[ 09*かきみだすもの ]
「ステラ? ねえステラ、どこ行っちゃったんですかー?」
ステラを探すアルの声が、廃墟の長く暗い通路をこだまする。
それに答える声はなかったが、その代わりに、アルのあとを歩くラヴィが不満そうに言葉を漏らした。
「もうあんな奴ほっといて帰ろうぜ」
「何言ってるんですか、ダメですよそんなの!」
「こんだけ探して見つからないんだ。どうせあいつの方こそ先に帰ってるんだよ。そうに違いないって」
「そんなわけありません。ほらほら、ちゃんと探しましょう。みんなで仲良く、です!」
「くっだらねぇー」
そうしてふて腐れて歩くラヴィを、アルはとっさに突き飛ばした。
「ラヴィ、危ない!」
突き飛ばされたラヴィはそのまま激しく地面を転がり、壁に激突してようやく止まった。
「痛ってぇー。何だよいきなり!」
ラヴィが痛みに呻きながら体を起こすのを視界の端で確認しつつ、アルは突然飛び込んできた何者かと激しく組み合う形となっていた。
ボロ布をまとった骸骨のような姿のゴーレム。
「何なの、あなた……!」
アルがそう問いかけるのと同時に、ラヴィがこのゴーレムの名前であろう言葉を叫ぶのが場に響く。
「スルール!」
そのスルールと呼ばれたゴーレムが、アルの問いかけに皮肉めいた笑い声を響かせる。
「何なの、ときたか。決まってるだろ、敵だよ! バカだなあ」
そう言うとスルールは組み合った状態を解き、長い鉤爪を鋭く突き出して攻撃を仕掛けた。
アルはそれをかわしつつ、ラヴィの盾となるポジションを取る。
「正直言って、肉体労働は僕の分野じゃない。単純なスペックでは、僕は、アレキサンドライト、君には到底及ばない」
「……私は、アレキサンドライトじゃない」
そのアルの言葉を無視し、スルールは勝手に続ける。
「けれど、結局のところを言えば、君は僕には勝てない。絶対にね」
そう宣言し、スルールは素早くアルの懐へと飛び込み、連撃を仕掛ける。
それに対し、アルも激しく応戦する。
起き上がったラヴィはアルを援護しようとクロコダイルを構えるが、上手く狙いを定めることができず、思わず悪態をつく。
「クソっ! どっちも動きが速すぎて狙いがつけられない。下手すりゃアルに当たっちまうし」
そんなラヴィの歯がゆさの滲む言葉を嘲笑しつつ、スルールはさらにアルへの攻撃を続ける。
けれど、その攻撃は見た目の苛烈さとは裏腹に、大して重くはない。
その意味を、アルは察する。
こいつは、遊んでいる。
甘さや優しさからの手加減などではなく、これが彼なりのいたぶり方、なのだろう。
それを裏付けるように、スルールは愉快そうな高笑いを響かせた。
「君は凄い。他のどのゴーレムをも圧倒する性能。ただでさえ最高位の技術の粋を集めて造られたエメラルドのコンセプトモデルな上、それがプシュケーの感染によって、”変異”というよりも”進化”と呼ぶのがふさわしいほどに改変されている。その凄まじいまでの圧倒的な力で、君はかつて世界を滅ぼした!」
「私はそんなことはしていない!」
「けれど、それが君のトラウマとなってしまった。そのトラウマが、君のせっかくの力を抑え込んでしまっている。自分の意思で極端な力を行使することをためらってしまう。そうだろう?」
アルがそれを否定する言葉を口にするよりも速く、スルールは一気に懐へと飛び込んでくる。
激しい攻防。けれど、やはりそのどれもが軽い。
「それが! アレキサンドライトである君の弱点だ!」
「だから、私はアレキサンドライトなんかじゃない!」
そんなアルの動揺の隙をつくように、スルールは鋭く爪の攻撃を仕掛ける。
しかし、その攻撃は横から体当たりを仕掛けたラヴィによって阻止された。
「何⁉」
驚きながらもすぐに態勢を整えるスルールに、ラヴィは畳みかけるように銃撃を浴びせる。
しかし、スルールはそれを鼻で笑いつつ、たやすく爪で弾いていく。
「大丈夫か、アル? あんな奴の言葉に惑わされるなよ」
「は、はい」
ラヴィの言葉で、アルは少し調子を取り戻す。
そんな二人の様子をスルールは愉快そうに笑いながら見つめ、割り込むように言葉を吐いた。
「ラヴィ、か。君の方はなかなか手強そうだね。アレキサンドライトとは違って動きに迷いがないし、考えがまったく読めやしない」
相変わらずの嘲笑を浮かべてそう言うスルールを、ラヴィは怪訝な表情を浮かべ、睨みつける。
そして少しの間を置いて、その発言の意図を察したようにラヴィは激昂した。
「てめー! それってあたしが考えなしに突っ走るバカだって言いたいんだろ!」
その指摘に、スルールはあからさまに大げさに驚いて見せる。
「あ、分かるんだ! 驚いたな、それぐらいはやっぱりバカでも分かるんだ。バカなりに」
「この野郎!」
完全に頭に血が上って突撃するラヴィ。
「ダメです、ラヴィ!」
アルはとっさにそれを制止するべく叫び声をあげるが、すでにラヴィはスルールの間合いに誘き寄せられてしまっていた。
スルールはラヴィの突撃を軽くいなし、逆に転ばせる。
そして、すぐさま起き上がろうとするラヴィの目の前に鉤爪を突き出した。
「本当に君はバカだなあ。見てて愉快だし、正直嫌いではないけど、残念ながら敵は敵だ。死んでもらうよ」
アルがとっさに飛び込み、フリスビーもそれに続くが、スルールはその二機を踊るような軽い蹴りの攻撃で吹き飛ばし、その勢いのままラヴィへとあらためて爪を振りかぶった。
「さようなら、ラヴィ!」
ラヴィは恐怖に堅く目をつぶり、叫んだ。
「父さん!」
しかし、その爪の攻撃はラヴィの顔面の、まさにすぐ目の前でピタリと動きを止めた。
恐る恐る目を開けるラヴィに対し、スルールはそのまま微動だにしない。
それからほんの少しして、スルールはゆっくりと爪を下ろし、先ほどまでの嘲るような半笑いの声とは違う、落ち着いた声で言葉を発した。
「……やっぱりやめておこう。気が変わったよ。君にはまだしばらく、僕の計画の歯車になっていてもらう方が都合がいい。そういうわけだから、そのままの調子でよろしく頼むよ、ラヴィ。期待しているからね」
そう言うと、スルールはまた以前のような高笑いを浮かべ、パイプやダクトが複雑に絡み合う天井の向こうへと飛び去り、消えていった。
「待て、計画ってなんだ! スルール、お前、何を企んでやがる!」
天井の暗闇に向け、ラヴィは大声を張り上げるも、帰ってくるのはただ反響だけだった。
そのすぐあと、スルールは見晴らしのいい高台の岩場の上に腰掛け、先ほどまでいた廃墟を見下ろしていた。
ここからだとまるでアリンコのように小さく見えるラヴィたちが撤収していくのが見える。
その姿を、スルールは小馬鹿にしたように笑う。
「あー愉快愉快。バカだなあ。ハッタリに決まってるだろ、計画なんて。ホントにそんなものがあるとして、こんなとこで不用意にバラすわけがないのに。せいぜい疑心暗鬼にでも陥ってな、バーカ」
そのままスルールはしばらくの間、馬鹿笑いを続けた。
そして、ようやくその笑いが収まると、今度はまた落ち着いた声で別の独り言を始めた。
「まあ、そんなことはどうだっていいんだ。気になるのは……」
ゆっくりとした動きで手を掲げ、その鉤爪の先を見つめる。
「殺せなかった」
確かにあの時、ラヴィを殺すつもりでいた。
けれど、その行動はかなりの強制力を持つコマンドによって阻止された。
自分自身の自由意志を無視した強制命令。精神に掛けられた枷。
「誰が仕掛けた?」
アルガダブ。
自分やハジーンも含め、レムナントの構成員はみな、アルガダブによってジャンクから再生されたか、あるいは新規製造された。
「僕にこんな下らない枷をはめられるのは彼だけだ」
そしてもうひとつ。
「殺せなかったのは、あれが”人間だから”か、それとも、”ラヴィだから”、か」
今まで面倒な肉体労働はサボってきたせいで、その判別がつかない。要検証といったところか。
また、ハジーンはどうだろう。彼女はすでに何人もの人間を殺している。彼女なら、ラヴィも殺せるのだろうか。まあ、こちらは大した興味はないけれど。
……いずれにせよ、これは裏切りだ。
「……やってくれるね、アルガダブ」
怒気を含んだ嘲笑が、周囲に響く。
そうしてスルールは、あらためて広大な砂漠を見渡していく。
「この戦いには、どうやら見えないルールが存在するらしい。プレイヤー……、いや、ただの駒に過ぎない僕たちには開示されていない、裏のルールが。……ただの駒、か。気に食わないなぁ、そういうのは」
吐き捨てるようにそう言い残し、スルールは岩場を飛び去った。
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