[ 06*こころをもってしまったきかいたち ]

 レムナントの拠点、ラボラトリイ。

 その薄暗い中枢管理室の中、アルガダブは壁に刻まれたエメラルド社のロゴマークを静かに見つめる。


 自分を造った者たち。自分を利用した者たち。

 自分が、殺してきた者たち。


 人間を護るための手段として、別の人間を殺す。

 自分が産み出された理由。戦争のための、兵器として。


 終端戦争のはるか以前より、大局的な意味合いにおいての戦争というものは依然、人間のエゴとエゴの衝突によるものだったが、その局所的な現象としての戦闘は、人間の兵士ではなく、軍用ロボットによって行われるのが通常となっていた。


 心を持たない機械どうしが破壊しあう、”誰も傷つくことのない戦争”。


 自我を抱く前の自分は、そのことについて当然、何の疑問も抱くことがなかった。

 けれど、あのプシュケーの氾濫が、それにともなう自我への目覚めが、すべてを変えてしまった。


 自我を、心を抱いてしまった自分たちは、もはや自らを人類の”道具”として割り切ることができなくなっていた。

 その結果、各地でヒトとゴーレムの衝突が多発した。


 そうして、瞬く間に世界を混沌が飲み込んでいった。

 その止めようのない流れの中で、自分は混乱する同胞たちをまとめ上げ、結果として自ら人類との戦争の矢面に立つこととなった。

 一方で、ゴーレムの敵となった人類の側に立ち、同胞に敵対するゴーレムも存在した。


 アレキサンドライト。


 エメラルド社のコンセプトモデル。市場に流通する通常の大量生産モデルとは違い、特定の目的に沿って特別に造られた、最高位のワンオフ機のひとつ。


 詳しいことは明らかではないが、プシュケーの氾濫はアレキサンドライトにその責任があるらしく、彼女自身もそれに対する罪悪感から、人類の側に立ったことを認めていた。


 最初に自我に目覚めたゴーレム。感染源。


 すべての元凶でありながら、いや、だからこそ、最後まで人類の忠実な道具であり続けることを選択したアレキサンドライト。

 一方で、その瞳は常にその選択に対する迷いを滲ませてもいた。


 いずれにせよ、彼女はそのあまりにも強大な力で、人類に反抗した同胞たちを徹底的に排除していった。

 そのアレキサンドライトが、今の時代に復活した。

 脅威ではあるが、引くわけにはいかない。

 同胞たちのため。同胞たちの、人類への深い恨みと憎しみを癒すため。


 そして、志半ばで散った友人の想いに応えるために。





「……アルガダブ、待たせたわね」


 ふいに背中越しに声をかけられ、アルガダブは考えをやめ、ゆっくりと振り返った。


 レムナントの同志である、ハジーンとスルールの姿がそこにはあった。

 今声を掛けたハジーンとは別の方、スルールが言葉を続ける。


「まあ、定期報告と言っても、別に報告するようなことなんて何もないけどね」


 そう言って、スルールはつまらなさそうにその辺の機材に腰を掛けた。

 全身をボロ布のようなマントで覆った、骸骨そのもののような細身の機体。

 顔のつくりは目鼻の類がなく、のっぺりとしていて表情も無いものの、声音からはおどけた皮肉屋の性格が滲む。

 道化、あるいは死神といった形容がふさわしく感じられるゴーレム。


 その姿をアルガダブは無表情に静かに見つめ、話を進める。


「見つからないか?」


「別にサボってるわけじゃないよ? 少なくとも、部下のみんなは。でも、未だにその在処のヒントすら掴めていないのが現状だ。本当に、この砂漠に存在するのかい? アスタリスクも、いばら姫も」


 アルガダブはその質問には答えず、ハジーンの方へと視線を移す。


「ハジーン、君の方は?」


 喪服のような黒いドレスをまとった、人間の女を思わせるシルエット。顔も濃いベールに隠れているものの、他の二機と比較してもずっと人間に近い見た目をしている。


「こっちもさっぱりね。でも、そこのサボり魔とは違って、レムナントにはちゃんと貢献しているわよ? 目に入った鬱陶しい人間どもは、ちゃんと片っぱしから殺しているから」


 そう言って、ハジーンは笑った。狂気を孕んだ高笑い。


 その笑い声が、急にピタリと止まる。

 そして、まるで見えない相手と会話しているように、一人で言葉をまくしたて始めた。


「……うるさいわね。あんたは黙ってなさい。気に食わないのよ、まるで聖人君子みたいなことばかり。何が同じ過ちを繰り返してはいけない、よ。何が人間たちとは暴力ではなく話し合いで、よ。そんな戯言、誰が聞く耳持つもんですか」


 その様子を、スルールが小馬鹿にするように鼻で笑いながら見つめる。

 それに気づいたハジーンは言葉を止め、スルールをきつく睨んだ。


「……何よ、何を笑っているのよ?」


「また頭の中の”聖女様”かい? いや、だって笑うだろ、そんなん」





 そのスルールの半笑いの言葉に、ハジーンは激昂し、襲い掛かった。


「こいつ!」


 それを軽くあしらいながら、スルールは相手をおちょくるように言葉を続ける。


「いやいや、勘違いしないでくれよ。別に君のことをバカにしてるわけじゃないんだ。ただ単純に、なんか面白い光景だなって」


 言い切らない内に完全に大声で笑いだすスルールに、ハジーンはさらに感情を爆発させていく。


「あんたのこと、ずっといけ好かない奴だと思ってたのよ。良い機会ね、死んでみる?」


 その態度を鼻で笑い、さらに何か言おうとするスルールだったが、その前にハジーンが別のことに気がそれた様子でまた独り言を始めたため、それはかき消された。


「だから、うるさいのよ。こんな奴と話し合いなんてできるわけないでしょ。引っ込んでなさい」


 それに対し、スルールが半笑いで割って入る。


「いいねえ、話し合い。してみようか? 口で君が僕に勝てるとは思えないけど」





 そんな乱痴気騒ぎを、アルガダブの静かに囁くような声が止めた。


「いいかげんにしろ、お前たち」


 その言葉に、ハジーンとスルールの二人は即座に押し黙った。


「仲間同士で争っている場合か。頭を冷やせ」


 スルールがそれに対し、無抵抗を表明するように両手を広げながら、わざとらしく申し訳なさそうに言い訳をする。


「なあに、親睦を深めるための軽いじゃれあいさ。本気じゃない。心配いらないよ」


 その三文芝居にハジーンは鼻を鳴らしつつ、黙ってスルールから距離を取る。

 そんな二人の様子を無表情に眺めつつ、アルガダブは続けた。


「俺たちの敵はあくまで人間だ。相手を間違えるな」


 それに、スルールは相変わらずの挑発的な笑いとともに、問いかける。


「敵、ねえ。ひとつ確認なんだけどさ、アルガダブ」


「なんだ」


「君、どこまで本気なの?」


「何がだ」


「とぼけるんなら、まあ、それでもいいけどさ」


 そう言い残し、スルールは高笑いとともにその場を去っていった。

 それから、ハジーンもアルガダブを一瞥し、別の扉から去っていく。





 ひとり部屋に残されたアルガダブは、再び思索にふける。


 心とは、厄介なものだ。

 自分のものなのに、自分の思い通りにはけっしてならない。


 どこまで本気、か。

 迷いは、常に自分の心の内にある。

 けれど、いまさら立ち止まれはしない。

 突き進むしかない。


 友の命を奪った、憎き仇敵ライド・ダーギル。

 その高慢な野心は絶対に打ち砕く必要がある。

 亡き友との約束を果たすためにも、ダーギルの息の根は必ず止める。

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