同じ目標へ向かって、走っていた。廃墟を探検し、壊れた機械を拾ってきて、にわか知識で修理に挑戦して。大抵は失敗だったけど、たまには上手くいって。そんなときは最高の気分で、二人してお祭り気分だったな」


 ダーギルは遠くを見つめ、少しの寂しさを含んだような、複雑な笑みを浮かべて話を続ける。

 ラヴィはその顔をただじっと見つめ、黙って話に耳を傾ける。


「アメルは、本当に素晴らしい友人だった。柔軟な思考の持ち主で、高度な科学技術も難なく理解する一方、何よりもその知識をどう扱うか、どうすれば世界はより良くなるのか、そういった事について、常に深く考えているような男だった。そして、そんな彼はいつも皆の前を一歩も二歩も先に進んでいたが、それを鼻にかけることもなく、むしろ周囲も巻き込んで引っ張り上げ、励起させるようなカリスマ性の持ち主でもあった。……まあ、しょっちゅうワケの分からない冗談を言うのが玉に瑕ではあったがね」


 ダーギルはそこでいったん言葉を切り、ラヴィへと視線を戻して、冗談めかして微笑んだ。


「少し、褒め過ぎてしまったかな?」


 その冗談に、ラヴィは肩の力を抜いて一緒に笑った。

 そうしてひとしきり笑ったあと、ダーギルはまた寂しそうな表情を見せ、呟くように言った。


「そんなアメルを流行り病で失ったことは、人類全体の大きな損失だ。今でも残念でならないが、残念がっているだけでは、彼に申し訳が立たない。私たちは、進まなければいけないんだ。彼の目指した道を」


 その言葉に、ラヴィは頷く。


 おじさんは、良い人だ。

 アルガダブは嘘を言っている。





 それから数日後、ラヴィたちはまたも廃墟の探査をしていた。

 前回、敵は何かを持ち去ったとはいえ、それがアスタリスクとも限らない以上、これまで以上にレムナントの動向には気を配りつつも、探査は続行する。

 そうしたヴァンガードの方針に従い、ラヴィは先頭に立って暗い道を黙って進み続ける。

 そんな中、その後に続いて歩くステラが、ふいに軽口を叩いた。


「何もないじゃない。ここもハズレ? まったく、本当にそんな魔法の宝石なんて存在するのかしら。ねえ、ラヴィ、あんたもいい加減その辺り、疑ってみたらどう?」


 その言葉にもラヴィは答えず、考え事にふけった様子で黙り続けている。

 その態度にステラはフンと鼻を鳴らし、さらに軽い挑発を仕掛けた。


「何? 考え事? あんたもたまにはせっかくの脳みそを有効活用してみたくなった?」


 ラヴィは、またも何も答えない。


「何よ、張り合いないわね。どうしたのよ一体?」


 その問いかけにようやくラヴィは足を止め、ステラを振り返って、逆に質問を投げかけた。


「なあ、お前、前に言ってただろ。おじさんがあたしを利用してる、って」


 その言葉に、ステラはそれまでの挑発的な表情を消し、真剣な表情であらためてラヴィと向き合う。


「アルガダブの言ってた事なら、考慮はしても、それに囚われ過ぎるのは危険よ。あくまであいつは敵なんだから」


「分かってる。別に信じてるわけじゃない。でも、ただなんとなく、モヤモヤするんだ。なあ、聞かせてくれよ、なんでもいいから、お前の考えを」


 顔全体に苦悩を滲ませながらそう言うラヴィを無表情に見つめ、ステラは頷いて話を始めた。


「……あのダーギルって人は、あまりにも人当たりが良すぎる。私は、そんな気がする」


「それって、いけない事なのかよ?」


「……私は、物心ついたときから、色んな宗教家や理想家と呼ばれるような人たちを見てきた。彼らは、表向きどれだけ完璧に清廉潔白に見えたとしても、それでも人間は人間なの。誰にだって、それなりのエゴはある。けれども、中にはそうした迷いを振り切り、打算抜きに我欲よりも他者の幸福を優先できるような、本物の聖人君子も存在する。彼らは、それゆえに真に高潔と評される」


「……それで?」


「あの人からは、そうした迷いを感じない。それは多分、演技だから。彼は、聖人君子の仮面を被っているだけ。だから、隙が無い。無さすぎる」


「……そう、なのかな」


「早合点しないで。私は確実な真実を断言しているわけじゃない。ただの主観的な印象と、そこからの推測を言ってるだけ。でも、実際のところ、ダーギルさんにしろ、アルガダブにしろ、単純に信用するのは危険だと思う。一度全てを疑ってみるべきね。もしかしたら、片方が正しくて、もう片方が嘘をついている、なんて単純な話でもないのかもしれない。現実は、真と偽が混じりあっているのかも」


 そこまで聞いて、ラヴィは思考が限界に達した様子で、頭をかきむしり始めた。


「あー! アタマがパンクしそう!」





 それから気を取り直してしばらく探査を続けるも、いつものように何も収穫の無いまま、一行は撤収ムードとなった。

 その帰り道、ステラはあらためて状況を整理しつつ、頭の中で考えを巡らせる。


 ダーギルという男について。彼とラヴィの父との関係。そして、ラヴィ自身との関係。

 仮に、彼が嘘をついているとして、その嘘は何のためのものなのだろう。


 そして、彼の手足であるヴァンガードという組織。

 機械を使った文明の復興と、その更なる発展という目的。それは、このままこの中東という砂場でのレムナントとの宝探し競争で終わればマシだが、仮に拡大を続けるなら、いずれどこかで必ずエノンズワードの教義と、引いては東方連合そのものと、正面衝突をすることになる。

 そうなったとき、世界はどうなるのか。彼はそこまでを考えて組織を導いているのか。


 また、結局のところ、秘宝アスタリスクとはなんなのか。

 世界を変える力を秘めた宝石。

 そんなのおとぎ話としか思えないが、まったくの空想でもないとしたら。

 その隠喩の奥に、ある程度の真実が埋まっているとしたら。あるいは、隠喩ですらないとしたら。

 ヴァンガードは、ダーギルという男は、そんなものを手に入れて具体的に何をするつもりなのか。


 そして、レムナント。

 アルガダブというゴーレム。自らをラヴィの父、アメル・アトルバーンの友と言った機械。

 そして、彼はそのアメルを殺したのがダーギルだとも言った。

 嘘で揺さぶりをかけているだけか。あるいは、仮に本当だとして、具体的にどういう経緯で何があったのか。

 人類への復讐を果たすとうそぶきつつ、人間であるアメルへの友情からダーギルへの復讐が目的であるとも言う。

 その二項は対ヴァンガードという点では同じことであろうが、その意味合いは大きく異なる。

 結局のところ、彼は何を本心として戦っているのか。


 気になる事はまだある。

 以前遭遇した異端審問官。

 結局あれから一度も姿を現してはいないが、今もまだその辺に姿を隠し、こちらを監視しているのだろうか。そうだとしたら、それはなんのために?


 ……いずれにせよ、どちらを向いても見せかけの奥で何かが蠢いている。

 ヴァンガード対レムナント。ともすれば、今この砂漠で起きている戦いの真の姿は、それほど単純な二極対立構造に収まるものではないのかもしれない。





 ラボラトリイの薄暗い一室。考え事にでもふけっているのか、黙ったまま直立不動のアルガダブへ、スルールがその背後からそっと近づく。


「……この間、あのラヴィとかいう人間を殺そうとしたんだ。邪魔な”敵”だからね。でも、ダメだった。僕にはできなかったよ」


 そのいきなりの言葉に、アルガダブは振り返ることもなく、無機質な声で応える。


「そうか」


「この枷は、君が仕掛けたものなのかい?」


 答えはない。


「せっかく手に入れたいばら姫は、スポンサーの手に渡したんだろう? そいつは、そんなものを手に入れてどうするつもりだい? あれは何だ? アレキサンドライトと何か関係でもあるのかい?」


 またも答えはない。


「じゃあ、これぐらいは教えてくれよ。……この戦いは、本当に人類を滅ぼすためのもの?」


「もちろんだ」


 それだけを言い残し、アルガダブはその場を去っていった。

 スルールはその姿をじっと見つめ、アルガダブが去って扉が閉まった後も、その扉を見つめ続ける。


「……君は、嘘のつき方がヘタだなあ」

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