[ 11*かみあうきずな ]

 施設内に入ったラヴィたちは、そこら中に敵の姿がうごめく中を慎重に身を隠して進んでいく。

 敵の動きからして、どうやらこのフロアにはめぼしいものは存在しないようだ。

 階段やエレベーターの類を探して移動を続けると、ラヴィたちは開けた場所に出た。

 方々からの通路が集結する広間。その奥には電力の通ったエレベーターが存在するものの、その手前には無数の手下を従える一体のゴーレムの姿があった。


 ハジーン。まだこちらには気付いていない様子で、ラヴィたちは慌てて物陰に身を隠し、様子をうかがった。

 しかし、ハジーンはそこを死守するのが役目のようで、別の場所に動く気配を見せない。

 その行き詰まりの状況に、だんだんとラヴィが焦りを見せ始める。


「クソ、これじゃラチが明かない。一気に突っ込むぞ、アル」


 そう言って動き出そうとするラヴィを、ステラは慌てて強引に引き留めた。


「待ちなさいよ、何するつもり?」


「決まってんだろ、全部ぶっ倒して先に進む」


「バカでしょあんた。これだけの数相手じゃ、正面からじゃダメよ。慎重に行かないと」


「じゃあ何か作戦でもあんのかよ。頭良いんだろ、お前」


「待ってよ、今考えてるから」


 そう言うとステラは周囲に素早く目を走らせ、やがてその視線は一点に留まった。そのまま少しの間、思考に集中するように黙りこくると、その末にポツリと呟いた。


「……ダメ。多分上手くいくとは思うけど、可能性に命は賭けられない。やっぱり迂回して別の道を探しましょう」


 その言葉に、ラヴィは呆れた様子で銃を構え始めた。


「結局お前、頭でっかちなだけじゃないか。どんだけ頭良くったって、肝心な時に尻込みして行動に移せないんじゃ、結果なんてついてきやしないだろ。とにかく行動あるのみだ。悠長にしてたらあいつらに先越されちまう。このまま突っ切るしかない。あたしは行くぞ」


 そう言ってラヴィはフリスビーとともに突撃を開始した。


「待ってくださいラヴィ、危険です」


 続いて、アルもラヴィを追って飛び出す。

 その騒ぎで敵にも居場所がばれてしまい、即座に銃弾が浴びせかけられる中、ステラも否応なしにその場所を後にした。





「……で、結局こうなるわけね」


 奮戦むなしく、ラヴィたちは壁際へと追いつめらてしまっていた。

 その姿を、ハジーンがベールの奥でサディスティックな笑みを浮かべながら見つめる。


「バカな小娘たちだこと。まさに飛んで火に入る夏の虫、ってとこね。昆虫なみのおつむのバカばかり」


 そしてハジーンは、二人を護るように前に立つアルの姿に、余裕の態度で手を差し出した。


「この期に及んでまだ人間の側に立つの? どう? こっちに来るなら、あなたは助けてあげてもいいけど」


 その申し出に、アルは即座に答える。


「断るに決まってるでしょ、そんなの!」


 その返答を、ハジーンは嘲るように鼻で笑って見せた。


「あっそ。所詮あなたたちなんてそんな程度。欠陥だらけのゴミクズばかり。三人寄ったところでゴミはゴミ。なら、ゴミはゴミらしく処分しないとね。埋め立てか、焼却か、それとも……」


 ハジーンが楽しげに笑いながらそう続ける一方、ステラの方も何かに気付いた様子で不敵な笑みを浮かべた。


「欠点だらけ? 三人寄ったところで? ……なるほどね」


「何か言ったかしら?」


「私たちはたしかに欠点だらけね。そのせいで互いに衝突してばかり。でも、欠点しかない、ってわけでもない」


「何が言いたいの?」


 ステラはそれには答えず、すぐ隣のラヴィに小声で尋ねた。


「あんた、奇跡って信じる? 私は信じないけど」


「なんだよ急に。そんなこと言ってる場合かよ」


「いいから。あんたなら、上手くいくかどうか分からない作戦に、命、賭けられるの?」


「なんか策があるならハッキリ言えって。このままじゃどの道あたしたちはおしまいだ。上手くいくかどうか分からない、ってのは、失敗するかどうかも分からない、ってことだろ。だったら、結局はやるかやらないかだ。その上で、やるだけのことをやるしかないだろ」


「さっきもそう言って突っ走って、その結果こうなってるのに?」


「う、うるせーな」


「別にこんな時にケンカを売ってるわけじゃない。聞いて。私は考え方を少しだけ変えてみる。奇跡なんて信じないけど、あんたのその思い切りの良さからくる突破力は信じてみてもいい。だから、あんたも私をちょっとは信用して、話を聞いて」


 その申し出にラヴィは一瞬呆気に取られてから、不敵な笑みを浮かべて返した。


「いいぜ、乗ってやる」





「ねえ、そろそろいいかしら? 今生の別れはすんだ?」


 じれったそうにそう聞くハジーンを無視し、ステラはラヴィとの話を続ける。


「ラヴィ、天井の梁を見て。気取られないように視界の隅で」


「……あれか。あの一部だけ、特にガタがきてる」


「合図したら、そこを最大出力で撃って。多分、それで天井が落ちる。上手くいけば、敵を一網打尽にできる、はず」


「多分? はず?」


「言ったでしょ。成功は約束できない。……やっぱやめる?」


「いいや、わかった」


 話が終わり、ステラはハジーンへと視線を移した。


「今生の別れ? それが必要なのはあんたの方でしょ」


「は?」


「欠点だらけのゴミはどっちかしら。この場で処分されるのはあんたの方よ」


「……いい度胸ね。それとも、恐怖で精神がおかしくなってしまったのかしら? まあ、どちらでもいいけど」


 そう言うとハジーンは周囲の部下に手を振り、命令をくだした。


「殺しなさい」


 その言葉を受け、無数の敵が一気に動き出した。

 とっさに身構えるラヴィに対し、ステラは抑えるように小さく囁く。


「まだよ、まだ。すべての敵が範囲に入っていない」


 一斉に向かってくる敵の群れに緊張しつつ、ステラはほんの一瞬の時間に集中し、タイミングを計る。


「今よ、ラヴィ!」


「よしきた!」


 ラヴィが即座にクロコダイルにありったけの力を込めて撃ち出す。

 それが腐食した梁と周囲のヒビ割れた部分を撃ち抜き、その衝撃に周囲の天井全体に瞬く間にヒビが広がっていき、そのまま崩落を始めた。


「何⁉」


 ハジーンがその事態に驚く一方で、ステラはアルに向かって即座に叫んだ。


「アル! 私たちを安全なところに!」


「は、はい!」


 アルはとっさにその言葉に従い、二人を抱えてジャンプ。崩落する天井の破片を素早く回避しながら、その場を離れた。

 そうして無事に安全圏へと逃げ延びたステラはすぐに態勢を整え、状況を観察した。


 敵のザコどもは瓦礫に押しつぶされて壊れたか、身動きが取れない様子だ。

 奥に残ったハジーンは腕に破片を食らって多少のダメージは負っているものの、健在。

 その姿を冷ややかに見つめながら、ステラはアルに次の指示を出した。


「アル、あいつにトドメを!」


 アルはその指示に一瞬戸惑った様子を見せつつも、すぐに駆けだした。

 しかし、一方のハジーンは形勢の悪さを悟ったように、悪態をついてすぐにその場から逃げ去っていく。


「アル、追わなくていい。ありがとう、あんたのおかげで助かった」


 ステラのその言葉にアルは足を止めて振り返り、微笑んで見せた。


「いえ、お二人が無事で本当に良かったです」





 頭上から激しい振動と音が鳴り響き、地下階層の最奥にいるスルールは降ってきたホコリを払いながら、呆れた様子で呟く。


「あーあ、またハジーンが醜態でも晒したかな? まあ、そんなことは知ったこっちゃないけど」


 いずれにせよ、時間稼ぎは十分にしてくれた。彼女にしては珍しく上々の働きだ。

 そのおかげで、肝心の目標には辿り着けたのだから。


 そう思いながら、スルールは目の前の凍結封印ポッドを見つめる。

 その中に眠る、銀髪の少女の姿。探し求めていた、”いばら姫”。


「……けれどこれは。アレキサンドライトがもう一体?」


 似ているなんてものではない。

 しかし、エメラルドのコンセプトモデルはすべて完全なワンオフのはずだ。

 同型機が存在したという記録はないし、公式記録がすべてではないとしても、それならそれで何故記録に残さないのか、という疑問も生じる。


 存在しないはずの存在。

 しかし、いずれにせよ、それは現に目の前に存在する。

 それ自体は確定した事実であり、ということはつまり絶対の前提条件だ。


「さてさて?」


 アルガダブ、引いてはその裏に存在するであろう”スポンサー”は、こんなものを手に入れて何をどうするつもりなのだろう。


 スルールは、まるで新しい玩具でも手に入れた気分で、愉快に笑った。


「そそられるねえ」

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