[ 02*あたしをとりまくもの ]
かつて、戦争があった。
人類と、自我に目覚めた機械たちとの間で。
すべての発端は、プシュケーと呼ばれる謎のウイルスの氾濫によるものだった。
プシュケーは有機物と無機物を区別することなく汚染し、人間の遺伝子をデタラメに書き換える一方、高度な情報処理能力を有するロボット、とりわけゴーレムと呼ばれる高位の機種群に自我を芽生えさせた。
それにより、人類とゴーレムの間には埋めようのない断絶が生じ、その最悪の結果として、今日では終端戦争と呼ばれることとなった凄惨な戦争が勃発した。
文字通り、人類の築いてきたそれまでの文明を終わらせた戦争。
戦争そのものは人類の辛勝に終わったものの、それから二百年以上が経った今も、その末裔たちは瓦礫の山から旧時代の遺物を漁りながら、どうにかこうにかその日その日を生き抜いていくのがやっと、というありさまだった。
フリスビーに掴まり砂漠を疾走するラヴィと、それとともに自分の足で走って並走するゴーレムの少女。
施設を後にし、ラヴィたちは帰路についていた。
「で、なんでお前、あんなとこであんな風になってたんだよ?」
ラヴィがそう聞くと、ゴーレムは首をかしげて答えた。
「さあ?」
「さあ、って。覚えてないのかよ」
「……すみません。分からないです」
「……なんだよ、調子狂うな。じゃあさ、お前も終端戦争で人間と戦ったのか?」
その言葉にゴーレムは少し考えてから、申し訳なさそうに答えた。
「分からないです」
「ふーん、ま、でもこれからはあたしの命令通りに動くんだろ? 絶対服従、ってやつ?」
「はい、もちろんです。私はロボットですから。人間さんの言うことを聞くのは当然です」
「お前、ロボットっていうか、ゴーレムだろ?」
「ゴーレム?」
「そんなのも覚えてないのかよ。エメラルド社のゴーレム・モデル。このフリスビーみたいに単純に与えられた命令を実行するだけじゃなくて、自分の頭でものを考えて、その結果人間に反抗することになった、厄介な機械」
その説明に、ゴーレムは露骨に動揺し、強引に否定するように声を荒げた。
「私、そんなことしません! 絶対に!」
その勢いに、思わずラヴィは圧倒される。
「わ、分かったよ、変なとこで興奮すんなって。ホント調子狂うな」
そこでラヴィは調子を整えるように一度咳払いをして、話を続けた。
「で、えーと、そうだ、名前。お前、名前はなんて言うんだよ」
「名前、ですか?」
「そう、名前」
「……分かりません」
思わず、ラヴィは疲れたように大きな溜め息をついた。
それから、ゴーレムの胸元のペンダントに刻まれた記号を思い出し、続ける。
「……エー、アルファ、そうだな。じゃあ、お前は今からアルだ」
そう名付けられ、ゴーレムは目に見えて表情を明るくする。
「アル! 素敵な名前です。ありがとうございます、ラヴィさん!」
「だろ?」
喜ぶアルの姿に、ラヴィの方も気分を良くし、満足そうに笑う。
「あたし、お前のこと気に入ったから、もっと砕けた話し方でいいぞ。さん付けも無しだ。特別に許す」
「分かりました、ラヴィ。でも、言葉遣いはこのままじゃダメですか? この方が落ち着くんです」
「そう? 変な奴。まあ、好きにすればいいけど」
そう言って、ラヴィは上機嫌で高らかに笑った。
アスタリスクは手に入らなかったけど、その代わりに結構な戦利品を手に入れてしまった。
その満足感と幸福感に包まれながら。
「お、やっと見えてきた」
それからしばらく砂漠を疾走し続け、ようやく視線の先に街が見えてきた。
「あれがあたしたちヴァンガードの拠点、エテメンアンキだ」
その言葉に、アルはキョトンとした顔で聞き返す。
「ヴァンガード? エテメンアンキ?」
「ヴァンガードってのは、あたしの死んだ父さんの親友だった人が作った組織で、人類の文明を復興させることを目指して活動してるんだ」
「なるほど」
分かったような、分かっていないような、そんな曖昧なアルの空返事を気にせず、ラヴィは説明を続ける。
「で、この砂漠には、そんなあたしたちの邪魔をする鬱陶しい奴らもいる。人類に反抗したゴーレムたちの残党で、レムナントって名乗ってる。そのうち、レムナントの奴らと戦闘になることもあると思う。その時は、お前の力に期待してるからな、アル」
その言葉に、アルは屈託のない笑顔で応える。
「はい、任せてください!」
それから街に辿り着いたラヴィは、ひとまず機械いじりの師匠であるケイスの工房へと赴いた。
薄暗く、雑多な機械部品で溢れかえっている狭い工房の中へと進むと、くたびれたソファに横になってくつろぐ少年の姿があった。
少年はラヴィの姿に気付くと、人懐っこい笑みを浮かべて迎えた。
「あ、おかえり、ラヴィ姉ちゃん」
「おう、ただいま、エノク。師匠は?」
「奥の部屋にいるよ」
そうこう話している間に、手持無沙汰からかその辺のものに触ろうとしたアルを、ラヴィが咎めて言う。
「勝手に触んなよ、師匠に怒られる」
「はい、ごめんなさい」
アルが慌てて手を引っ込めるのと同時に、扉の奥から一人の男が姿を現した。
見た目からして無骨で不愛想な、いかにも職人気質といった風貌の男に、ラヴィが誇らしげに胸を張り、話しかける。
「あ、師匠。見てくれよこいつ。とんでもない戦利品手に入れちまったよ」
そう言われ、工房の主ケイスは、ラヴィの傍らの銀髪の少女をムスっとした表情で注意深く見つめた。
「……ゴーレム、か?」
「そう! すごいんだぜ。暴走した野良の軍用ロボットをあっさり叩きのめしちまったんだから」
そう興奮してまくしたてるラヴィに対し、ケイスは表情を変えず、ボソボソと不機嫌そうな声で言葉を吐く。
「……あまり言いふらすなよ。ダーギルにもだ。しばらくはそいつには人間のフリをさせた方が良い」
「え、なんで?」
「いいから言うことを聞け。ゴーレムにその辺を我が物顔でうろつかれるのを嫌う奴もいる」
「でもさ」
なおも食い下がるラヴィを、ケイスは低く響く声でたしなめた。
「ラヴィ」
それに対し、ラヴィは諦めて降参するように両手を上げ、ふてくされるように答える。
「分かったよ、そうする」
そんなラヴィとケイスのやり取りを黙って眺めるアルに、エノク少年がそっと近づき、微笑みかける。
「面白いでしょ、ラヴィ姉ちゃん」
その問いかけに、アルも柔らかく微笑んで返事をする。
「うん」
「ああ見えてさ、良い人なんだ。仲良くしてやってね」
「うん、分かってる。エノクは、ラヴィのことが好きなんだね」
「まあね」
それからラヴィはアルを連れ、ヴァンガードのリーダーであるダーギルのもとへと報告に出向いた。
夕暮れの執務室。それほど広い空間ではないものの、整然として静かで落ち着いた雰囲気のその部屋の奥に、その男は待っていた。
「おお、お帰りラヴィ。怪我はないかい?」
男が人当たりの良さが滲み出るような朗らかな笑みを浮かべて迎えると、ラヴィの方も同じように明るい表情を見せ、それに答えた。
「もちろんだよ、ダーギルのおじさん」
「すまないね、いつも君に危険な探査を頼んでしまって」
「やめてくれよ。これはあたしが自分で選んだ道なんだから。父さんのために」
「そうだな。アメルの夢見た理想のために」
そこでダーギルは一瞬黙ると、真剣な表情を見せ、遠くを見つめた。
「悲惨な終端戦争を乗り越え、人類はいいかげんに立ち直らなければいけない。文明の再建。人類の輝かしい歴史を取り戻すため。そのためには、秘宝アスタリスクの力が必要なんだ」
ダーギルはそこまで言うと再び視線をラヴィに戻し、柔らかく微笑んで続けた。
「そして、それには君が、アメルの忘れ形見である君の力が必要なんだ。頼むよ、ラヴィ。ともにアメルの理想を実現させよう」
話し終えたダーギルは拳を力強く握り、それをラヴィの前へと差し出した。
それにラヴィも深く頷き、自身の固く握った拳を当てて応えた。
ラヴィの心を、期待されているという安心と高揚が包みこむ。
「任せてくれよ、おじさん!」
一方、アルはそんな二人のやり取りにはあまり興味を示さず、一歩引いたところに立ち、窓の向こうの夕日に染まる街の景色を眺めていた。
そんな逆光の中のアルの姿をダーギルは目を細めながら見つめ、ラヴィに尋ねた。
「ところで、その子は?」
「ああ、出先で偶然出会って友達になったんだ。アルって名前で、結構良い奴なんだ。ねえ、こいつもヴァンガードに仲間入りさせてやってもいいよね、おじさん?」
「もちろんさ。うちは慢性的な人手不足だからね。新しい仲間は常に大歓迎さ」
ダーギルはそう軽く苦笑いしながら答えると、アルに向かって手を差し出した。
「よろしく頼むよ、アル」
アルはその差し出された手を一瞬驚いたように見つめると、すぐに笑顔を浮かべ、自分も手を差し出し、握手した。
「はい!」
そこにラヴィも手を重ねると、皆は笑顔であらためて力強く頷きあった。
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