[ 04*とうほうのせんきょうし ]
中東の砂漠の、小さなオアシスの集落。
ひとりの少女が、泉の水面に移る自分の姿をじっと見つめる。
その奥からは同じように、目つきの悪い仏頂面がところどころほつれた金色の髪を垂らしながら、こちらを覗き見ている。
少女が水に手を浸すと、その鏡像はグニャグニャと歪んで揺れた。
そのまま掬い上げた水で顔を洗うと、少女は小さく呟いた。
「……ぬるいな」
顔を拭き、軽く息をつく。
「私、何やってんだろ」
辺りを見渡すと、そこには色々な人の姿があった。
木陰でくつろぐ者。地元の人間と何やら話し合っている者。荷物の確認をする者。
旅の仲間、というには正直それほどの面識も愛着も無い人々。
エノンズワード教の宣教団。
彼らの姿をぼんやりと見つめながら、少女は自嘲するように、物思いにふける。
「私、本当に何やってんだろ」
ただ父さんの視界から逃げたくて、とにかく闇雲に駆け回った先が、この砂漠。
アルヴェイン先生なりに、気を利かせてくれた結果ではあるんだろうけど。
「思ったよりも、ずっとしんどいな」
額をじっとりと濡らす汗を拭い、溜息をつく。
しんどいのは、肉体的に? それとも、精神的に?
結局、どこまで逃げたってあいつの影響からは逃れられないんだ。
「母さんに、会いたいな」
思わず口にした言葉に、少女はまた自嘲するように薄く笑う。
それは、自分自身も死ぬということを意味する。
別に、そんなのが怖いわけじゃないけど。
「おーい、ステラ。そろそろ出発するぞ」
ふいに名を呼ばれ、少女は慌てて表情を取り繕い、返事をした。
「はい、すぐ行きます」
一団は過酷な環境の砂漠を、徒歩で移動し続ける。
ステラはその一団に混じり、ただ黙って、ひたすらに足を動かし続ける。
戦前の人々にとっては、こんなのはなんでもない行程だったのだろう。
便利な道具を持つ彼らにとっては。
けれど、結局はその慢心が、自らを破滅へといざなうこととなった。
人は、便利な道具になど頼ってはいけない。
人は、自らの足で地面を踏みしめて歩んでいかねばならない。
遠く、陽炎の向こうに、砂に埋もれた廃墟が見える。
人類の堕落が頂点に達した結果、終端戦争は起きてしまった。
自堕落の限りを尽くした先人たちに下された、天罰。
そのお目こぼしを受けた者たちの末裔である自分たちは、けっして機械には頼らず、自らを厳しく律しながら生きていかねばならない。
そして、それに反する異端者は、正しい道へと啓蒙し、教化してやらねばならない。
この旅の目的は、ヴァンガードとかいう集団を教化するためだ。
前暦の機械を掘り起こし、それを使っての文明の再興などという、不埒な妄想に取りつかれた愚か者たち。
そんな連中を放っておけば、神はまた人類に罰を下すことにもなりかねない。
ふいに、遠くの方から何かの音が聞こえ、ステラは足を止めた。
他の者たちもそうなのだろう。一団は立ち止まり、皆静かに耳を澄ませる。
音は近づいてくる。
パパパと短く連続する破裂音。そして、爆発のような音。
音はどんどんと大きくなり、ついにその正体が視界に入る。
戦闘。
反重力ホバー艇で疾走しつつ、機銃を掃射する人間たち。
それと敵対する、それぞれに形態に差はありつつも、明らかに意思を持った動きをする機械たち。
それらの集団は激しく衝突しあいながら、まっすぐにこちらへ突っ込んでくる。
宣教師の一団は、パニックに陥った。
走り出し、逃げようとする者。その場に頭を抱えてうずくまる者。
そうした混乱の中、ステラは不思議と冷静なまま、かといってどうすることもできないまま、ただ立ち尽くすしかなかった。
「あれが、ヴァンガード? なら、あっちがレムナントか」
ヒトと機械が争いあう光景。けっしてあってはならない光景。
「野蛮人め」
ステラがそう呟くのと同時に、傍らで膝をつき、一心不乱に祈りの言葉をブツブツと唱えていた男が、流れ弾に当たって倒れた。
アタマに直撃。神に救いを求めていた男は、苦しむ暇も無くこの世を去った。
その弾丸に撃ち貫かれた魂の抜け殻から、真っ赤な鮮血が流れ出す。
まるで、”死”そのものが次の獲物を求め、触手を伸ばすように、砂地を赤く染めていく。
そんな感覚を覚え、ステラは思わずそれから逃げるように足を引いた。
それほど仲が良かったというわけでもないが、見知った顔の死。
動かなくなった体。見開かれたまま停止した瞳。
物体としての体はまだそこにあるのに、”人間”はもうそこにはいない。
死ぬ、ということの意味。その圧倒的な実感。
脳裏に、冷たくなった母の姿がよぎる。
ステラの心臓が、早鐘を打ち始める。視界がうっすらと暗くなり、耳がぼんやりと遠くなる。
思考そのものが遠く薄れていく中、ステラは、背後から何かが自分に覆いかぶさるように、地面に黒い影が広がるのを見た。
ゆっくりと振り返る視線の先には、巨大なゴーレムの姿。
「……死ぬのなんて、怖くない」
その言葉とは裏腹に、心臓は爆発しそうなほどに暴れ狂っている。
「たすけて、母さん!」
ステラは、無意識にそう叫んでいた。
直後、横から飛び込んできた物体が、巨大なゴーレムを軽く吹き飛ばした。
その衝撃にあおられ、ステラは尻餅をついて倒れこんだ。
「ヒト?」
飛び込んできた物体は、人間だった。
人間が、あの巨大なゴーレムを吹き飛ばした?
混乱するステラの目の前で、その存在は人間離れした動きで巨大なゴーレムを攻撃し、一気に破壊した。
ステラは腰を抜かしたまま、唖然とそれを見つめるしかない。
それから、その存在は敵の沈黙を確認した様子で軽くため息をつくと、向きを変えて近づいてきた。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
そいつが、この場には似つかわしくない天真爛漫な笑みを浮かべ、手を差し伸べてくる。
「あ、ありがとう」
何者かは分からないが、とりあえず助けてくれたのだから、敵ではないのだろう。
ステラは安心し、その差し出された手を取ろうと手を伸ばした。
しかし、寸前でその正体に気付き、手が止まる。
「……ゴーレム?」
その問いに、得体の知れないその相手はニッコリと微笑んで答えた。
「はい、そうです。アルと申します。よろしくお願いします、人間さん」
ステラの表情が、恐怖に染まっていく。
「……いや、来ないで!」
「え?」
そんなステラの態度に、ゴーレムは悲しげな表情を見せた。
「おーい、どうした? そいつ生きてんのか?」
お互いに固まって見つめ合ったままの二人のもとへ、また別の者が駆け寄ってきた。
獣のような耳の少女。こちらはれっきしとした人間のようだ。
その駆け寄る少女に対し、ゴーレムは明るい表情を取り戻し、返事をした。
「はい、私のせいで驚かせてしまったようですけど、怪我はなさそうです」
「そっか、どうすっかな……」
少女はそう言うと、困ったように頭をかいた。
その顔を、ステラはじっと見つめる。
自分と同年代の少女。こいつも、ヴァンガードの一員なのだろうか。
ヴァンガード。禁じられた機械を使う異端の徒。
少女とゴーレムが和やかに談笑する中、ステラはそれを警戒しつつ、ただ黙る。
そうしてしばらくして、少女はステラを振り返り、告げた。
「ま、このままほっとくわけにもいかないだろうし、連れて帰るしかないか」
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