第6話 男の娘物語 6 島田



 今日のバンド練習で会える。


 島田は先日のタクシーでの事が頭から離れなかった。

 それまで、美しいものを愛でる気持ちで接していたが、あれですっかり気持ちを持っていかれてしまった。


 あれから三日過ぎた。


 寝ても覚めても自分の股間にうずくまる耕平の横顔が頭の隅からはなれない。

 妙に赤い唇で、痛いほどに勃起した島田のものを愛撫する耕平は、初めてだとはとても思えなかった。


 やはり、高校の時の寮内で、様々な体験を経ているのだろう。

 自分の性体験と比べて、はるかに進んでるのかもしれない。

 島田は現在付き合っている沢田純子のことを考えた。


 付き合って四ヶ月になる。


 抱き合ったことは有るが、定期的なデートをしているわけではない。

 これまで四回ほどセックスをしたが、会う度にするということはなかった。


 あんまりガツガツした所を見せたくないと思っていたが、実はそれほど彼女のことを愛してるわけではないからなのかもしれない。


 なぜなら、今現在は純子よりも耕平に会いたいと思っているからだ。

 いつも頭のどこかを占領しているのは、今では純子ではなくて耕平なのだ。


 いつもの楽器屋に着くと、耕平は既に来ていた。並んでいるギターを眺めている。

 そばに安岡も居た。


「よお。早いな」

 島田が二人に声をかける。振り向く耕平と目を合わせるのが恥ずかしくも嬉しかった。


「島田先輩。先日は迷惑かけてすいませんでした」

 ペロッと舌を出す耕平は、あの時の淫靡な怪しさは皆無だ。


 少しくらい気まずそうな顔するかと思ったが、肩透かしを喰らった気分だ。

 ちょっと違和感を持った。


「いや、どうってことないよ。あの後、大丈夫だったか?」


「あの後?」


「タクシーから降りたあとだよ。すぐそこだからって一人で行ってしまっただろ」

 タクシーから降りた後、耕平のマンション入り口までは石段が続いていたのだ。


 ここで大丈夫だからと、一緒に降りようとする島田を押しとどめて、耕平は一人で手すりにつかまりながら登って行った。


「あ、タクシーだったんですか。じゃあ大分かかったでしょう。タクシー代半分出しますから」

 その言葉は島田にとってショックだった。


 あの夜の記憶が耕平にはないということなのだ。

 あんな素敵な夜を憶えていないなんて。二人だけの卑猥な夜を。


「いや、タクシー代のことはいいから」

 島田はがっかりした気持ちと、安堵した気持ちを両方感じた。


 いままで通り耕平に接していればいいのだ。

 それは、一歩後退かも知れないけど、進む余地がなくなったわけではない。


「これなんか、いいんじゃないかな」

 横から安岡が言った。

 レスポールタイプのエレキギターを耕平に指し示していた。


「ギター買うのか?」

 島田が聞くと、耕平がうれしそうに答えた。


「ボーカルっていっても、何か弾けるようになりたいじゃないですか」

 白いエレキに見入っている耕平に、安岡が簡単な説明をはじめた。

 安岡からギターを習うということで話がついてるんだろうか。

 島田の胸の中で黒いモヤモヤが広がる。胃もたれでもしているみたいだ。


「エレキがいいのか? エレキは白池がいるから、どうせならアコースティックにしたら?」

 島田の言葉で、耕平が振り向いた。


「アコースティック、ですか。フォークギターかな」


「ああ。こんなのどうだ?」

 右横にかかっていたヤマハのエレクトリックアコースティックギターを、島田は取り上げた。

 軽く音を出してみる。調弦はされていないからちゃんとしたメロディーにはならない。


「でも、耕平はエレキがやりたいんだろ。白池みたいなリードが格好いいって言ってたし」

 安岡は白いエレキを取り上げて構えて見せた。


 なんだか二人で耕平を取り合っているみたいな気がしてきた。

 滑稽だが引く気にはならない。

 安岡も同じ気持ちなんだろうか、苦笑いをしている。

 どうする? と促されて、耕平がひとつうなずいて言った。


「パートを作ってもらえるなら、アコギにします。エレキもやってみたいけど、アコギの方がいろいろできそうだし。弾き語りって言うのもやってみたいって思ってたんです」

 勝負がついた所で、残りのメンバーが入ってきた。



 全員揃った所で、この楽器店の地下のスタジオに移動する。

 スタジオに入って、安岡がいないと思ったら、遅れて入ってきた。

 手に、ナイロン弦のアコースティックギターを一本持っている。


「ほら、練習用の借りてきた」

 安岡が耕平にそのギターを手渡した。


「え、いいんですか。ありがとうございます」

 耕平はたどたどしい手つきで、ストラップを肩に回して構える。


「いきなり無理だろ」

 島田が言うが、


「弾かないでも、恰好の慣れってもんだよ」

 安岡の言葉の方が耕平に受け入れられる。

 安岡に向ける耕平の笑顔が苦く感じられた。


「ほら、これがEm、一番簡単なコードだ」

 後ろから抱くような格好で安岡が耕平にギターの押え方を教えている。


 数曲バンドの曲をやったあとだ。

 オリジナルには歌詞をつけていなかったから、これまでは耕平は見学みたいなものだった。


「え? 中指と薬指ですよね、こうかな? あれ、難しいな」

 左手でコードを押さえて、右手でストロークするが、押さえた指が他の弦に触って濁った音になる。


「なんだよ。本当に全然触ったことないのか。これは先が長いな」

 言いたくないのに嫌味な言い方を島田はしてしまった。


「ゆっくりでいいさ。毎日練習すれば三カ月で簡単な曲なら弾き語りできるようになるから」

 安岡の言葉に耕平が笑顔を向ける。


 島田は、ますます胃もたれするような気分になった。

 後ろから抱くようにしている安岡と、それに身体を預ける耕平の姿は妙な色気を感じさせる。


「ほら、ここを押さえて、こうだよ」

 身体の大きな安岡が、華奢な耕平をいいように弄んでる風に見える。


「おいおい、あんまり見せつけんなよ。仲いいのわかったからさ。なんか目の毒なんだよな」

 田頭がキーボードを鳴らしながらふざけた声をあげる。

 そうだそうだと白池も同意の声をあげるところをみると、自分だけじゃないんだと島田は少しほっとした。客観的にみて、妖しい光景なのだ。


「バカかよ。男同士なんだからさ。変な想像してんなって」

 安岡の顔が赤らんでるのが意識している証拠だ。


「男同士でその絵柄だってのがヤバいんだよな。なんか絵になりすぎるというか、オカマ系ホモ雑誌の表紙っぽいというか」

 さすが文学部の田頭だ、表現がぴったり来る。

 咳払いをして安岡が離れた。


「今度ゆっくり教えてください」

 変に見られることに慣れているんだろうか、耕平は平然と安岡にそう言った。


 客観的にみて、耕平は安岡に好意を持っていると思える。

 島田は、先日のタクシー内での事を思い出して混乱する。


 自分の事が好きだからあんなことをしたのだろう?


 そうではなかったのか?

 あれは一体なんだったんだろう。

 

「新入りも入ったことだし。新入り歓迎コンパやろうぜ。今日都合の悪い奴いるか?」

 田頭が音頭をとって、このまま歓迎コンパということになった。


 そうだ。あの夜は耕平はかなり酔っていたのだった。

 また酔わせれば、何か起こるかもしれない。


 しかし、その何かが自分の方を向くとは限らないということを、島田は何となく予想していた。


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