第7話 男の娘物語 7 島田
スタジオを借りた楽器店を出て、駅の方に歩く。楽器類は店に預かってもらうことにした。
六時を過ぎて、ネオンが灯りはじめている。時折強い風が吹いて砂埃が舞う。
五人組は、何となく島田たち三人が先を歩いて、安岡と耕平が並んで後をついてくる形になった。
耕平は完全に自分から安岡に乗り換えたように見える。
いや、元々俺の事なんて何とも思ってなかったのかもしれない。
あれは酒に酔った気まぐれだったのか。
行きつけの焼き鳥専門居酒屋に着いた。
自動ドアが開くと、香ばしい炭火焼の匂いが身体を包みこむ。
顔なじみの店員に挨拶して、奥の座敷に通してもらう。
六畳間の座敷にはテーブルが二つあるが、客は誰も入っていない。
奥のテーブルに腰を下ろして、メニューが来るのを待つ。
これまでは四人だったから長方形の座卓の長辺に二人ずつ座っていたが、今日は島田が一人溢れて通路側に座った。
ここでもやはり、一番奥の席に耕平、その横に安岡が座ることになった。
「耕平、焼き鳥何が良い?」
メニューを広げて、安岡が聞く。
「僕はとり皮と砂ずりが好きなんですよね。どちらもうす塩で。後は適当でいいです」
島田から見る耕平の横顔に、白い歯がポロリと見えた。
ほんの1メートルしか離れていないのに、ずいぶん遠くにいるような気になってしまう。
「おお、今日は紅一点いるんですね。新入生かな。かわいいねえ」
四十代後半の店長がビールとコップを持ってきた。
「うちのバンドの新入りなんですよ。かわいいでしょ。でも残念。こう見えても男ですから」
田頭がビール大瓶を三本受け取りながら言うと、店長が大げさに驚いた声をあげた。
「冗談でしょう。まさかね。顔だけじゃないもん。男と女の違いってさ、顔もあるけど体つきが大きいんだから」
全然信じようとしない。
騙そうったってそうはいかないんだから、と呟きながら戻って言った。
焼き鳥が焼けてきて狭いテーブルの上は賑やかになってきた。
ビールが注がれ、部長の島田が乾杯の音頭をとった。
耕平がおいしそうにビールを飲んでいる。
耕平の喉が動くが、そういえば喉仏もほとんど目立たないなと、島田は思った。
「しかし、耕平のその女っぽさというのは、やっぱり言っちゃなんだけど異常だよな。別に女装や化粧してるわけでもないのにその美しさは、異常だ。何か病気とかないよな?」
ビールを数回おかわりして、やっと口に出せた田頭が、恐る恐る耕平の反応を見る。
耕平に、ショックを受けたとか怒ったような反応は見られない。
言われ慣れてる事柄なのだろう。
「別に病気はないんですけど……子供のころ鉄棒で遊んでいて股間を強く打ったようなことはあったらしいです」
「それだ。その時きっとタマタマが消えちゃったんだ」
田頭が冗談でいうが、正しくそれなら納得できると島田は感じた。
「一応ありますよ。触れるもん」
どれどれとテーブルの下側から田頭が手を伸ばすが、横の安岡が制した。
「なんだよ。すっかり彼氏気取りだな」
田頭の言葉には刺がついていた。
「止めろよ。せっかくの新入りなんだから嫌がることはしないようにしましょう」
島田が一瞬険悪になった二人の中に割ってはいる。
耕平が振り向き、軽く笑いかけてくれた。
久しぶりに得点を入れられたエースストライカーのような気持ちになった。
「でもさ、普通ヒゲくらいあるよな。十八になってるんだろ。脱毛してるわけじゃないよな」
これまで黙っていた白池が言った。
この話題を長引かせるのはまずいと思ったが、島田も気になる事ではあった。
耕平をみると、それほど嫌そうでもない。
少しは酔いが回ってきたのかもしれない。
「脱毛なんかしてませんよ。確かにヒゲは生えないんですよね。なんでだろう」
「下の毛は生えたか?」
白池は毛にこだわりがあるようだ。
「下は、普通にありますよ。すね毛はあんまりないけど」
「やはり耕平は男性ホルモンが極端に少ないんだよきっと。睾丸機能低下症なんじゃないか?」
田頭が言う。
「まあいいじゃないか。俺は今の耕平がいいと思うよ。別にヒゲなくても男じゃなくなるわけじゃないさ」
島田の言葉で、何となくこの話題は終わりになった。
しかし、本当に睾丸の機能低下だったとしたら、いやそうとしか思えないのだが、ひょっとしたら子供は持てないかもしれないじゃないか。
不妊症。
もしそうなら、早めに病院でみてもらう方が耕平のためにはいいのかもしれない。
安岡が席を立った。トイレに向かうようだ。
少しして、耕平も同じようにトイレに立つ。
テーブルの横のビールの空き瓶は六本になっていた。
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