[ 12*うそ ]

「じゃあ、あらためて説明するわよ」


 ひとまずの危機を脱したラヴィたちは、すぐに地下へのエレベーターへと乗り込んだ。

 その到着を待つ間、ステラが話を始める。


「ラヴィ、あんたはあまり物事を深く考えずに突っ走る傾向がある。往々にして、間違った方向にね」


 その指摘にラヴィは少しムッとした表情を見せたが、とりあえずは口を挟まずに素直に話を聞くことを選んだようだ。

 ステラはそれを確認し、話を続ける。


「けれど、方向性さえ間違えなければ、その突破力はとても強力な武器になる。一方で、私は物事を深く多面的に観察し、分析する力がある。けれど、ベストな選択が存在せず、時間も限られた中でモアベターな選択を瞬時にしなければいけない場面。こういうのは正直苦手。自分自身の思考にがんじがらめになってしまって、身動きが取れなくなってしまう。そしてその結果、ワーストな状況に陥ってしまうことも少なくない」


 ラヴィが話に着いてきているかを確認するように、ステラはそこで一旦言葉を切った。

 それに対し、ラヴィは黙って頷くことで続きを促す。


「つまり、あんたと私は真逆なわけだけど、これって上手く補いあうことができれば、結構な力が発揮できると思うの。そうじゃない?」


「やっと話が通じるようになってきたじゃないか」


「お互いにね。でも、私たち二人だけじゃまだ完璧には届かない。そこで、アル、あなたの力も欲しい」


 二人の横で黙って話を聞いていたアルは急に名前を出され、驚いた表情を見せる。


「私、ですか?」


「そう。あなたは他のどのゴーレムとも一線を画す戦闘力を持っている」


「戦闘力、ですか……」


 その言葉に、アルは少しガッカリしたように俯いた。

 それを無表情に見つめながら、ステラは続ける。


「誇りなさい。他人より優れた能力というのは、強力な武器よ。要は使い方の問題。武器を正しく使えるかどうかと、武器自体の性能の良し悪しは別の話」


「はい……」


「納得いっていない様子ね。そこがあなたの弱点でもあり、もうひとつの長所でもある」


「弱点で、長所?」


「そう、あなたは優しすぎる。だから、力を行使することをためらってしまう。だったら、その責任は私とラヴィも負う。私たちはこれから、ひとつのチームになる。力の行使は、チームの選択として、チーム全体の責任において行われる。あなたひとりの責任とはならない」


 その説明を聞いても、アルの表情は変わらない。

 一方のステラも無表情のまま、励ますように声音を変化させつつ、話を続ける。


「それともうひとつ、あなたには何より重要なことを任せたい」


「なんでしょう?」


「あなたには、バランサー、あるいはストッパーとなってほしい。結局、これからも私とラヴィは噛み合わないことの方が多くなると思う。あるいは、逆に変に噛み合いすぎて二人して暴走、という事態も考えられる。そうなったとき、あなたのその優しさで私たちを抑えてほしい。その際、一切の論理も根拠も必要ない。あなたなりの倫理のみを基準にしてくれて構わない。あなたには、何よりもそれを頼みたい」


 その申し出に、ようやくアルは顔を上げ、ステラをまっすぐに見据えて答えた。


「そういうことなら、任せてください」


 その返事に安心したようにステラは小さく溜め息をつくと、話を切り上げにはいった。


「ま、こんなとこね。上手くいくと思う?」


 その問いかけにラヴィは頷き、手を差し出した。

 ステラも頷き返してそこに手を重ね、アルもそれに続く。


 それと同時に、結構な深度まで一直線に降り続けていたエレベーターが、ようやく到着した。

 扉が開き、素早く外の状況を確認する。とりあえずは誰の姿も無し。

 ラヴィは大きく息を吸いこむと、先陣を切って前に出た。


「よし、行くぞ」





 長い一本道の通路を進むと、その暗闇の向こうから地響きのような足音が向かってきたため、ラヴィたちは警戒して足を止めた。

 先行した者たちとの間で戦闘があったのだろう。視線の先にはヒトの死体と機械の残骸の山が築かれており、その奥からゆっくりとアルガダブが姿を現す。

 表情のない顔の奥に激しい怒りを秘めた動きで、ゆっくりと。


 それが突然に速度を増し、攻撃を仕掛けてきた。

 振り下ろされる拳をラヴィたちはとっさに散開して避ける。


 そのままステラは距離を取りつつ、状況を俯瞰的に眺めた。


「アル! この足場の悪さじゃ、アルガダブの巨体は身動きが取りづらいはず。とにかく動いてヒットアンドアウェイで翻弄して! ラヴィは距離を取って援護。アルが動きやすいように、位置取りに注意して」 


 その指示を受け、アルが前衛に出てアルガダブと格闘しつつ、ラヴィとフリスビーがその援護に回る。

 そうして始まった戦いを、ステラは後方から緊張を抱きつつ見守る。


「……私たちは、上手く機能できるはず」


 油断は禁物だが、あのアルガダブを翻弄している。


「いける!」





「舐めるなよ、貴様らごときに!」


 アルガダブが雄叫びをあげ、丸太のような腕を高速で突き出す。

 アルは激しい衝突の勢いに後ずさりしつつも、それを真っ向から受け止めてみせた。


「アレキサンドライト!」


「違うって、言ってるでしょ!」


 アルは叫び声を上げて一気に力をこめ、アルガダブの手を捻り上げると、その懐へと潜り込んで膝蹴りを叩き込んだ。

 アルガダブがダメージにのけぞると同時に、アルはラヴィへと叫んだ。


「今です、ラヴィ!」


「おう!」


 ラヴィは即座にクロコダイルの銃身をスライドさせ、その銃口をアルガダブへとまっすぐに向けた。


「マーク3を舐めるなよ!」


 発射された弾丸はアルガダブの肩をかすり、その後ろの壁に大穴を開けた。

 アルガダブはそのまま態勢を立て直す。傷はついたものの、あまりにも浅い。当然のように、ダメージは通っていない様子だ。


「しまった! かすっただけか!」


 今のでクロコダイルのバッテリーは使い切ってしまった。

 状況は悪い方に転がってしまったが、それを知ってか知らずかアルガダブはラヴィを警戒した様子で後方へ跳び、アルからもいったん距離を取った。


「……俺に傷を付けるか、ラヴィ。流石は我が友、アトルバーンの娘、と言うべきか」


 そのアルガダブの呟いた言葉に、ラヴィは露骨に動揺を見せる。


「今、なんて言った。お前、父さんを知ってるのか⁉ それも友達だと? なんでお前なんかが!」


 アルガダブはそれには答えず、ラヴィを無言で見つめる。


「答えろアルガダブ!」


 興奮して駆けだすラヴィを素早くステラが制止する。


「待ちなさい、ラヴィ! 危険よ、下がって!」


 しかし、ラヴィはその声がまったく耳に届いていない様子で、止まろうとはしない。


「アル!」


「分かってます!」


 アルは走りながらそう叫び返し、ラヴィに追いつくと、その体を羽交い絞めにして止めた。


「放せアル!」


 そんなラヴィの叫びに対して、なおも無言を貫くアルガダブの奥から今度はスルールが大きなポッドを抱えて姿を現した。


「おっと、これはお取込み中だったかな?」


 そうおどけて言うスルールに、アルガダブは冷たく命令する。


「いいから先に行け。俺もすぐにあとを追う」


「了解。それじゃあ、お先に失礼」


 そう言ってスルールは走り出した。我を忘れたラヴィ、身動きの取れないアル、その二人を通り過ぎ、そのまままっすぐにエレベーターへと向かう。

 ステラはそれをどうしようもなく見送るしかない。


「ラヴィ! あいつ、何か持ち出すよ。あれがアスタリスクだったらどうするの!」


 そう叫ぶも、やはりラヴィは声が届いていない様子で、アルガダブを睨みつけたままだ。





 アルガダブは、ゆっくりと歩き出した。

 ラヴィを抑えたまま警戒するアルも通り越し、そのまま歩き続ける。

 その背中に向け、ラヴィはなおも叫ぶ。


「止まれ、アルガダブ! お前が父さんの友達だなんて嘘だ! どうしてそんな嘘をつくんだ!」


 その詰問に、アルガダブは足を止め、振り返りはせずに背中越しに言葉を返す。


「俺は、我が友アメル・アトルバーンとの約束のために戦っている。……あの男、お前の父であるアメルを殺し、すべてを奪い去ったあの男、ライド・ダーギルの野望を阻止するために」


 そう言い残し、アルガダブはまた歩き出した。


「何を、言ってるんだ」


 ラヴィは愕然としつつも、強引に身をよじってアルの拘束を抜け出し、走り出す。


「お前が父さんの友達? おじさんが父さんを殺した? 誰がそんな話信じるか!」


 アルガダブはそんなラヴィの姿をそれ以上振り返る事もなく、そのままエレベーターに乗り込み、去っていった。

 それを追っていたラヴィは床に転がる機械の残骸に足を取られ、転んでしまう。

 ラヴィはそのままその場にうずくまり、握った拳をひたすらに床に打ちつけ続け、叫んだ。


「嘘だ!」

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