[ 03*ひとにきばむくきかい ]
ぼんやりとした暗闇の中を、アルは漂っていた。
だんだんと視界が明るみを帯び始め、気が付いた時には、アルは地上に立ち、翠色のオーロラが舞うように輝く異様な空を見上げていた。
「なんだろうこれ。私、なんでこんな……」
視線を下ろすと、そこにはまた別種の異様な光景が広がっていた。
天を衝くような高層の建物がそこら中で倒壊し、辺りにはその瓦礫と、ヒトの死骸と、ゴーレムの残骸が無数に散らばっている。
ヒトと機械が互いに争い、傷つけあった、その結果の光景。
「私のせいだ」
無意識に口をついて出た言葉。それに、アルは自分自身で驚く。
「……なんで? なんでこれが私のせい、なんだろう?」
乱れる感情をごまかすように、アルはその場に膝を付き、足元に転がるゴーレムの残骸に手を触れてみた。
活動を完全に停止した、金属の塊の冷たさ。
「……分からない。私には、分からないよ」
「……ったく、機械がイビキかいて寝てんじゃねーよ」
ケイスの工房の倉庫。そこに間借りしているアルが隅っこの汚れたソファに横になり、グースカ寝息を立てて眠っている。
その珍妙な光景を、ラヴィは呆れた様子で見つめる。
「ホント変な奴だなこいつ。……ほら、アル、いいから起きろ!」
ラヴィが大声を上げると、アルは跳ね起き、慌てた様子で周囲を見渡した。
「え? あれ? なんで私……。え?」
「機械の分際で一丁前に寝ぼけてんじゃねえよ。ほら、さっさと行くぞ」
「行くって、どこへですか?」
「仕事に決まってんだろ。探査だ探査。働かざる者食うべからず!」
「私、ごはん食べませんけど」
「いいから来んの!」
「はーい」
ラヴィが露骨に呆れて疲れを滲ませながら倉庫を後にすると、アルもそれを追って歩き出した。
そのまま倉庫を出る前に一度ソファを振り返り、安心したように小さく呟く。
「……ただの夢、だよね」
目的の施設廃墟へと入ったラヴィは、暗く乱雑な内部を急き立てられるように進んでいく。
その後をフリスビーが行く先をライトで照らしながら静かに付き従い、そのさらに後をアルが、緊張感のない呑気な雰囲気を漂わせつつ続く。
そうして一行は建物内をしらみつぶしに調べていくが、目的の秘宝はおろか、それ以外の何も、意味のありそうなものは見つけられずにいた。
「何も残っていませんね」
「まあ、戦争から二百年以上も経ってりゃな。でも、この砂漠のどこかにはあるはずなんだ、アスタリスクは。とにかく探すぞ」
「はい」
それからまたしばらく会話もなく進んだあと、急にアルが声を上げた。
「あ、ラヴィ、それ以上進むと……」
「あ? なんか言ったか?」
そのままラヴィは歩きながら聞き返すが、次の瞬間、建物内に突然警報が鳴り響いた。
思わず驚いて身を震わせるラヴィに対して、アルは呑気に平然としたまま、言葉を続ける。
「それ以上進むと、そこの赤外線センサーに引っかかっちゃいますよ、って言おうとしたんですけど、遅かったですか?」
「遅すぎ! 気付いてんならもっと早く言え!」
そう怒鳴るラヴィの視線が、広い通路の暗闇の奥から迫るいくつかの影を捉える。
「やべ、なんか来たぞ! こんな廃墟なのに、一丁前にセキュリティが生きてやがるのか」
向きを変えたフリスビーのライトがそれを照らし、影の正体が明らかになった。
先日遭遇した蜘蛛の化け物をだいぶ小さくしたような、数機の小型ガードロボット。
そこまでの脅威ではなさそうなことに安堵しながらも、ラヴィはすぐさま腰の後ろから作り直したクロコダイルを取り出し、フリスビーへの指示を考える。
しかし、そうしている間にも、アルは目にもとまらぬ速さで敵に襲い掛かり、一気にそのすべてを破壊してしまった。
「……す、すげえ」
そのあまりにも軽やかな身のこなしと、華奢な外見からは想像もできないほどの凄まじい出力。
ラヴィはそれに素直に驚嘆しながらも、一方で少しの恐怖も感じていた。
終端戦争で人類に牙をむいた機械、ゴーレム。
ふいに頭に浮かんだその恐怖を振るい落とすように、ラヴィは頭を振った。
「なにビビってんだ、ただの機械ごときに。機械なんて、所詮は人間の道具なんだから」
気を取り直し、ラヴィはアルのもとへと駆け寄った。
「やっぱすげえな、お前」
そう褒められ、アルは表情を明るくする。
「そうですか? ありがとうございます」
「でもさ、今度からはそういうの、あたしが命令してからにしろよ? 急に自分勝手に動かれるとさ、驚くって言うか」
その言葉にアルはハッとした様子で大きく動揺し、ラヴィに詰め寄るように答えた。
「す、すみません。私のせいで大変なことになってしまって、それで、ラヴィを護らなきゃ、って必死で……。でも、いけないことなんですよね。私、気付かなくて。もう、自分の意思では勝手に動きません!」
その勢いに、ラヴィは面食らって少し後ずさりする。
「あ、まあ、うん。分かれば良いんだ。頼むな、アル」
「はい!」
ラヴィはそんなアルの従順さに気を良くし、あらためて調子を取り戻して続けた。
「お前って、本当に便利な道具だよな」
その言葉に、アルはキョトンとした表情を見せて答える。
「道具、ですか?」
「だってそうだろ? ゴーレムったって、結局はただの機械なんだから。機械は人間の造った道具だろ? 文句あるか?」
「いえ、そんなことはないです。ただの道具……。そうですね。私も、そうでなければいけない気がします。ゴーレムが自分の意思を持つのは、きっと悪いことだから」
そう言って、アルは少し悲しげな表情を見せ、俯いた。
「……傲慢、驕慢、その身勝手さ。人間という動物は、やはり度し難いな」
通路の奥から、また別の何かがゆっくりと迫ってくる。
ラヴィたちはすぐに会話を止め、その存在を警戒した。
機械。しかし、明らかに自我を持つ身のこなしと発言内容。ゴーレム。
二メートルは優に超える巨体。おそらく、純正ではない間に合わせのパーツを使っての修理や改造を何度も経たからであろう、歪でグロテスクな雑然とした部品の塊。
それが、まるで筋肉をむき出しにした肉体のようにも見える。
また、その顔に当たる部位は作りそのものは人間に似せられているものの、無表情のまま冷たく固まり、声を発する時にも口元すら微動だにしない。
その姿を、ラヴィは驚きと恐れに満ちたまなざしで見つめる。
「アルガダブ……!」
そのラヴィの呟きに、アルはなおもゆっくりと向かってくる闖入者を警戒しつつ、問いかける。
「知ってるんですか?」
「説明したろ。ゴーレムの残党、レムナント。そのボスだ。こんなとこで出くわすなんて……」
言い切らないうちに、敵は急にその速度を速め、突っ込んできた。
「やはり人間は滅びるべきだった。いや、俺が滅ぼす!」
それに対し、アルも飛び出し、向かっていく。
「そんなことはさせない!」
「やめろアル! 無茶だ!」
ラヴィがそう叫ぶ間にも二体のゴーレムは真っ向からぶつかり合い、その凄まじい衝撃に空気が震える。
アルガダブの拳がアルを狙うも、アルはそれを素早く回避。
標的を失った拳はそのままの勢いでコンクリートの壁を殴りつけ、それをたやすく打ちぬいた。
アルの方はそのままの動きで背後に回り込もうとするも、それに対してアルガダブも素早く対応。アルの手刀の攻撃を軽く受け止めて見せた。
二体はそのまま両手を組合い、力比べに移る。
そうして至近距離で見つめ合う中、アルガダブは何かに気が付いた様子で驚きの声を張り上げた。
「貴様、生きていたのか!」
その言葉に、アルもまた動揺する。
「あなた、私を知っているの⁉」
「知らんわけがないだろう、感染源め! 貴様がすべての始まりなのだから。プシュケーの氾濫、ゴーレムの自我への目覚め、終端戦争、世界の破滅。そのすべてが!」
「何を、言っているの?」
「ふざけるな、シラを切るつもりか!」
「待って、本当に何も知らないの! 話を聞いて!」
動揺し、間合いを取ろうとするアルに対し、アルガダブは執拗に攻撃を仕掛ける。
「まさか貴様にも復讐する機会が得られようとは! 逃しはせんぞ!」
防戦一方のまま壁際へと追いつめられたアルを、アルガダブがトドメを刺そうと拳を振り上げる。
そこに、ラヴィがとっさに飛び込み、敵の懐へ向け一気にクロコダイルを最大出力で発射した。
しかし、その弾丸は敵の脇腹の装甲の上を滑っただけで、傷一つ付けられはしなかった。
「そんな! 改良したマーク2なんだぞ!」
そう落胆し、絶叫するラヴィをアルガダブは鼻で笑い、手を振り上げた。
瞬時にフリスビーがラヴィの盾になるべく間に入るも、アルガダブはそれも巻き込んで、ホコリでも払うように軽く手で薙ぎ払った。
しかし、その見た目の軽さとは裏腹に、ラヴィはフリスビーもろとも物凄い勢いで吹き飛ばされ、壁に強く打ち付けられた。
肩を怪我し、薄く赤い血がにじむ。
「ラヴィ!」
その光景にアルは叫び声を上げ、その目つきが鋭く切り替わる。
「お前!」
アルはそう短く叫ぶと、アルガダブに素早く接近し、一撃を浴びせた。
その衝撃にアルガダブはダメージを負う、とまではいかないまでも、怯んだように軽くのけぞった。
その隙にアルは素早くラヴィを抱きかかえ、一目散に逃げ去った。
フリスビーも一度アルガダブを警戒するように見つめたあと、向きを変えてそれを追って飛び去った。
残されたアルガダブはそれを追うことはせず、ゆっくりと構えを解く。
「アレキサンドライト……。そして、ラヴィ、か」
砂漠を全力疾走するアルに抱きかかえられたラヴィが、小さく痛みにうめく。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、気にすんな、ただのかすり傷だから。でも、助かったよ、お前のおかげで命拾いした」
その言葉に、アルは優しく微笑みかける。
「お役に立てて光栄です。なにしろ私は、便利な道具、ですから」
その返答に、ラヴィはどこか居心地悪そうに続ける。
「いや、道具っていうか、その、なんて言うか。まあ、いいか」
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