[ 05*せかいをながめるかくどがちがうから ]

 ケイスの工房で、ラヴィとステラは小さなテーブルをはさんで向かい合い、いがみ合っていた。


「エノンズワード、ねえ」


 明らかに小馬鹿にした様子のラヴィに対し、ステラはムッとした様子で言葉をまくし立てる。


「機械を使って、機械と戦う。あなたたちはこの危険性が分かっていないのよ!」


「神様がそう言ったから?」


 必死で笑いを堪えるラヴィの姿に、ステラはさらに目に見えて感情を高ぶらせていく。


「何がヴァンガードよ。何が文明の再興よ。バカバカしい。明らかな間違いを孕んでいた前暦の文明を再興したところで、また同じ破滅の道を辿ることになるのは必然じゃない。あなたたちがどれだけバカだろうとそれは知ったことじゃないけどね、そのバカさに世界を巻き込もうとするのはやめて」


「くっだらねえ。何が宣教師だよ。全然説得力ねーんだけど」


 そんな軽口にステラが被せて文句を言おうとするのも相手にせず、ラヴィは少し離れた場所で作業に没頭するケイスに視線を向けた。


「なあ、師匠もそう思うだろ?」


 そう問いかけられたケイスは手を止め、ラヴィではなくステラへと向かって言葉を掛けた。


「俺たちはたしかに機械を使うが、ゴーレムは使わん」


 その言葉に、ステラは何も言わずに視線をアルの方へと向けた。


「そいつは例外だ。先日ラヴィが偶然拾ってきただけで、ここに居るゴーレムはそいつだけだ。とにかく、俺たちはプシュケーの影響を受けるほどの高度な知性化機械は使っていない。それは、エノンズワードの教義に反しないはずだが?」


 その指摘に、ステラは少し黙って考え込む。


 たしかに、エノンズワードの教義において禁忌とされているのは、自我を持つ危険性を孕む、ゴーレムやそれに準ずる極めて高度な情報処理能力を持つ機械群に限られる。

 厳密には、より単純な構造の機械の扱いに関しては禁忌とされてはいないが、一般の人々にその違いを説明するのは難しい。

 それに、人間の欲には際限がない。ここまで許されるなら、もう一歩だけ踏み込んでみよう。それができたなら、更にもう一歩だけ。そして更に……。結局その行きつく先は、破滅だ。

 だから、実際的な話としては、すべての機械は一緒くたに禁止、ということにされている。


 エノンズワード教のお膝元の東方ですらそのありさまなのに、なぜ中東の野蛮人に過ぎないこの男は、そんなことまで知っているのだろう?


「……あなた、エノンズワードに詳しいのね」


 その言葉に、ケイスは少し間を置いてからフンと鼻を鳴らし、答えた。


「長く生きてると、いつかどこかで小耳に挟んだ、どうでもいい話ばかり耳にこびりつく。ただそれだけのことさ」


「そう」


 ステラはそのあからさまに取って付けたような言い回しに対して警戒心を抱きつつも、とりあえずは深く追求することは避け、黙った。





 そんなやり取りを遠巻きに眺めるアルが、すぐ横のエノクに向かって呟く。


「なんか、難しい話だね」


 それに対し、エノクはどうでもよさそうにあくびをしながら返事をした。


「まあ、そりゃ色々あったからね。ヒトとゴーレムの間にはさ」





「とにかく、だ!」


 いったん収まりかけた場にもかかわらず、ラヴィはまたもステラに向かって声を張り上げた。


「外野が何をわめこうが、あたしは絶対に父さんの夢を叶えるんだ。父さんの夢見た未来。……知ってるかよ、人類は昔、月にだって行ったんだぞ」


 そう言いながら、ラヴィは胸元から月の石を取り出し、それを見つめた。


「人類は、こんなとこで立ち止まってる場合じゃない。早く力を取り戻して、また月へだって、その先へだって、何処までだって行く。そのためには、機械の力は必要だろ。たった一度の失敗で、全部を否定するなんてバカげてる」


 ”父”という言葉に、ステラは無意識に強い反発を抱き、態度をより硬化させていく。


「バカはあんたよ。その驕りが、欲が、野心が、自らの身を滅ぼすことになるってなんで分からないの? ……ああ、そうか! バカだからか。バカだから分からないんだね。ああ、かわいそう!」


「てめー、なんだとこの!」


 二人が同時に立ち上がり、今にも取っ組み合いを始めそうな雰囲気の中、それを制するようにケイスが低い声を響かせた。


「やめろ二人とも」


 しかし、二人はなおも言い合いを続け、まったく収まりはしない。


「あーあ、もう見てらんないな。落ち着きなよ、ラヴィ姉ちゃん」


 エノクが割って入り、体全体で抑えようとするも、それでもラヴィは止まらない。


「うるせー、放せエノク! 一発ぶん殴ってやらなきゃおさまんねー!」


 その叫びに、ステラも煽り返す。


「やれるもんならやってみなさいよこの野蛮人!」


「ほらほら、アルもステラ姉ちゃんを抑えて!」


 それまで事態を呆然と眺めていたアルも、エノクの要請を受けてようやく動き出す。

 けれど、その途中で傍の機械部品を引っかけて、落として壊してしまう。


 そのことで一瞬場が静まり返ったあと、ケイスの激しい怒号が工房中に響きわたった。


「いいかげんにしろ、お前ら!」





 そんな騒々しい一幕のあと、ステラはラヴィに連れられ、ヴァンガードの指導者のもとへと引きずり出されることになった。


「やあ、よく来てくれたね」


 男はそう言って、ステラとラヴィへと柔らかな笑みを向けた。

 その姿を、ステラはじっと見つめ、観察する。


 こうした組織の指導者としてはいささか意外な、どちらかといえば学者肌といった風貌の持ち主。

 気性は穏やかそうで包容力を感じさせる一方、どこか芯のある力強さも感じられ、いかにも頼りになりそうな印象を放つ。

 まさに、カリスマといった形容がピタリと当てはまるような人物。


 それが、ステラのダーギルに対する率直な第一印象だった。


 けれど、見せかけの態度なんて演技でどうとでもできる。

 可能性は常に広く考慮に入れておく必要がある。油断してはいけない。

 ステラは、自分自身にそう強く言い聞かせた。


「こちらから東方に接触を試みている。いずれ迎えの者をよこしてもらえるだろう」


 そう優しく告げるダーギルを、ステラは無表情に見つめる。


「生き残ったのは私ひとりです。私ひとりのために、そこまでの手間をかけるでしょうか。二次被害の可能性も当然、考慮に入れることでしょうし」


「エノンズワード教というのは、簡単に仲間を見捨てるようなものなのかい?」


「単純に、リスクとリターンのバランスの問題です。宗教組織だからといって、誰も彼もがみな、夢見がちな理想主義者というわけでもないですし。大規模な組織だからこそ、合理的な判断というものは常に求められます」


「うん、まあ、そうだろうね。特に、枢機卿ともなれば、他の者への示しもあるだろうし、ときに難しい判断を迫られることもあるだろう。とはいえ、そうは言っても親と子だ。どんな親だろうと、子供への愛情というものは何にも勝る。そうだろう?」


 その言葉に、ステラの鼓動が早くなる。


「私は、そう思うがね。ステラ・ブライトネス嬢?」


 そう言って、男はまたも完璧なまでに柔和な笑みを浮かべて見せた。


 私は、まだこの地で姓を名乗ったことはない。


「どういう意味でしょう? 父のことをご存じで?」


「ジャック・ブライトネス。アルファルドの枢機卿。さすがに私のような男でも御高名は存じ上げているさ」


 先ほど、この男は東方と接触を試みていると言ったが、この短時間でそこまで具体的に話が進むはずもない。

 何故この男は、私のことを、父のことを、こうも知っている?


 そして、なぜわざわざそれを明かす?

 牽制か、脅しか、あるいはただの誇示か……。

 それとも、誘導か。


 気にはなるが、うかつに深追いすればその先には罠が待っているのかもしれない。


 私は、すでに油断しすぎていたのかもしれない。


「……それで? 私は体のいい人質、ってわけですか?」


「まさか!」


 本気で意外な言葉だった、とでも言うような表情。

 いささか大げさで演技じみたものを感じるが、深読みのしすぎだろうか。


 ステラはそこで一旦思考を停止させ、深呼吸をした。


 ほどよい緊張は思考のパフォーマンスを向上させるが、一度ラインを踏み越えてしまえば、それは毒と化す。

 今の自分は、緊張を飼いならせてはいない。落ち着かなくては。


「君の身柄は必ず無事に東方にお返しする。それは約束しよう。ただ、そうは言っても向こうもこちらもそう易々と行き来できるわけでもない。片道とはいえ、それは君も自分自身の足で歩き、実感したことだろう」


 ステラは、ただ黙って頷くだけでそれに答えた。


「だから、しばらくの間は君にはここに留まってもらうことになる。もちろん、可能な限り丁重におもてなしするよ。その上で、もしよければラヴィを手伝ってやってほしい」


 男がそう言った途端、それまで横で黙って話を聞いていたラヴィが露骨に不満そうに声を上げた。


「はー? なんでだよ、おじさん!」


 抗議するラヴィに、男はシーと人差し指を立てて黙らせた。

 それからステラに向き直り、続ける。


「今、この中東で起きていることを間近で観察するということは、君自身の聖職者としての成長の助けにもなるだろう。確かに私たちはエノンズワードの教義に反する行いをしているように見えるかもしれない。けれど、世界というものはけっして一面的なものの見方で全容を理解できるものでもない。私たちには、私たちなりの論理と、信念がある。君には、それを見てほしいんだ」


 そう言って、男は微笑む。


 洗脳するつもりだろうか。

 それを警戒しつつも、今の自分には取れる選択肢なんて存在しない。


「……分かりました」


 ステラは、そう答えるしかなかった。


「そうか、ありがとう」


 男は、満面の笑みを浮かべた。





「あーあ、なんでお前みたいな嫌な奴と組まなきゃいけないんだよ。恨むぜ、おじさん」


 帰り道、ステラはずっとそんなラヴィの文句を聞かされ続け、ウンザリしていた。

 ずっと黙って聞き流していたものの、いいかげんに我慢は限界に達し、一言言ってやることにした。


「あんた、あの男に利用されてるよ」


「は? なんだよいきなり。ケンカ売ってんのかよ」


 それを相手にせず、ステラはまた黙り、歩き続ける。


「おじさんがあたしを利用してるだって? それって、おじさんがあたしに期待してくれてる、ってことだろ。おじさんの力になれるんなら、本望だっつの。それにおじさんはだな……」


 それからラヴィは、ダーギルとかいう男がどれだけ優れた人物かを延々とわめき始めた。

 それも無視し、ステラは自分の思考に集中しつつ、足を動かし続ける。


 こいつらは、カルトだ。

 それも、自分たちが何をしているのかについても無自覚な、とびっきり危険なカルト。

 放っておくわけにはいかない。


 物心ついたころからずっと聞かされ続けてきた終端戦争の悲劇。その恐怖。

 こいつらは、それを無自覚に再現しようとしている。

 そんなの、絶対に止めないと。


 でも、どうやって?


 思わず、ステラは足を止めた。


「おい! 聞いてんのかよ?」


「聞いてないわよ」


「はー?」


 怒るラヴィを無視し、さらに自分の考えにふける。


 私って、こんなにも無力なんだ。

 こんなカルト連中の本陣真っただ中で、私ひとりじゃ何もできやしない。

 結局自分は、父の力が無くては何もできない小娘にすぎないんだ。


 その気弱な考えを否定するように、歯を食いしばる。


 絶対に、そんなの認めない。

 私には、あんな男の力なんて、必要ない。


 決意とともに、ステラはまた歩き出した。

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