[ エピック*エポック ]
i820
[EPIC>|<EPOCH].01 > Some pieces of *** that surround us.
[ 01*めざめとであい ]
広大な砂漠を猛スピードで滑るように飛ぶ、小型の浮遊円盤型ドローン。
それにぶら下がって飛ぶ少女、ラヴィが後ろを振り返り、焦った様子で小さく呟く。
「クソっ、まだ追ってきやがる」
視線の先には、巨大な蜘蛛の化け物のようにも見える、鉄の猛獣の姿があった。
それが、六本のたくましい脚を砂に取られながらも、ぎこちなく狂ったような動きで、まっすぐにこちらへと向かって突進を続ける。
「明らかに軍用だけど、ロクに整備されていない動きだ。意思を持った動きにも見えない。ありゃレムナントのゴーレムじゃないな。ただの野良の暴走ロボットか」
それなら、まだ対処のしようはあるかもしれない。
そう安心しかけた瞬間、蜘蛛が何かを発射した。
ラヴィはその正体を見極めようと、目を細める。
グレネード弾。
「まだそんなん持ってんのかよ! 戦争から二百年以上も後生大事によ!」
ラヴィは左手で円盤に掴まったまま、とっさに右手で腰の後ろから自作の電磁銃を取り出し、とにかく必死でそれを乱射して弾幕を張った。
その内の一発が運よく命中し、グレネードを安全な距離で爆発させることに成功。
その猛烈な爆風によって周囲の砂が吹き上げられ、敵の姿はその奥へと消えて見えなくなった。
敵の方も同じようにこちらを見失ったことを願いつつ、ラヴィはすぐさま自分をぶら下げて飛ぶドローンに指示を飛ばした。
「この隙に一気に撒くぞ! とにかく飛ばせ、フリスビー!」
その叫びに、発話機能を持たないフリスビーは、「とっくにトップスピードだ」とでも抗議するように否定のニュアンスの低い電子音を響かせた。
「いいから飛ばせ。根性出せ。お前ならできる!」
そんなラヴィの根拠のない精神論に、フリスビーがまたも無機質な否定の電子音で応える。
仕方なくラヴィはとりあえずそれ以上何か言うのをやめ、辺りに視線を走らせた。
砂塵の向こうに、何かの施設がうっすらとその姿を見せている。
何の施設かは分からないが、今は迷っている暇なんてない。
ラヴィは即座に決断した。
「ビー、あそこだ。あそこに逃げ込め!」
薄暗い廃墟の奥深く、ラヴィはじっと息をひそめ、様子をうかがう。
そうして結構な時間を過ごしたものの、何一つ聞こえてくる音はない。
「……もう大丈夫かな。まったく、えらい目に遭ったぜ」
ラヴィはそう言うと安心したように大きく深呼吸し、頭に被さったフードを取った。
ウサギ、というには少し短めだが、獣のように変異した耳が窮屈さから解放され、ピョコンと勢いよく飛び出す。
プシュケー・ウイルスの人体に対する影響による、軽度の遺伝子変異。
普通の人とは違う形の耳だけれども、ラヴィ自身はそれをむしろ気に入っていた。
口元を隠すスカーフも下げ、クセのある赤毛の髪をクシャクシャとかく。
「しかし暗いな。ビー、ライト点けろ」
それにフリスビーが肯定のニュアンスの軽い電子音で応え、即座にライトを点灯させた。
それによって明るく照らされた周囲を見渡すと、ラヴィの視線はあるものを見つけ、そこに釘付けになった。
壁面に描かれた、抽象化された宝石の模様。
そのロゴマークの意味を理解した瞬間、ラヴィは思わず声を上げていた。
「エメラルド社の施設跡か、ここ!」
ラヴィの表情と声音が一気に明るくなっていく。
「ケガの功名、ってやつだな。ここにならあるかもしれない。秘宝が、アスタリスクが!」
ずっと探し求め続けているもの。
世界を変える力を持つとされる秘宝、アスタリスク。
ラヴィは心躍り、すぐに駆けだした。
「行くぞ、ビー! 注意しろよ、何も見落とすんじゃないぞ」
それからいくつかの部屋を探し回ったものの、特に何も収穫の無いまま、ラヴィは施設の最奥へと辿り着いていた。
歪んだ半開きの扉をどうにかこじ開けて踏み入ったその先は、広い空間だった。
やけに広いわりには何も無い空間。
天井には大穴が開き、それはいくつかの上階層も貫いていて、見上げる視線の先には空の青色が直接に見えた。
その穴からこぼれ落ちるように降り注ぐ陽光の中、ゆっくりと空間の中を進んでいくと、ラヴィはその先に何かがあるのに気が付いた。
「なんだあれ」
空間の奥に、何か輝くものがある。
方々に触手、というか植物の枝や根のようなものを伸ばした、透き通った水晶のような巨大な塊。
その輝きに魅入られ、吸い寄せられるようにラヴィは足を進める。
「巨大な、輝く宝石。これがアスタリスク? ……違うか。聞いてた特徴とはなんか違う気がする」
そうして、そのすぐ目の前まで来て、ラヴィは別のことに気が付いた。
「中に、人がいる?」
宝石の中で眠る、美しい銀髪の少女。
「……なんだこれ。なんで人間がこんなことになってるんだ?」
いったい、この少女は何者なんだろう。なぜこんな場所でこんなことになっているんだろう。
それを確かめる何かを探して視線を動かすと、少女の胸元にペンダントがあるのが目に入った。
そこには、小さく文字が刻まれている。
A**********。
「なんだよこれ、頭文字しか分かんないじゃないか。……アスタリスク、じゃないよな、やっぱ」
そしてもうひとつ。ペンダントには小さな宝石が埋め込まれていた。
ふと思い立ち、ラヴィは自身の胸元からひもで繋いだ小石を取り出し、それら二つを見比べた。
「なんか、似てる気がするな、この石。父さんの形見の、この月の石と」
そうして、ラヴィは自分の手の中の小さな月の石のかけらを見つめた。
「待ってて、父さん。父さんの夢は、いつか絶対に、あたしが叶えてみせるから」
そう呟いた瞬間、手の中の石がほんのりと薄く光り出し、それに呼応するように、宝石の中で眠る少女の胸元の石も輝きを帯び始めた。
「なんだいったい、なんなんだ」
困惑したラヴィがそう呟くのと同時に、その耳は何かの音を捉えていた。
少し距離があるが、激しい衝撃と振動。音は消えずに、むしろ大きくなっていく。
次の瞬間、壁を派手に打ち破り、巨大な蜘蛛の化け物が姿を現した。
「こいつ! まだ諦めてなかったのか、しつこいんだよ!」
突っ込んでくる蜘蛛をとっさに避けつつ、ラヴィは電磁銃、クロコダイルを取り出し、そのリミッターを外した。
「クロコダイルの底力、見せてやる!」
銃身をスライド展開させ、放熱フィンを全開。
そのままトリガーを引き、一気に最大出力で発射。
弾丸は甲高い音を響かせて敵に命中し、その装甲を深くえぐった。
しかし、どうやら内部機構までは届いていない様子で、致命打と呼ぶには程遠い結果らしい。
「……熱っちい!」
むしろ、攻撃を仕掛けたラヴィの方が悲鳴を上げ、手にした銃を放り投げる始末だった。
捨てられ、床を転がるクロコダイルの銃身はドロドロに溶け、もう使い物にならないのは一目瞭然だ。
唯一の武器を失い、呆然とするラヴィに向かって、蜘蛛が突進を仕掛ける。
「やべえ!」
とっさの回避が間に合わず、ラヴィはその体当たりを真っ向から食らい、吹き飛ばされてしまう。
更に追い打ちをかけようとする蜘蛛に対し、フリスビーが甲高い電子音を響かせながら、攻撃を仕掛けていく。
そうしてフリスビーが敵の注意を引き付けている内に、ラヴィは態勢を立て直そうとするも、体が言うことを聞かない。
視界が歪み、脳みそのすべてを痛覚が支配し、何も考える事すらできない。
敵はフリスビーを相手にせず、まっすぐにこちらへ向かってくる。
どうにか這いつくばりながら逃げようとするも、当然敵の迫る速さの方が上で、どんどんとその距離は縮まっていく。
ダメだ、打つ手が無い。あたし、ここで死ぬんだ。
ラヴィの心を、諦めと絶望が覆い始める。
いつもそうだ。いつも後先を考えずに突っ走って、その結果、ロクでもない状況に陥ってばかり。
でもそれも、今日で終わりみたいだ。
「……ごめん、父さん。父さんの夢、叶えてあげられなかった」
観念し、ラヴィは動きを止め、目をつぶってその時を待った。
直後、とんでもない大きさの衝突音が響きわたった。
けれど、覚悟していたような痛みや苦しみはやってはこない。
……あたし、まだ死んでない?
ラヴィは、おそるおそるゆっくりと目を開けた。
その視線の先には、宝石の中で眠っていた少女の姿があった。
少女が目を覚まし、鉄の獣と戦っている。
というよりも、一方的に叩きのめしている。
無表情、いや、ほんの少しだけ悲しげな表情を見せながら。
その華奢な体からは想像もできないほどの強大な力で、あっという間に鉄の獣を屑鉄の残骸へと変えてしまった。
「……あいつ、もしかして、ゴーレム、なのか?」
その光景を、ラヴィはただ呆然と見つめるしかなかった。
その周囲を、フリスビーが警戒するように電子音を響かせながら、浮遊する。
少しの静寂と沈黙のあと、銀髪の少女型ゴーレムは溜息をつくように肩を動かすと、ラヴィへと向き直った。
それから、フリスビーが威嚇的な電子音を響かせるのと対照的に、ゴーレムは明るい笑顔を見せ、ラヴィへと声を掛けた。
「大丈夫ですか、人間さん?」
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