第2項目 再会は何気ない笑顔が良い

彼女、国枝香織くにえだかおりは今、恋をしているらしい。

ここ最近、ずっと1人の少年の事が頭から離れない。


世間的に言う美少女の類に振り分けられる香織は、湯気の立つティーカップの水面が波打つ

のをただ見つめて、ただ沈黙している。


お嬢様校として有名な巨峰ヶ丘学園には、女優へのスカウトが相次ぐ3人の美女がいる。

演劇部の部長であり、美しい歌声と、スポットライトに照らされて輝く透きとおった銀髪を

持つ2年生、穂立束音ほたてたばね

部活動には入らないものの、街のボランティア活動に日々精を出す、〝巨峰ヶ丘の母〟

おっとりとした性格をしているが、その一方で人情に厚く、揉め事にもよく仲介役として活躍するという

ギャップを持ち合わせている3年生、朱貝三保あかがいみほ

そして、巨峰ヶ丘学園の中でも入部できる者が少ない〚園芸部〛に、入学してたった3日でスカウトを

受け入部。激しい運動が苦手な分、勉学では敵無し。狂気じみた記憶能力と一度見てしまえば

見て真似できてしまうという神業を、学園祭のジャグリングショーで披露した。

友好関係にある者は少なく、校外から交流を図ろうとする男性陣等は全て「興味がない」という

一言で切り捨てられる運命さだめにある。

無垢無関心、故に儚さと美しさで注目を集める2年生、国枝香織。


国枝は校外の友人である目高三弥子めだかみみことともに、放課後のファミレスでポテトフライ

をつまんでいた。

「あの香織が恋、ねぇ〜今更ながらだけど信じられないわ」

目高は幼い頃からの付き合いで、今でも学校の放課後には遊びに出かけたりする仲である。

「三弥子…私どうしたいのかなぁ」

「今更怖気づいてたら一生チャンス逃しちゃうかもよ…ポテトシナシナだな」

「シナシナになりそうなのは私の方だよ…」

香織はアイスコーヒーにガムシロップを垂らしながら溜息をつく。

いつの間にか春は過ぎていて、風鈴が音を立てる日が来るのも、そう遅くないだろう。


黄昏れる暇もなく、三弥子が私に向かって口を開く。

「全く…今日ここに呼ぶんでしょ?シャキッとしなさいよシャキッと」

三弥子は口周りをポテトフライの塩で汚しながら、ピッと私に指を向ける。


「そうは言っても…私だって恋なんてまともにしたことないんだから、向こうが

どう思ってるのかも全く分からないよ…」

「恋はまともにするモンじゃないから安心しなさいや…それに、救けてもらったんだから

お礼を言うのが前提。そこから【休日に2人でお茶でもどうです?】とか言っとけばなんとか

なるって」

「…三弥子、私が思う〝好き〟って結構難しいんだ。」

「だろうね、今まで何人がノックアウトされてきたか…」

三弥子は塩分で乾ききった口の中をアップルジュースで潤しながら続ける。

「難しいって言っても、恋は気持ちの問題じゃないのよ。貴方が瞬間的に〝好き〟と感じて

今、それを行動に移そうとしている。だったら試してみるのが一番いい結末が待ってるわよ」

「で、でも私の事を相手がどう思ってるかは…」

「あ、4時27分。あと3分だから私はそろそろ遠くから見回ることにするわ」

ふと時計を見ると、時刻は約束の3分前。三弥子は空になった自分のグラスを持って

すぐさま横にある席に移動した。

席には既に三弥子と同じデザインの制服を着た3人組が待っており、話によれば

【最悪の場合助けに入る助っ人を呼んでいる】とのこと。

(状況を見てメールでアドバイスするって言ってたけど…何というか全員美形…)


私がじっと見つめているのに気がついたのか、助っ人として呼ばれた3人が親指をこちらに

グッと立ててきた。これではわざわざ来てもらったことへの申し訳のなさが出てきてしまい、

後には引けない。


(私、ちゃんと頑張ってみよう)

ぐっと机の下で拳を握りしめたとき、その時間は訪れた。


「えーと、多分待ち合わせしてる人がいると思うんですけど…」

昨日と同じ、でも今は少し胸が高鳴っている。口では言っても、この感情の正体を知ることは

大切だろう。そう自分に言い聞かせながら、目を瞑って目の前に彼の現れるその瞬間を待つ。


足音2つ。1人は店員、もう1人が彼のものだろう。

「お連れ様、こちらになります」

店員がそう言って去っていくと、香織の前に誰かが座った。

何も喋ること無く、こちらに視線を送っているのだろうか。

(落ち着け私…自己紹介、自己紹介しよう!)


「はじめまして、私、巨峰ヶ丘学園2年生の国枝香織と__」

ばっと目を開けた彼女の目の前には、顔の至るところが腫れ上がった、昨日の少年の姿だった。


「ほ、ほんにひわ」



今、再会を果たした2人の特別(異様)な時間が始まる。



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