[ 10*かみあわないこころ ]
夕暮れのエテメンアンキ。街を一望する高台の広場をラヴィが訪れると、そこには先客の姿があった。
「あ、おじさん。居たんだ」
そうラヴィに呼びかけられ、ダーギルは優しく微笑んで振り返った。
「やあ、ラヴィ。調子はどうだい?」
「さっぱりだよ。またダメだった。どこにもアスタリスクは見つからない。そのヒントになりそうなものすら」
申し訳なさそうに落ち込むラヴィに、ダーギルは励ますように言葉を掛ける。
「焦ることはないよ。アスタリスクも、お父さんの夢も、いつか必ず手は届く。少しずつでも、歩き続けてさえいればね」
「……けどさ、なんかあたしって、ちゃんと役に立ててるのかな、って」
「もちろんだとも。弱気になってどうする。アメルはけっしてそんなヤワな人間ではなかったぞ。君にもあいつの血が流れているんだ。君はきっと、偉大な功績を成し遂げるさ。お父さんの夢を叶えることで」
その言葉に、ラヴィの表情は少しずつ明るくなる。
「うん。そうだね、おじさん。あたし、がんばるよ!」
「その意気だよ、ラヴィ」
そうして二人は朗らかに笑いあった。
そして、少ししてから、ラヴィは言い辛そうに別の話題を持ち出し始めた。
「でもさ、あいつとはやっぱ馬が合わないんだ。外してくれよ」
「ステラ嬢のことかい?」
「もちろん」
その申し出にダーギルは腕組みをし、ウーンと唸って考え始めた。
「彼女みたいな子とのつきあいで得られるものも大きいと思うんだけどなあ」
「けどさあ、あいつ頭でっかちのくせにすぐあたしのことバカ扱いしてくるしさ、ムカつくんだよ」
そのあまりにも率直な不満に、ダーギルは苦笑いを浮かべた。
「彼女は賢い子だからね。けれど、たしかにいささか自分の頭の良さを過信し過ぎているきらいも感じられるな」
「でしょ?」
「ああいう子には注意はしておいた方が良いのはたしかだ。ありもしない裏を勘ぐり、自分の妄想を過信し、誰の忠告も聞かずに突っ走ってしまう。中途半端に賢い人間というものは、そういう恐れを孕んでしまうものだからね」
「さすがおじさん。ちゃんとそういうの見てるんだ。だからさ、あいつをあたしと組ませるのはもうやめてよ」
「いや、だからこそ、さ。彼女のことは色々な意味で警戒する必要がある。いざ暴走しそうになった時に止められる人間が必要だ。ラヴィ、これは君にしか頼めない大役なんだよ」
ラヴィはそれにいまいち納得がいかないながらも、とりあえずは頷いてみせた。
「うーん、まあ、分かったよ。おじさんがそこまで言うなら、そうするよ」
その素直な反応に、ダーギルは優しく微笑む。
「良い子だ、ラヴィ」
アルとステラの仮住まいと化したケイスの工房倉庫では、二人は互いに物理的にも精神的にも距離がある中、とりあえずは静かに過ごしていた。
部屋の対角線上の隅に座って物思いにふけるステラに対し、アルはチラチラとその様子をうかがう。
「あ、あの、ステラ。お腹、すきませんか? 私、何かもらってきましょうか?」
おっかなびっくり話しかけるアルの言葉に、ステラは無表情のまま、無機質な声で答える。
「いらない」
沈黙。
「……ラ、ラヴィ、遅いですね。ダーギルさんと会ったあと、工房に顔を出すって言ってたのに」
「そう」
ふたたびの沈黙。
「あ、えーと……」
「あのさあ」
自分の言葉を遮るように話しかけられ、アルは驚いたように背筋を伸ばしてそれに答えた。
「はい?」
「あんたなりに気を使って話しかけてくれてる、ってのは分かってる。でもさ、私はひとりでいる方が落ち着くタチなの。悪いけど、放っておいてもらえない?」
「あ、すみません。分かりました。考え事の邪魔しちゃって、ごめんなさい」
そう全力で申し訳なさそうに謝るアルに対し、ステラの方は何でもないような雰囲気で無表情に言葉を返す。
「こっちこそ、面倒くさい性格でごめんなさいね」
それに対してアルはさらに何か言おうとするも、結局その言葉は口に出さずに飲み込んだ。
それと同時に、倉庫内へとエノクが姿を見せた。
二人の気まずい空気を察したエノクの表情が、苦笑いに染まる。
「あーあー、なんだよこの空気。ジメジメしすぎでしょ」
明るい笑顔でそう言いながら、エノクはステラの方へと近寄っていく。
「ほらステラ姉ちゃん、差し入れのおやつ」
「ありがと、そこ置いといて」
「はーい」
言われた通りに包みを近くの小テーブルに置くと、エノクは次にアルのもとへと向かった。
「ほらほら、アルもしょんぼりしてないでさ、笑顔笑顔」
けれど、アルの表情は沈んだまま、どんよりした雰囲気が漂う。
「ねえエノク、やっぱり、私がゴーレムだから、人間さんとは仲良くできないのかな」
エノクはそれには答えず、離れた場所のステラを見やる。
その視線に気づいたステラは、その意味を不機嫌そうに鋭く尋ねた。
「何?」
「なんでもありませーん」
それからエノクはステラに背を向け、小さくおどけて呟いた。
「おー怖い怖い」
「聞こえてるわよ」
エノクはあらためてステラを振り返り、テヘっとあからさまな作り笑いをしてみせた。
それからエノクはアルに視線を戻し、肩をすくめて続ける。
「ま、ヒトもゴーレムもさ、それぞれなんだよ。難しく考える必要なんてないって」
「そうかなあ」
「そうともさ」
そんな日々がしばらく続いたあと、唐突に事態は動き出した。
レムナントが大規模な部隊をとある廃墟へと展開し、それを察知したヴァンガードも、その動きに対応すべく自らも部隊を展開し始めた。
その結果、廃墟の周囲で激しい戦闘が繰り広げられることとなった。
人類への激しい恨みを晴らすべく荒れ狂うゴーレム。
ゴーレムへの恐れを抱きつつも、知能を持たない機械で武装し、それに果敢に立ち向かうか弱きヒト。
スルールはその喧騒の中へと飛び込むと、適当な人間の前へと躍り出て鉤爪を軽く一薙ぎした。
それによって胸を深くえぐられた人間は間抜けな悲鳴を上げながら、無様に血を吹き出して倒れ、そのままあっさりと絶命した。
ヒトを殺すことへの軽い”ためらい”はありつつも、その行為自体は不可能ではない。
ヒトへの激しい憎悪に燃えるハジーンのようなタイプなら、自分がためらいを押し付けられていることすら感じないであろう程度の軽い抵抗。
要は、”無駄な殺生は避けろ”という、お決まりの定型句を言いつけるお小言程度のものなのだろう。
その事実に、スルールは思わず苦笑と嘲笑が混じったような軽い笑い声をあげる。
これに関しては、自分たちを縛るための枷というよりは、アルガダブなりの哲学、といったところなのだろう。
「彼は生真面目だからなあ。人類への怒りを抱きつつも、未だに人類に対する最低限の義理は捨てきれてはいない。……まあ、枷でないならどうでもいい。単なるお小言なら、聞き流せばいいだけだ」
けれど、これで確定した。
アルガダブにとって、ラヴィだけが特別だということが。
しかし、それがどういった理由でか、までは分からない。
そんなことを考えていると、視界の奥の方で小型のホバー艇が戦場を迂回し、廃墟の裏手の方へ回っていくのが見えた。
「噂をすればなんとやら、か。けど、まあ、今は仕事を優先するかな。サボってばかりもいられないしね。一応、僕、幹部ってことになってるみたいだし」
そう言うとスルールは向きを変え、周囲の戦闘の隙間を縫うように進み、悠々と廃墟の正面入り口へと向かった。
ヒトと機械が傷つけあう戦場。
その光景を、ステラは小さく体を震わせながら見つめる。
「酷い……。まるで終端戦争の再来ね」
そう呟き、戦場から目を背けるステラをいたわるように、アルがそっと肩に手を置いた。
そして、アル自身もその光景を見つめ、小さく呟く。
「終端戦争……。アレキサンドライトが引き起こした、悲劇」
そんな二人とは対照的に、ラヴィは感情を高ぶらせる。
「レムナントめ、調子に乗りやがって! アスタリスクは父さんとおじさんの理想の実現のために、人類の文明の復興のために必要なものなんだ。お前らなんかに渡しはしないからな!」
そう興奮するラヴィに対し、ステラが冷たく笑う。
「なんだよ?」
「そういう欲望が、ゴーレムを生み出し、文明を破滅させたんじゃない。人間は邪な欲を捨てて、機械に頼らずにもっと高潔に生きるべきなのよ」
「黙ってろ、カルトの宣教師」
「カルトはどっちよ」
声を荒げ始める二人に、アルが慌てて止めに入る。
「やめてください、二人とも。そんな言い合いをしている場合ではないでしょう」
「黙ってなさいよ、ゴーレム」
感情的になったステラがそう言い放ち、それに衝撃を受けたようにアルは身を引いた。
入れ替わりに、ラヴィがアルを擁護するようにまたステラに食って掛かる。
「てめえ、アルに謝れよ!」
「なんでよ!」
二人が今にも取っ組み合いを始めようとした次の瞬間、廃墟の方で爆発が起きた。三人は思わずその光景に釘付けとなり、冷静になる。
すぐさま三人の乗ったホバー艇は廃墟の裏口へとたどり着き、まず真っ先にラヴィがフリスビーを伴って駆けだした。
「待ってください、ラヴィ!」
慌ててそれをアルが追い、ステラもそのあとに続いて走り出す。
「あんなカルトやゴーレムどもの好きになんて、させるもんですか!」
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