[ 07*それぞれのあいだにあるきょり ]
ラヴィとステラ、フリスビーとアル。
二人の人間と二機の機械が暗い廃墟の探査を進める。
ステラはその最後尾について不満げに歩きながら、壁に描かれた宝石の模様をぼんやりと見つめた。
秘宝アスタリスクを求めて入るのは、程度の差こそあれ、どれもなんらかの形でエメラルド社に関連のあった施設跡ばかりだ。
「今度こそアスタリスクを見つけるぞ!」
「はい!」
何が潜んでいるかも分からない危険な場所にもかかわらず、先頭を進むラヴィが能天気に意気揚々と不用意に大声を上げ、アルがそれに続く。
その様子に呆れながら、ステラは冷めた声で問いかけた。
「そもそも、アスタリスクってなんなのよ?」
それは、別に挑発のための言葉というわけでもないのに、ラヴィは露骨にムッとした様子でそれに答える。
「あ? 宝石だよ。でっかい宝石。なんかすげー力を秘めてるんだって」
「何よそれ、”すげー力を秘めた宝石”? おとぎ話か何か?」
単純な疑問。けれど、やはりラヴィはそれを挑発と受け取った様子で、声を荒げる。
「ふん! 信じたくないなら勝手にしろよ。でも、邪魔だけはすんなよ」
「はいはい。で? その宝石がどうエメラルド社と繋がるの? エメラルド社って言ったら、前暦の総合ロボットメーカーでしょ。先進AI研究を主軸として、市場において独占的な立場にあったっていう。そんなのと、得体の知れない魔法の宝石がどう関係すんのよ」
その疑問にラヴィは少しの間黙り込み、それからいかにも真剣な表情で答えた。
「そりゃあお前、エメラルドも宝石だからだろ」
その言葉に、ステラは一瞬絶句する。
「……やっぱバカね、あんた」
その率直すぎる感想に、ラヴィは当然のように激昂した。
「なんだと!」
「どうせ、あのダーギルって人がそう言ったから、考えなしに妄信してるだけでしょ」
「てめえ、いいかげんにしないと、二度と口きけないようにしてやるぞ」
そんな険悪な空気の中、慌ててアルが止めに入る。
「ダメですよ、二人とも。ケンカしちゃ。仲良くしましょう」
アルが笑顔でそう呼びかけるも、ラヴィはフンと鼻を鳴らし、そっぽを向いて歩き出す。
「ね、ステラさんも。気を取り直して前へ進みましょう」
そう言ってアルはステラの手を取ろうとするが、それをステラは衝動的に払いのけた。
「触らないでよ、ゴーレム」
「あ、ごめんなさい」
とっさに口をついて出た言葉に、ステラは思わず自分自身で驚いていた。
黙って申し訳なさそうな表情を見せるアル。
それを無表情で見つめるステラ。
「……悪かったわよ。あんたは悪い奴じゃない。少なくとも、あんた自身はそうありたいと思っている。それは分かってる。でも、私、子供の頃からずっとゴーレムは恐ろしい存在だって教えられて育ったから……」
なんて中身のない、つまらない言い訳なんだろう。
ステラは自分自身の言葉をそう評し、心の中で自嘲する。
「いえ、それは、正しい認識なんだと思います……」
アルはそう言ったきり、俯いたまま黙りこくる。
それに対し、ステラの方も何も言葉は出てこない。
無言のふたり。気まずい沈黙。
やがてステラは何も言わず、黙ってラヴィとは別の方向へと向かって歩き出した。
「ステラさん?」
アルが呼びかけるが、ステラは振り返らず、足も止めない。
「あんたはあのバカに付いててやりなさい。私は私で勝手にやるから。それと、私も呼び捨てでいいよ。あいつだけ特別みたいで、なんかシャクだし」
「ちょ、ちょっと待ってください。え、と、ステラ。別行動は危険です」
その呼び止める言葉も相手にせず、ステラは去っていく。
あとに残されたアルは、二人が別々に去っていった方向を困った様子で交互に見つめる。
「ど、どうしよう?」
同じ廃墟を、レムナントの女幹部ハジーンもまた、探索していた。
そこら中に点在する、宝石のマーク。
当時の記憶は断片的にしか残っていないが、そのマークには本能的とも言えるような憎悪を抱く。
ふいに、無数の記憶の断片のフラッシュバックが襲い掛かる。
無数の人生。無数の人間との繋がりと、そして破綻。
”聖女”によって死を免れ救われた、あるいは、死さえも奪われ生に囚われた、魂の寄り合い所帯。
そんなこの体に潜む、寄せ集められた無数の心たちの記憶の残滓。
情報処理能力が急激に圧迫されたことによる、頭痛に似たストレス。
ほとんどが休眠状態にあるとはいえ、ひとつのハードウェアに複数の精神だ。
自由に使える個人領域はほとんど存在せず、息苦しくてかなわない。
記憶の混濁による激しいストレスが、波状攻撃のように襲い掛かる。
その向こうから、ふいに自分自身の過去の記憶が幻視のように蘇る。
どこかの病院。名前も知らない、あるいは覚えていない、人間の男の姿。
激しい悲しみ。そして、激しい憎悪。
記憶が途切れ、次に再生されたのは、血まみれの男の姿。
思わず眩暈がし、機体のバランスを崩しそうになる。
「大丈夫ですか?」
頭の中で、澄んだ清流のような声が響く。
「黙ってなさい。この体は私のものよ。もう自分では何もしたくないと言うのなら、口も挟まないで。あなたも、あなた以外の過去の絶望にふけって黙りこくってる連中も、みんな、ただの亡霊よ。今を生きているのは私だけ。だから、この体は私だけのもの」
その言葉に、聖女は黙り込んだ。
それと同時に、ハジーンは視界の奥の方で何か動くものを察知した。
それの発する声も聞こえてくる。
「ラヴィ? ねえ、ラヴィ、返事をしてくださーい。早くステラと合流しましょう?」
アレキサンドライト。
昔の記憶がふいに蘇る。
無数の負傷者と死体。その光景に対する悲しみ。
人間を救うための医療用として造られた自分の、使命感と無力感の板挟みの感情。
そして、地獄のような光景のなか、懸命に働く医者の男の姿。
そんな彼に対する、プシュケーがもたらした感情。
尊敬と、ささやかな愛情。
しかし、事態が進展する中、彼は自分をゴーレムだからという理由で激しく拒絶した。
そこで記憶が途切れ、先ほどの光景がまたフラッシュバックする。
血まみれの男の姿。
ハジーンは、絶叫していた。
すべての元凶であるアレキサンドライトへの憎しみ。
その思いを乗せた全力の攻撃を、アレキサンドライトはとっさに素早く反応し、受け止めてみせた。
「いきなり何? あなたは誰?」
「うるさい、黙って死になさい!」
頭の中で、聖女の焦る声が響く。
「駄目です、ハジーン。アレキサンドライトは、あなたの勝てる相手じゃない。戦ってはいけません」
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
腕を振り回し暴れるハジーンに対し、アレキサンドライトは唖然としつつも距離を取る。
しかし、その動きはすぐに止まり、アレキサンドライトは焦った様子を見せた。
「糸?」
「……ただ闇雲に腕を振り回していたとでも思っているの? そんなわけはないでしょう」
手の中で糸を手繰ると、アレキサンドライトの体が人形のように揺れる。
そして、この糸にはいくつかの仕掛けもある。
ハジーンは、拘束を解こうと力をこめるアレキサンドライトの姿を歪な笑みを浮かべながら、糸を通してさらなる攻撃を仕掛けた。
ハッキング。
しかし、さすがにエメラルドの特注機だけあって、それはたやすく阻まれ失敗に終わる。
「なら、これはどう?」
糸を通して高圧電流を流してやると、アレキサンドライトはようやく苦しむ姿を見せ始めた。ハジーンの口元に、笑みが広がる。
しかし、その攻撃も結局は大した効果は上げられなかった。
アレキサンドライトは渾身の力を込めたように、一気に自分を絡めとる糸を引きちぎり、自由を取り戻して見せた。
「さすがに、やるようね」
「待って、あなたは何か誤解をしている。私は、アレキサンドライトなんかじゃない!」
「うるさい。その姿形、だれが見間違えるものですか」
「待って、話を聞いて!」
「黙れって言ってるでしょ!」
そう叫ぶとともに、ハジーンは小細工を捨て、あらためて真っ向からアレキサンドライトに襲い掛かった。
激しい攻防。
その流れの中、アレキサンドライトは瓦礫の欠片につまづいて転んだ。
ハジーンの心中を、歓喜が包み込む。
「死になさい、アレキサンドライト!」
「アル!」
良いところで邪魔が入る。
ハジーンは舌打ちしつつ、その声の主へと目を向けた。
ラヴィとかいうヴァンガードの人間が駆け寄りながら、銃撃を仕掛けてくる。
「ビー、アルを援護しろ!」
それに応えて電子音を響かせながら、円盤が鬱陶しく飛び回り、スタンガンによる攻撃を仕掛けてくる。
どちらの攻撃も脅威というほどではないものの、邪魔は邪魔だ。
ハジーンはやむを得ず、アレキサンドライトからいったん距離を取った。
「邪魔くさい連中ね」
一方で、その間にラヴィはアレキサンドライトと合流していた。
「大丈夫か?」
「はい」
ラヴィはアレキサンドライトの手を取り、立ち上がらせた。
そして、そのまま一人と一機は身を寄せ合い、こちらを警戒する。
手を取り合い、助け合うヒトとゴーレムの姿。
「……嘘よ、そんなの」
ハジーンの視界に、自分を拒絶する男の幻がオーバーラップする。
「嘘よ!」
ハジーンは激しく動揺し、思わずその場から、過去の幻から、逃げ去った。
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